『 自然は全機する 〜玉の海風〜 』

惚けた母がつぶやいた〜 「生きてるだけが仕合せだ」🍎

《玉断》 ほんとうは負けてはいない 「負け組」

2022-05-08 10:49:24 | 雑感

__ 同種や同族の間で、競い負けて「棲みにくい土地」に追いやられる者たちがいる。あえて、3000メートル以上の高地に居場所をさだめた「ライチョウ(雷鳥)」みたいな気高い種もある。そんな種族を追ってみた。

 

● “ サツキに嵌まる愛すべき風流人たち

[2016-11-26 00:48:38 | 王ヽのミ毎]

うちの、亡き叔父もサツキを愛し育み、丹精したひとで……

縁側に雛壇の如く飾り、自前のライトアップをしては、親しき知人・友人・親族だれかれ構わず家に招いて、いたって陽気な酒盛りを連日繰り広げておりました

サツキの時期には、二週間位続けてそんな様子だったのですから堪りません

(wikiより)> サツキはツツジ科の植物で、山奥の岩肌などに自生する。盆栽などで親しまれている。

サツキツツジなどとも呼ばれており、他のツツジに比べ1か月程度遅い、旧暦の5(皐月・さつき) の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われる。

 

‥‥ わたし今まで「サツキ」を誤解していました

皐月の頃に見応えのある盆栽の総称だとばかり思い込んでいました

今回のリーマンさんの記事には、目を瞠りましたよ

親父どのの愛情を注がれたものとして、わたしに神社の神祭りの何たるかを身をもって示してくれた吾が敬愛する叔父と共通する「なにか」を感じました

> 花のことはよく知らない。

だからサツキの育て方などわかるはずもない、と思っていた。

だが、本作を読むと何か得心するところがあった。園芸栽培の技術が頭に入ったわけではない。

ひとが何かを大事にするときは、心に屈託を抱えているということだ。

それは人生で失ったものか、あるいは得られなかったものか。

[青山文平『伊賀の残光』の解説文(葉室麟・執筆)より]

‥‥ はたして、尊敬おく能わざるリーマンさんの父君にして、そうであられたのか、私には分からない

ただ、他人には窺い知れぬ「哀しみ」といふものはいずこにも在る

> 「岩槻街道の染井村(現・東京都豊島区)に、藤堂侯の下屋敷があってな……

そのお庭で露除(つゆよけ)を務めていたのが高名な植木職である伊藤伊兵衛で、元禄の頃に『錦繍枕(きんしゅうまくら)-1692年』なる書物を著した。

書かれているのはサツキのみであるにもかかわらず全部で五巻という大書だ。それによれば黄花のサツキは存在しない

> サツキは元々渓谷に棲む陰樹(いんじゅ)であり、‥‥

> 道々、サツキが渓流に根を下ろす理由を説いた父の言葉を思い出した。

「たまたま、流れ着いたのではないのだ」と父は言った。

いったん水嵩(みずかさ)が増せばまるごと流れに攫(さら)われる危険を承知で、飛沫(しぶき)を浴びる岩肌を選んだのである。

他の草木との生きるための争いを避け、敢えて生きるには辛い場処を己が棲処とした。

そうして得た渓谷の平和を守り抜くために、彼らは己の軀(からだ)

をも変えた。

【ツツジが枝葉を上に伸ばす】のに対して、

【サツキのそれが横に広がる】のは、たとえ流れに没したとしても、身を低くすることで岩肌にとどまるためだ。

「サツキの花の美しさは、その覚悟の美しさである」と、父は己に言い聞かせるように唇を動かしたものだった。

> サツキの新種が棲んでいそうなあらかたの渓流には、取り付く路がない。熊笹や灌木の群落を山刀を振るいつつ進むか、あるいは滑落の危険を承知で沢を上る。渓流行きは山登りに等しい。

[上記引用全て、『伊賀の残光』より]

‥‥ いやあ、そんな隠れた消息が「サツキ」とゆー生き物に内包されていたとはなんとも凛乎として奥床しい風情がある

いままで、たんに躑躅(ツツジ)と一緒くたにしていた自分を恥じております

そんな、サツキを愛し慈しんで止まない御仁がたとは、いかにもそのお人柄が偲ばれます

 

 

● “ 敗木

[2017-04-02 00:10:46 | 王ヽのミ毎]

