小麦句会 on blog

俳句「麦の会」の句会のひとつです。 ネット句会を月二回行っています。 この句会は誰でも参加できます。

第486回小麦句会結果発表1

2022年10月08日 08時47分30秒 | 1日句会

急に気温がさがって、熊本も「寒い」とつい口にしてしまう朝を迎えている。

世間は連休。

明日明後日は残念ながら雨の予報。

紅葉始まっているところも多いだろう。

安心して明日のことを考えられない空気も漂っている・・・・。

 

★結果発表  2回に分けて

 

山風の肌に馴染みて秋の茱萸    あちゃこ

◎(幹夫)リズム佳く詠まれており共感です。

〇(まきえっと)「肌に馴染みて」がいいですね。

〇(珠子)ふるさとの山の風でしょうか。秋風が肌にここちよくて、茱萸を食めばなおのこと。

◯(ルカ)中七がいいですね。

 

秋の山自分以外は誰も居ない    ちせい

○(敏)「誰も居ない」この山は今や自分だけのものといった優越感。

○(卯平)華やかな秋の山。しかしその裏の寂しさ。

◯(アネモネ)呆然自失状態!

〇(瞳人)ひょっとして、そんなさみしさ、あべさんは? まさか

 

風そよぐ戦車攻め来ぬ大花野    アゼリア

◎(瞳人)ロシアの戦車は捨てられて、荒野に残骸さらし、ですね

○(泉)日本の平和は本当に有り難い。

○(餡子)今朝のJアラートにはビックリしました。どんなことが起こるか予測できない世の中になってきましたね。大花野の美しさを、残したいです。    

〇(楊子)断定が効いています。ひまわりの大花野ですね。

○(宙虫)花野を出れば、洗車もミサイルも殺人や詐欺や・・・なんだって横行している。

 

秋色の古道曙草と遭う      道人

〇(藤三彩)画像から五弁花の曙草を想定したところは流石。「花冠の斑点を夜明けの星空に見立てたことに由来する」とありました。

◯ (アゼリア) 曙草、可憐で可愛らしい花ですね。本当にー遭うーという表現がぴったりきます。

 

気まぐれで熱しやすくて猫じゃらし   めたもん

〇(カンナ)比喩が上手い

〇(楊子)そんな時代もありました。と、猫じゃらしを振りながら散歩しています。

○(餡子)私のことかとビックリしました。

○(敏)私も猫も気まぐれなのです。

〇(珠子)私の近くにもおります。テレビに向かって常に怒っているタイプでもありますね。「ねこじゃらし」に愛が溢れてはいますが。 

○(ちせい)自己分析をしているのかもしれません。

 

タイムスリップ秋野にひとりどうしよう   カンナ

◯(アネモネ)いかにもタイムスリップです。

 

秋深し桔梗手向けてむねん言上   瞳人

〇(カンナ)故人に手向ける桔梗でしょうか?

○(アダー女)秋の彼岸かしら、墓参りで桔梗の花を手向けるまでは普通のことですが、「むねん言上」という措辞がなんとも意味深!「無念」でなく「むねん」なのでそんなに大袈裟なことではないのかな?と思いきや言上ときた。ご先祖さまに何を申し上げたかったのか想像させるところが上手い!

 

ライブチケットの予約野茱萸はまだ渋い   宙虫

〇(カンナ)上五と中七、下五の繋ぎ方が上手い

◯(道人)野茱萸からライブチケットへの飛躍、「予約」と「渋い」の対比か面白い。

◎(めたもん)「楽しみにしているライブ」と「まだ渋い野茱萸」。上五(八)の大胆な字余りからも待っている感じが。 

 

余白なのか本文なのか芒原  楊子

○(泉)意味不明ですが、魅力的な俳句だと思います。

◯(アネモネ)面白い発想だと思いました。

◎(餡子)芒原の特性を言い得ていますね。上手い捉え方だと思いました。 

◎(まきえっと)芒原のことを余白・本文としたのがいいですね。

〇(珠子)作者と同じ感性である自信は全くありませんが、あの美しくしずかな景色を「余白なのか本文なのか」とイメージした気持ちに惹かれました。   

○(卯平)余白だけであれば芒原は当たり前。しかしここでは余白も本文も全てがフラットの芒原。季語が生きている。

◯(ルカ)詩的です。

○(あちゃこ)一生という物語の中の1ページ。芒原に人生を重ね見る作者。

〇(めたもん)つぶやきのような上五・中七の意味ありげな不可解さが魅力。季語が効いています。

〇(あき子)芒原の捉えどころのなさが伝わってきます。

○(ちせい)芒を見て立ち止まる。図と地の違いなのかもしれません。

○(宙虫)実態をつかみきれない現実を振り返ってみると、現実が見える。

 

記帳所の列は長蛇に一位の実    幹夫

〇(瞳人)5時間並んで花手向けたという人たち、わかります

○(泉)安倍元総理の国葬は、世論は割れましたが、記帳所には長い列が出来ました。

 

草の花こどもの靴の赤き紐    ルカ

◎(仙翁)草の花の中の子供の赤い紐、いい景色ですね。

◯ (アゼリア) 取り合せがつかず離れず上手だと思います。

○(宙虫)赤い靴紐、オーソドックスだが、季語の地味さが意外にいい。

 

秋天に真っ直ぐ飛ぶやティーショット   泉

 

