退廃姉妹 by島田雅彦

2008年10月12日 | 読書
「退廃姉妹」というイミシンのタイトルの本。
朝日新聞連載の「徒然王子」が結構面白いので、
島田雅彦作品を読んでみたいと思いつつ、図書館HPを検索し、
比較的新しい発行日(2005年8月)なのと、タイトルに惹かれて、読んでみた。

戦中戦後の歴史と言うのが1950年生まれの自分にはよく分からない。
わからないまま生きていても不都合はないので、そのままでいるが、
もう少し具体的な知識やイメージがあってもいいと最近思う。
この本はその意味でひとつのきっかけになるかもしれない。

物語の前半は活発な妹久美子が主人公、後半は内省的な姉有希子が主人公という展開。
母は(実は)不倫の末に自殺し、姉妹は父親の手で育てられていた。
父は映画製作が好きな人物で、戦争末期には国策映画を主に撮っていた。
姉妹は女学校生だが、学徒動員やアメリカ機の空襲におびえる日々を送っていた。

そしてやがて終戦を迎える。
父は家計を維持するため、貧しい娘達を国策売春宿に斡旋する職を生業としていたが、
ある日アメリカ人捕虜の人肉を食した疑いでアメリカ軍に身柄を拘束され、裁判待ちの身となる。
困窮した姉妹は父の書き置き通りに、撮影所時代の父の部下と弁護士を頼るが、
二人は姉妹に力を貸すどころか父の信頼を完全に裏切っていた。
やむなく活発で行動的な妹は、
銀座を徘徊して知り合った娼婦の「お春さん」と自宅で米兵相手の娼館を始める。
渋る姉を強引に協力者として巻き込み、
さらに戦後まもなく父が面倒を見た女性「祥子(さちこ)」も仲間に引き入れて、
近所の白い目にさらされつつ生計を立ててゆく。

姉のほうは、戦前一目惚れをされて、ほのかな出会いがあり、
終戦間際に学徒動員で出征した後藤中尉の帰りを、固い思いで待つ日々を送っていた。
その男後藤は特攻隊員として終戦間近に辛い体験をしていた。
やがて特攻隊崩れの暗い影を引きずりながら有希子の前に現われる。
そして運命のように二人は結ばれるが、
後藤は軍の上官達に深い恨みを持ち、
戦後もなお私腹を肥やす元陸軍大佐を残虐に殺害する。
苦悩する後藤だったが有希子に迫られて、
特攻出撃の失敗とそれに続く苦痛に満ちた体験を話し、
復讐を果たし現在は追われる身であることを告白するが、
有希子は一途に後藤を支え続けてゆこうとする。

その頃、父が漸く無罪の判決を得て開放され、自宅に戻る。しかし、
そこはかつての我が家ではなく、
アメリカ兵の出入りするいかがわしい場所になっていた。
怒る父を姉妹は何とかなだめすかして今の状況を理解させ、
父も娘の事は因果応報と諦めつつ、自分を慕う祥子との生活を始める。
打ち解けた家族は箱根に温泉旅行をしたあと、
有希子と後藤は家族と別れて西に向かう。

二人は混み合う車中で、陽気で風変わりな花菱と名乗る男に出会ったり、
琵琶湖畔での思い出に残るひと時をすごしながら、ゆっくりと神戸に向かった。
有希子には伝えていないが、
神戸行きには後藤のもう一つの殺人決行という目的があった。
それを察していた有希子は後藤が目的を果たした後は、心中を覚悟していたが、
待合せ場所の琵琶湖畔にはなぜか花菱が現われる。
実は刑事であった花菱は殺人未遂で後藤を逮捕した後、後藤の手紙を託されて、
有希子には後藤の帰りを待つよう諭すべく、足をはこんでくれていたのだ。
有希子は花菱に感謝しつつ東京への帰りの列車に乗る。

自宅に帰った有希子を待っていたのは妊娠を苦にしての久美子の自殺未遂だった。
しかし、自殺の淵から戻った有希子同様、久美子も命をとりとめる。
その後には二人を含む4人の女性の新しい人生の出発があった。
模範囚として刑期を終えた後藤も戦後の復興の中で成功を果たす。
その後の順調な人生の後、姉妹は幸福な晩年を迎える。


現在というより、今より少し前に幸せな晩年を過ごした人たちの過去には、
それぞれの辛い戦中戦後があったのだろう・・・と想像させられる。
今の自分達、さらに子供達はそんな辛い時代を少しも知ることなく、
能天気にぶつぶつと不平不満を言い募りながら日々をすごしている。
もっと辛い人生がいくらでもあったのに、
そんな事には全く思いが及ばない、この幸せ・・・。


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