晩酌のお伴に『ブラタモリ』を観ていたら……

奄美の海のマングローブが出て来た

> 熱帯や亜熱帯地域の海岸線や河口付近など、陸と海のキワにあって潮の満ち引きによって陸になったり海水に浸かったりする場所に生えている植物群をひとまとめにして「マングローブ」と呼ぶんです。世界的にも希少なマングローブが奄美大島にもありました。

 

‥‥ 陸地と海との際にあるとゆーことは、場所によってそれは淡水と海水の混ざり合う【 汽水域 】にあるわけで、マングローブに対して新たな興味が湧いたことだった

マングローブに棲息する「メヒルギ(雌蛭木)」「オヒルギ(雄蛭木)」なる樹木の生態も面白く……

呼吸根として地上に露出している「板根」や「屈曲膝根」、これで海水の塩分を濾過するのだが、それでも排除し切れない塩分を枯れた葉っぱに載っけて、落葉とともに排出するとゆー離れ業をやってのけていた

そーいえば、「奇跡の一本松」は海水の塩害で枯れていたものだった

マングローブの植物たちは、凄まじい適応・進化を遂げて生き伸びたのですな

解説の先生の話では、メヒルギ・オヒルギともに生育が遅く、陸地での生存競争に敗けて、棲みにくいマングローブに逃れてきたのだとか……

それを聞いていたタモさんが一言、 敗木ですな

葉をツルギの様に尖らせて、種子につけて落として地面に刺すことによって、マングローブの軟弱な地盤から流されない為の工夫とか……

敗北した樹木の生き方には何処と無くユニークなものがあり、

リーマンさんのサツキの盆栽話にあった如く、曲がったり、敗けたりしながら……

おのれのオリジナル磁気をまっとうしておられるよーな気がした

これらはたとえ敗北しても、自分の「島」を居場所として、サイの如く独り歩んでいるものなあ〜

植物って、わりと釈尊の仏道を往く者なんじゃないか知らん

 

ーそれにしても、食べ物の話柄だけには素直な反応をする おほみ(近江)アナが、小動物のよーに自然で微笑ましい画面を醸し出している

 

 

● “YAZAWA-極め道

[2015-09-27 23:14:11 | 玉の海]

世にも美しい曲『時間よ止まれ』を、CMで聴き惚れていた世代としては

彼が老いてゆくのを見るのが、実は楽しみだったりもします

私とは、反対極の星廻りで、表現も正反対なのだが

そこは、同一線上にある誼みか、根本は酷似してるよーな氣もする

>人間ていうのは、必ずドアを叩かなきゃいけない時がくるのよ。

その時、叩くって勇気いるよね、怖いしさ。

どうなるのかなんて思うけど、そこで分かれるよね。

叩く人間とそうでない人間に……

>人生というのは、失うものを増やしていくゲームなんだ。

>年とるってのは細胞が老けることであって

魂が老けることじゃない。

>最近、勝ち組とか負け組が流行ってるけど、

スタート切っているかどうかが僕は大事だと思うね。

>「切なさ」ってのは克服できないものなんだ。

それを振り切っていくのもまた人生なんだよ。

ネットで語る言葉全てがカッコいい男「矢沢永吉」と云われていたが、

まさに面目躍如たる感がある

だが、それだけではない

>オレは、いま生きるのがつらいって言っている人は、

やっぱり、どこかに自分の生き方を自分で決められないって背景があると思うんだ。

かんじんなのは手前の足で立つことなんだ。

こんな繊細な思い遣りの通う人でもある

>矢沢の60歳のテーマは【面白がる】こと。本気で、徹底的に面白がります。

オレね、ここまでけっこう頑張ってきたわけよ。

だからというわけじゃないけれどね、

これからは思い切り面白がることにした

… 66才になられた今でも、面白がっておられた

書籍化もされた、星井七億『もしも矢沢永吉が「桃太郎」を朗読したら』についても

実娘さんによると、ごきげんに笑い飛ばしていたとの事で

よく錬られた、このパロディを快く受け容れて、面白がられたとゆーことです

>俺はいいんだけど、

YAZAWA】がなんて言うかな?