雲白く夜を流れて草泊り   アネモネ

○(アダー女)泊まりがけで草刈りをしたとは凄いですね。「雲白く夜を流れて」に何となくテントでも張ったような・・・

○(仙翁)夜を流れる、草泊り、面白いと思います。

○(泉)野宿でしょうか。修業の旅ですか。

◎(藤三彩)以前熊本、竹田を訪れた際に阿蘇の外輪山を車で回りました。牧草をロールした「草小積み」がいくつもあり「草泊まり」とは牧草を収穫するために簡易小屋を作って寝泊りすることなのだそうです。「草泊まり!」教えられました。

○(幹夫)大らかな景が好きです。

◎(あき子)自然の中での人の営みが美しく描かれています。草泊りに至る音調が美しい。

○(宙虫)夜を流れるがなんとも人生。

 

秋雲やここはお國を何百里    卯平

○(幹夫)軍歌を口遊みます。

 

芒原行けども遠しまほらの山    餡子

〇(藤三彩)「まほらの山」という固有名詞があるのかと思いましたが調べれば「真秀」と書いて「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という古語。楽園、理想郷のことだそうです。

〇(まきえっと)まさしくですね。

 

牛の尻撫でてゆく風秋高し    珠子

〇(カンナ)壮大な情景が浮かびます。

〇(楊子)阿蘇では牛が主役です。秋の阿蘇の風景をきりとりました。

○(幹夫)素敵な取り合わせです。

○(アダー女)長閑で良いですねえ。馬でなく牛の尻が良いんでしょうね。

◎(ちせい)風から秋の空へ持って行く流れがうまいと思いました。牛の尻の存在感
が増しました。

◯(アゼリア) 頬を撫でる風とよく言いますが牛の尻撫でる風もユーモラスでいいですね。

 

見渡せばすべてが主役秋うらら    まきえっと

○(仙翁)空も山も草原も、秋の主役、いいですね。

○(卯平)秋の食べ物、秋の自然等々全てが主役。秋うららに詠み手のポジティブな気持ち。「秋麗ら」ではなく「秋うらら」が良い。詠み手の工夫が伺える。

◎(ルカ)秋らしい一句。

○(ちせい)達観していたのかもしれません。一人旅であるような。

 

遠望に目玉を動かし秋うらら     藤三彩

 

末枯れやつらつら雲の横たはり    あき子

◯(アネモネ)つらつらとがいかにもです。

○(あちゃこ)雲の描写が秋の静けさにぴったり。

 

「國葬」の国とは見えず天高し    敏

〇(瞳人)天もそういう青い空にしたかったのでしょう

 

空高し草原駆ける駿馬あり    アダー女

◯ (アゼリア) 景が大きくて勢いがあっていいですね。

 

名も知らぬ朝日に濡れる草の花    仙翁

 

生けるものみな過客なり鳥渡る    アゼリア

〇(楊子)無常感がたまりません。鳥の声も聞こえます。

〇(藤三彩)奥の細道の「 月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。」を下敷きに上手くやりました。

◎(敏)この世に生をうけたものは、すべて死にいたるまでの旅人なのです。

○(仙翁)月日は百代の過客、全ては旅人でしょう。

◎(珠子)確かに。あなたも私も雁も綿虫も過客。謙虚に生きたいものです。    

〇(めたもん)深いため息のような上五・中七。そして季語。作者の空を見上げる視線、時の移ろいへの思いを感じます。   

 

(選外)(卯平)上五中七には共感。但し「鳥渡る」では説明になるのでは。

 

草の穂や踏み付ける前に観察し    ちせい

 

ゆすらとる家康如く生薬酒     藤三彩

○(泉)家康は長寿だったらしい。

 

微かなる木星尾根の冷ややかに    あちゃこ

○(仙翁)宇宙は広いが、繋がっていますね。

 

万物の命吹きこむ秋の秋の風   まきえっと

 

秋草にまみれて恋を見失う   敏

○(餡子)そんなこともこんなことも青春の一齣。結果的には見失ってよかったのですよ、きっと。  

◯(ルカ)ロマンチック。

○(ちせい)失って初めて気付く貴重さでしょう。

○(宙虫)秋草のさみしさが・・・・。

 

茱萸食めばふるさと三百六十度   珠子

◎(カンナ)「ふるさと三百六十度」に壮大な景色が広がります。

○(餡子)茱萸を食べたときの感触。そこから思い出される故郷のいろいろなこと。故郷の真ん中にポンと置かれたような気持ちになるのでしょう。 

○(幹夫)写真の景が存分に詠まれる。

〇(まきえっと)「ふるさと三百六十度」がいいですね。

◎(道人)三百六十度故郷の心象景がいいですね。

○(敏)甘酸っぱい茱萸の実を口にふくめば、目をつぶっていても私の身巡りはすべてふるさとの風景に満たされます、といったところでしょうか。

◎(卯平)茱萸の木を中心に詠み手の中にふるさと全ての風景が入り込んでいる。カメラアングルが上手い。

○(あちゃこ)三百六十度が作者の思いの丈を表現していますね。茱萸に懐かしい思い出が浮かびます。

〇(めたもん)「ふるさと三百六十度」から景と共になつかしさに浸っている感じも伝わります。 

〇(あき子)なつかしさが三百六十度に全開するとは、なんと気持ちのよいことか。茱萸を食む子どもの姿と大人の姿が重なってみえてきます。

◎(宙虫)リズム感と下五がぴたっと決まっている心地よさ。

 

産土の南の國の林檎かな   卯平

○(幹夫)生まれ故郷への作者の思いが詠まれる。

 

 

つづく

 

 

 



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