国内での感染拡大が続く新型コロナウイルス。2月26日時点で感染症に対して確実に効果が確認された治療薬は存在しない。ただし、各国当局の臨床試験などによって、効果が期待される3つの治療薬が浮上してきた。どんな薬なのか。

 2月23日、新型コロナウイルス感染症対策本部で、厚生労働省は一部の医療機関において治療薬「アビガン」「レムデシビル」「カレトラ」を使用した研究を始めたことを明らかにした。この3種が、現時点で有望薬として期待されていること示している。

富士フイルム富山化学が開発した抗インフルエンザウイルス薬「アビガン」(写真:ロイター/アフロ)

 研究は国立国際医療研究センターを中心とした研究班によるもので、患者の同意を得て治療結果を集積、分析する「観察研究」の一環としての位置付けだ。このうちレムデシビルについては、医薬品の承認申請の際に必要な試験である「治験」を3月から始めることも合わせて発表した。

 共通するのは、いずれも新型コロナウイルスに対して開発された治療薬ではないという点だ。

薬の名称 アビガン
(一般名:ファビピラビル)
レムデシビル カレトラ
(リトナビルとロピナビルの合剤)
製造元 富士フイルム富山化学 米ギリアド・サイエンシズ 米アッヴィ
国内での承認
(ただし備蓄専用)
×
対象となる疾患 インフルエンザ エボラ出血熱 HIV感染症
効果 中国で一定の効果を確認済 WHOが中国を視察し、「治療効果があるとみられる」と発言 国立国際医療研究センターが「症状に改善傾向がみられた」と公表
患者への投与 国内2機関で投与済み 米国立衛生研究所が治験に着手 国立国際医療センターなど複数機関で投与済み
薬の価格 未定 未定 322.4円(1錠)

 「アビガン」は、抗インフルエンザウイルス薬。富士フイルムホールディングス傘下の富士フイルム富山化学が開発し、2014年に製造・販売の承認を得た。ただし、国が新型インフルエンザの流行に備えて備蓄する特殊な治療薬で、一般に流通はしていない。国は現時点で200万人分の備蓄を持ち、「タミフル」など既存のインフルエンザ治療薬が効かないような新型インフルエンザウイルスが流行した時に、初めて国がアビガンの投与開始を検討する。流通していないため、薬価も設定されていない。

 なぜ、このインフルエンザ治療薬が、新型コロナウイルスに対して有効だと考えられているのか。

 インフルエンザウイルスは、(1)人の粘膜に吸着して細胞内に侵入し、自身の膜を破って細胞中にウイルスの設計図であるRNA(リボ核酸)を放出する。これを「脱殻」という。(2)放出されたRNAが、細胞内でさらにウイルスを生む。これを「複製」という。(3)そのウイルスが酵素の力を借りて細胞の外に出る。これを「遊離」という。これらのどの段階を阻止するかで、薬の種類が異なる。

 このうちアビガンは、「複製」を助ける「ポリメラーゼ」と呼ばれる酵素の力を阻害する「RNAポリメラーゼ阻害薬」。新型コロナウイルスもRNAの複製によって増殖するため、同様の阻害効果が期待されているわけだ。厚労省によれば、2つの医療機関で投与の具体的な準備に入り、うち1つの機関で22日から投与を開始した。

 アビガンのメリットは、条件付きではあるが国の承認が既に得られている点だ。効果が確認され、新型コロナウイルスに対する承認が得られれば、すぐにでも投与が可能になる。富士フイルムホールディングスは「アビガンの増産に関する検討要請が政府から来ているのは事実。現在、検討中だ」としている。ただし、アビガンは胎児に副作用があるため、妊婦には使用できない。

 

WHOが「効果があるとみられる唯一の薬」と発言

 「レムデシビル」は、米製薬大手のギリアド・サイエンシズが開発したエボラ出血熱の治療薬だ。中国を視察した世界保健機関(WHO)の担当者が24日、レムデシビルに対し「現時点で本当に治療効果があるとみられる唯一の薬」と発言したことで、「有望薬」として一気に注目を集めている。米国立衛生研究所(NIH)も現地時間25日、レムデシビルを使った臨床試験を開始すると発表した。

 同薬は開発中の新薬であり、ウイルスに対する効果のメカニズムについて「詳細を開示する段階ではない」(ギリアド・サイエンシズの日本法人)としている。ただし、コロナウイルス系の感染症に対する効果が期待できるとする研究結果があることから、中国などで試験的に投与されてきた実績がある。

 同社は2月3日に発表した声明で「現時点では新型コロナウイルスに対して抗ウイルス活性を示すデータはない」としながらも、MERSやSARSの原因ウイルスに対して試験管内で抗ウイルス活性を示したことを受け、「得られたデータは我々に希望を与える内容だ」としている。

 ただし、レムデシビルが承認薬として日本の患者に届くには時間がかかりそうだ。NIHによる臨床試験は、結果が出るまで1年程度かかるとの報道がある。申請から承認まで、通常だとさらに1年ほどかかることから、ある製薬会社の担当者は「緊急性を考えて特例扱いだとしても、最短でも年内の承認だろう」とみる。

 3つ目の有望薬として期待されるのが「カレトラ」。抗エイズウイルス(HIV)薬として知られる。

 なぜ抗HIV薬が新型コロナウイルスに対して有効だと考えられるのか。前述の抗インフルエンザ薬のように薬が阻害する働きを考えてみよう。

 HIVが増殖する過程はプラモデルで例えられる。HIVは細胞に侵入すると、その細胞を乗っ取ってウイルス用にタンパク質を合成させる。このタンパク質は、箱を開けたばかりのプラモデルの部材のように、小さな部品がつながっている状態だ。このままでは組み立てられないので、「プロテアーゼ」と呼ばれる酵素が“はさみ”の役割を果たす。切られてバラバラになった部品を、プラモデルのようにウイルスが組み立てていく。

 このプロテアーゼの働きを阻害するのがカレトラなどの「プロテアーゼ阻害薬」だ。

 新型コロナウイルスもプロテアーゼの働きを借りるとされる。同じコロナウイルスであるSARSの原因ウイルスに対しても効果がある可能性があるとの研究結果があることなどから、新型コロナウイルスに対しても効果が見込めると判断されたもようだ。

 WHOが2月14日にジュネーブ開いた研究フォーラムでは、カレトラを構成する抗ウイルス薬「リトナビル」と「ロピナビル」の併用投与について、「数週間以内に予備的な臨床試験の結果が出る」との見通しが発表された。アビガンと同様、カレトラも既に承認薬なので効果が確認されれば患者への投与までさほど時間はかからないだろう。

 3つの治療薬はいまだ検証中であり、効果が保証された薬はない。各国当局は「既存薬の転用」という奥の手を使って、治療法の確立を急いでいる。