これ、よく聞くけど深味のある言葉ですな

YAZAWA」の部分を、例えば「横綱」にしてもいいし、

「職人魂」でも、「本当の自分」であってもよい

最近流行りの、「やっちゃえ、ニッサン」のCM…

上記の語録を味わってから見ると、いい加減な無責任発言ではないのが、よく分かります

業界の万年NO.2に発破をかける、素晴らしい励ましとなっていると思います

永ちゃんは、老いさらばえても、永ちゃんなんだろな♪

 

 

● “ アネハヅル、酒田に飛来

[2021-06-02 02:08:30 | 玉の每水]

月末のきのう(5/31)、なんとも愉快なニュースが舞い込んで来た

あの、ヒマラヤ山脈越えの「風の鳥」、アネハヅルが酒田の田んぼに降り立ったのである

> アネハヅル(姉羽鶴、Demoiselle Crane )

姉のように凛とした立ち姿から命名される、体長90㎝くらいの最小サイズの鶴

モンゴルやロシアの草原で繁殖し、越冬のためにチベット経由で8000メートル級のヒマラヤ越えを強行して、インド南西部へ4000キロの旅をする渡り鳥である

 

ヒマラヤ山脈を越えて移動できる鳥は、このアネハヅルしかおられない

上昇気流に乗っかって、まるで昇天するかのよーに飛翔する姿は、まさに飽くなき挑戦者のそれである

V字形に空気抵抗を避けながら、群れで飛行する(鶴翼の陣形ですね)、尖った先端を飛ぶ鳥はもろに空気抵抗に晒されるわけだが、そこは交代で乗り切るそーである(なんとも民主的だ)

なんで、こんなにも困難な生存状況を選んだものか……

南極で子育てする皇帝ペンギンや、3000メートル級の険しい山を選んだライチョウや、流れの急峻な川辺を選んだサツキのお仲間でありますな

誰も近寄らない極限の棲息地を、あえて選び取らざるを得なかった、いわば「負け組」なんですが……

その端倪すべからざる「生きる工夫」と覚悟には、動物の生き様ながら頭が下がります

猛烈な淑女といった感じで、大好きな鳥です

 

今回、酒田(酒田市刈穂の田んぼ)に訪れたのは、迷い鳥であろーとのことだか……

アネハヅル(6羽の群れ)の端正で優雅な佇まいを、地元のTV映像で見られるなんて、こんな仕合せもないもんだ

吉兆なのか、気象の異変を告げるものなのか分からないが…… ちかごろ嬉しい音連れでありました

          _________玉の海草


《玉断4》 もはや消え去りつつある、 「教養とは?」

2022-04-05 09:03:56 | 雑感

「教養とは」
人生のいかなる局面にも役立てるように、あらゆる知恵や知識を体系的にまとめて、百科全書として網羅しようとしたのが、ヨーロッパのディレッタント由来の「教養」です。
大学の最初の二年間は、教養過程と呼ばれるように、大学教育は広く教養を養う準備をする期間と認識されています。
ワインの醸造と同じ消息です。
仕込まれた埋蔵知識を時間をかけて発酵させ、自家薬籠中の物とすることで、まろやかで芳醇な味わいとなります。
そうなると、隠しても行間に滲みでて来るようになります。文章のどこにも莫迦なフレーズをつかうことなく、嗜みのある落着いた文章になります。
「杞憂します」「度返し(度外視の勘違い)」とか、ネットで偶々見た、覚えたての言葉を不用意につかうところに、自らの内で熟成しないうちに遣うところに、その人の若さが出ます。

[※  こどもが言葉を覚えたての頃、トンチンカンな使い方をするのと全く同じ。ことばを発するシチュエーション(ロケーション)とその言葉独特の文脈がわかっていない。こどもだって、まわりのジイサンバアサンや諸々の人びとが口走るのを耳で聴いて、つかう情況をまるごと覚えるのです。]

教養とは老成したものなのです。

大学時代に勉強しなかった人とは、古いワイン樽を貯蔵していないワイナリーみたいなものです。
「無い袖は振れない」
自前のワイン貯蔵庫を持っていない人に、教養が滲み出る文章を綴ることは出来ないでしょう。
人生には、時間をかけなければ到達できない境地があります。


一週間に一冊ずつ本を読む、これを一年続けて50冊、そんな生活を40年続ければ2000冊に到達します。


まあ、この位読書していたら知識人として最低限の素養は身につくだろうという前提の上で、東大英文科系の中野好夫が「読書2000冊が知識人の条件」と仮定したのです。(当時東大英文科は、海外の翻訳文化だった文壇をリードしていたから)
読書人に特有の風貌というものがありまして、幸田露伴に鷗外・漱石、南方熊楠、井筒俊彦、司馬遼太郎等は、非常に鍛え込まれた眼輪筋を所有しています。
いまや、そうした碩学は絶滅しようとしています。
つまり、ネット情報をいくら多量に閲覧しても、読書人の教養ある風貌には仕上がらないのです。
体系的にすべてを網羅することが、必要だからです。
教養人は、自分の体系と哲学(分類思考)を持っている、つまり自分律(自分の律法)を持っているということです。

 

ネット情報をいくら積み上げても「教養」にならないのは何故か。

『ボクらの時代』で、シティボーイズの鼎談があったのだが……  そのときに大竹さんが言うとった。彼ら70歳代は、40歳代と話しが合わないと。

(大竹)> 「いまほら、スマホとか色んなのあって、ADの人たちも、「あれどーした?」って言ったら「ちょっと待って下さい」って「コレです」みたいな……

もう簡単になってるじゃん、話が。

すごい速いじゃん、だから、年寄りに訊く理由も無くなったんだね

もうお前に訊くよりこっちの方が速いから。」

__ 昔は、ご隠居(長老)さんてのがいて、なんでもよく見聞していて物識りで、なにかとアドバイスをしてくれるって、街の文化みたいなものが存在した。

この年配者の情報が、ネット情報に取って代わられたってことなんだけど…… 真相はまったく違うんだ。

たしかに、パソコンやネット関連の情報については、老人は経験もなく知らないし、そもそも其処にアクセスできない。

生活全般についても、お節介に色々とアップして、予備知識やコツを披露してくれる中年熟年も数多い。Yahoo!知恵袋みたいな、すぐ尋ねられるサイトもあるし、ライフ・ハックを手に入れるのは容易い。

しかし、そーしたネット情報と、老人の生の情報の何が違うかとゆーと、人を介在する情報は、経験者から聞いたほうが話が早いとゆーことだ。

具体的にゆーと、あそこのラーメン屋の特製ラーメンが旨いと、これはネット情報である。

年寄りの常連の情報は、また一味違う。あそこの店主はギャンブル好きだから、レースの翌日は一喜一憂して仕込みが遅れることがある。間に合わないかも知れないので、食べにゆくのはレース前がよいとか。

特製ラーメンの出汁は、上質の飛び魚をつかっているので、島の煮干しの出来具合に左右されるとか。店主は盆栽が好きだから、店前の鉢植えを誉めながら仲良くなると、まかないの裏メニューを食わせてくれるとか。こーした裏情報は、ネットの「口コミ」でも入手できるが、常連が投稿してくれなければ分からず仕舞いである。

つまり、ネット情報とは「只のデータ」であるが、年寄り情報とは人付き合いによって得た感触がまざっていて、より確実で安心のできる情報である。経験豊かな年寄りが実験済みとゆーか、検証ができている「生きた情報」である。

やっぱり、情報とゆーものは、感「情」が入っている「報」せが本来のものであろー。情報が命である、CIA ・FBI や MI6 そして日本の内閣情報調査室では、情報=インテリジェンスの認識である。

諜報部ではよく言うな…… 

「インフォメーション」ではなく「インテリジェンス」

だと。そして何よりも、その情報提供者の人物が信頼できるかどーかが重大なネックとなってくる。信頼出来る筋の情報は、確証(エビデンス)と同質のものだ。

単なるデータは、読み解く人の力量に左右される不確実な情報なのだ。

本を読むことで、著者のまとめた体系的な「インテリジェンス」を吸収し、大学で教授やゼミの討論により、より人間の感情に基づいた、癖のある「インテリジェンス」を仕入れる。それが教養の土台となる、上質な素養に結びつくのである。


大学時代に励まなければ、卒業して就職した後では、「素養」は身につけられない。
人生遅すぎることはないが、やはり、集中して長時間打ち込める時間がないと、ある認識、知性の結晶化みたいな作用は生まれない感じがする。
それゆえ、大学生期間(及び浪人生期間)は、人生でとりわけ貴重な「育苗期間」である
ISHKのコメント欄に来て、ネットスラングつかった批判専門の人では、もはや手遅れであろう。
批判ってのは、学なくても出来るものだし、ソクラテスが云ふよーにどんな反論でも可能である
あらゆるものに、イチャモンはつけられる、Unknown でやればアシは付かないし、いいたい放題だが、その見返りは自らの行為によって生まれ、自らが受け取ることになる。
自業自得、他者にたいしてやっていたことは、自分にたいしてやっていたことだったと気づく。
このサイクルは、妙に貫徹していて、見事に逆転するから面白い。

ー最後に、昔のサラリーマンは如何に素養があったかを証明する読み物を紹介しよー。もはや今では手に入らないだろー、図書館の奥の「閉架」スペースにはいまだ保管されていよーが、旧漢字体の文庫本から一節を紹介しよー。

昭和38年頃を境に(たぶん、正確な情報ではないが)、旧漢字体から新漢字体へと書籍の印刷も移行していったよーである。

(例)學→学、戀→恋、寶→宝、醫→医、辯・辨・瓣→弁、舊→旧、圖→図、盡→尽、點→点、體→体、禮→礼、櫻→桜 等々

参考文献は、ともに『週刊新潮』に連載されて、「洛陽の紙価を高からしめた」と云われた、剣豪小説(現在の時代小説)の白眉、『柳生武芸帳』と『眠狂四郎無頼控』より引用…… (昔の印刷植字は、現在のフォントとは多少異なる)

> 陰 流 カゲノナガレ

 唐津藩主寺澤堅高(てらざわかたたか)が自殺する六日前に、所定の刻限を俟(ま)って大廣間に姿を見せると居並ぶ者は顏色を引緊めた。堅高は三十九歳。唐津八萬石寺澤志摩守廣高の二男で、六日後に自刄すべきか否かがこれからの評定できまる。きめるのは武藝者山田浮月齋である。その浮月齋が、堅高の上座に向つて、旣に廣間の中央に端坐して靜かに瞑目している。白い髯と、銀髮が房々肩に垂れている。もう小半刻、彼はそうして靜坐した儘である。定刻前に前後して評定所に這入つて來た家臣らは、いずれも、浮月齋のそんな容姿に思わず目を伏せ、沈痛の色を泛べた。主君の運命が早や決せられたと見たのである。__ 啻(たヾ)、それなら何ういう理由でか? 浮月齋は如何なる根據を以て主君に死を迫るのか、それが知り度い。一様に言葉にこそ出さないが、主君堅高の死の如何に依つては殉死して後を追わねばならぬ。それで、上座から順次所定の席に着きながら、各自齊(ひと)しく聲を嚥(の)んで、堅高の來場を待つあいだ隣りと私語する者もなかった。中には、默つて浮月齋の横顏を熟視(示す篇の「視」)している家臣もあつた。

[※  五味康祐(示す篇の「祐」)『柳生武藝帳』上巻の冒頭より]

【五味康祐は、芥川賞作家である。チャンバラ小説の短編『喪神』で受賞した。死に直面したときの生存本能の剣といおーか、幻の「無住心剣」が念頭にあったかも知れない。純粋な剣豪小説で芥川賞を獲るほどに、文章は洗練されていた。】

 

> 雛の首

 夜ニ更(にこう)の鐘が、どこかで鳴った頃合__ 。

 裸蝋燭の焔に照らされた盆蒲團をかこんで、七八名の、いずれも一癖二癖ありげな無職(ぶしょく)者・渡り仲閒(ちゅうげん)が、巨大な影法師を、背後の剥げ壁や破れ障子に這わせて、ゆらゆらとゆらめかしていた。

 空家である。

 五つ刻からはじめられた勝負は、いまや、殺氣に似た凄じい緊迫した空氣をはらんで、いつ果てるとも思えぬ。

 花見の季節が來ていたが、夜半は、まだかなり冷える。しかし、この連中の五體は、かた肌もろ肌を脫ぐ程熱していて、それぞれの刺靑(いれずみ)をあぶらぎらせていた。

 中でも、すっぱり、褌ひとつになった壺振りの、「くりからもんもん」は、全面朱ぼかしで、ひときわ鮮やかであった。まだ二十歲を越えたばかりの、はりきった白い肌理が、一層朱色を美しく際立たせているのであった。

[※  柴田鍊三郞『眠狂四郞無賴控』(一)の冒頭より]

【柴錬と「眠狂四郎」と云えば 市川雷蔵 との2ショット。眠狂四郎は、演じる者が不幸になる縁起の悪い役と云われた。晩年の雷蔵は末期癌の耐えがたい苦痛のなかで狂四郎を演じた。転び伴天連(バテレン)と武家娘との混血児で、異相の美男子・眠狂四郎には、シバレンの心奥の闇が投影されている。中里介山『大菩薩峠』の机龍之助のニヒリズムの系譜を継ぐ作品だが、シバレンご自身も独特のダンディズムの持ち主で、お洒落で鳴らした御仁である。】

 

__ 五味康祐は、オーディオマニアでクラシック音楽、手相や占いにも造詣が深く(ご自分の死期を的中させた)、日本浪漫派の保田與重郎の弟子でヤマト言葉や古語にも堪能、おまけに漢文趣味があって、中国の故事を剣豪小説中にも処どころに散りばめていて、すこぶるゴージャスで格調高い文章との印象がある。それゆえ、五味康祐を読むときは、漢和辞典と古語辞典が手離せない。

一方の柴田錬三郎は、慶應大学支那文学科で奥野信太郎教授の薫陶をうけた中国文学者でもある。吉川英治の『三国志』の誤訳がひどいだの、田中角栄が日中国交正常化で訪中した際に詠んだ漢詩がひどい(「北京の空晴れて」と詠んだつもりが「北京空しく晴れて」の語順になっているそー)とか、テレビ番組📺で「柴錬(シバレン)」の名で鳴らしたコメンテーターでもあられたが、詩人・佐藤春夫の弟子で、最後まで純文学作家を目指した、文学魂をお持ちの御方だった。引用文は、段落替えの多い、余白をとった読みやすい文面となっているのは柴田の工夫であったろー。

柴田錬三郎の文章は、旧漢字体の本が入手できなかったので、現行の文章を旧字体に変換して引用したことをお断りしておく。

こんな硬質の文章を、当時のサラリーマンは辞書もなく読み飛ばしていたわけである。満員電車に揺られながら、週刊誌片手に吊革にぶら下がり、興奮して読んでいたかと思うと、その日常的な素養の高さに俄かに尊敬の念が湧いてくる。旧漢字体をつかっていたこともあり、そもそも漢字には現在より親しんでいたのかも知れない。四書五経の素読の文化も残っていた頃だから、大学生も戦前の「帝国大学」の伝統を継いで、かなり研鑽を積んだ学識を所有していたものと思われる。なにより、教授連中が莫大な教養をお持ちだったから、まさに「生き字引」(ウォーキング・ディクショナリー)であられた。

現在の大学生は、自分が知らないことを恥じない、それどころか、解るよーに説明出来ないそっちが頭悪い、平易な言葉で教えられる人こそが真に賢い人なのだと妙に開き直って、自分を省みることがない。

あのねー、後から生まれてきた人は先に決まっていることを覚えなけゃならんのよ(養老先生より)。覚えてから破るのはいいけど、知らないくせに横紙破りは生けませんね。

物故された勘三郎が、無着成恭のラジオを聞いて覚ったこと…… 

型が出来ているから「型破り」が出来る。型が出来てない奴が型を破ったら「型無し」って言うんだよ。

大学生には、教養の基礎つまり「型」を修得してから卒業してもらいたいねえ。そして、そのお宝を身近な処から社会に還元していただきたい。

日本を守ることは、何も軍事に限ったことではない。日本語を守ることも、日本を守ることとイコールである。日本語の乱れとかいつも喧しいが、型を踏まえた上での「新語」ならば、古い人間も納得が出来るとゆーもの。是非ご奮闘願いたい。

          _________玉の海草

 

 

 

 


《玉断3》 「狂信といったら、昔の日本国だって…… 」

2022-04-01 01:45:00 | 雑感

__ この拙稿は、伊勢白山道に投稿して不掲載になったものに加筆したものである。

 

プーさんの宗教性を狂信のごとく語る日本人も多いようだが……  あちらからしたら戦時中の日本人こそ狂信者であった。

・捕虜になる恥辱より「バンザイクリフ」から身を投げる、一般庶民(非戦闘員)にまで浸透した異常な精神性。

・自らの命とともに「神風特攻」して敵艦を沈ませんとする滅私の忠誠、その作戦に志願する者が沢山いるという異常さ。

西洋には、生命より大切な作戦なぞ、戦略上存在しない。それを平然と実行する国は、間違いなく狂信者の国として認定されるだろう。(他には、大麻で死への恐怖心を取り除いたイスラム教ニザール派の暗サツ教団アサシン及び同じくイスラム教過激派の自爆テロくらいのものであろう。)

ミカドを中心に、決して怯まない皇軍の士気、決して諦めず、降伏を恥辱とするサムライ魂が、アメリカ人には到底理解できなかった。

理解できないから、狂信者の蛮行と見做したであろうことは想像に難くない。

黄禍論を心の奥底で信じている西洋人は想像以上に多く、日本人の狂信ぶりと異常な行動とが、極めて遺憾なことだが原爆投下を正当化させた理由となっていることは確からしく思われる。

 

宗教( religion )にしろ、印度のヨーガ( yoga)にしろ同様に、「ふたたび(神と)結ばれる」意味である。

プーさんのように、ロシア正教によって神と再び深く結びついた信仰者は、決して自ら信ずる「神」を手離したりはしない。幼き日の純真な教会体験と、成長してからの過酷な任務(KGB)とが、彼を強固な信仰に向かわせたとも言えるかと思う。

プーさんにとっては、ロシア正教の神に生かされて、神の計画に参与している感じではないかな。(2039年の日本晴れに向かって、神謀りを信じて生きている伊勢白山道読者と似ている)

おそらく死後の世界への移行も、ロシア正教にしたがって如実にプログラミングされ、自分が死して後の、世界の消滅は意に介さないかも知れない。

だから、DSにしても、他の勢力にしても、それぞれ信奉する神の計画に基づいて、予定調和的に動いているのが真相だと思う。

武田邦彦先生も言うてはった。イギリス人🇬🇧やアメリカ人🇺🇸(=元・イギリス人)は、相手を騙す癖がある国であると。戦争の始まる前に、彼らの仕組む自作自演の狂言芝居、第一次大戦でも真珠湾攻撃でも自分たちで仕掛けておきながら、いかにも敵国の非道をなじり、義憤からやむなく応戦する型をとっている。あたかも被害国であるかのよーに装った、大規模な詐欺作戦が得意で、それが彼らの常套手段なのである。英米は、産業革命を起こし、近代文明の先端を走る旗手だが、そんな腹黒い実態を隠し持っている。

彼らは自分たちのやりたいよーに振る舞う。第二次大戦の参戦にしても、アメリカには参戦しなければならない理由は元々なかったのである。日本にはアメリカに攻め入る気は毛頭ないからである。それにも拘らず、いちゃもんをつけて敢えて参戦した。覇権とはやりたいよーにやれる力であるからである。

彼ら英米(アングロ・サクソン)が、平然とそのよーに振舞えるのは…… 

【自分たちだけが、神の子である】と堅く信じているからである

神国であることを信じて疑わなかった大日本帝国の在り方と、相似形なのである。

 

まるで、精神病棟の狂人のごとくプーさんを見ている日本人は、過去の母国の覇権ぶりを思い起こさなければならない。

各国のお国柄が、多種多様なのだから、一概にどっちが悪いとは早計に決められないのが、国際社会の外交の難しい処である。

もっと、日本も自らを客観視できないと、助かるものも助からなくなる。

          _________玉の海草


 自衛隊に息づく 「武士道」〜 底知れぬ精神力は 「観音力」 から

2021-09-01 05:00:57 | 雑感

__西暦2000年を迎えてから、相次いで、

◆ 2001年に、海上自衛隊の特殊部隊である「特別警備隊(SBU)」 が創設される

◆ 2004年に、陸上自衛隊の特殊部隊である「特殊作戦群(SFGp)」が創設される

 

【画像:特殊部隊は「顔」が割れては任務に差障りがあるので、自衛隊の式典においても、素顔を晒さない】

 

海自の「特別警備隊」は、「能登半島沖不審船事件(※)」をキッカケに 伊藤祐靖 氏が中心となって、米海軍のNavy Sealsの如き特殊部隊を目指した

[(※) 1999年に、北朝鮮の不審船による、日本の領海侵犯事件で、46年ぶりとなる「警告射撃」を行うなど、海自発足以来初めての「海上警備行動」が実行され、不審船に立ち入り検査をするよーに指令される、

海自では射撃訓練は受けていたものの、対テロの戦闘訓練は全くされていなくて、もし不審船に乗り込んで立ち入り検査を強行したら、ほぼ間違いなく北朝鮮の手馴れた工作員に殺害される危険に直面した、

不審船の逃走により、立ち入り検査は未遂に終わったが、有事の際にまるで適応できない現体制の弱点が露わになった]

陸自の「特殊作戦群」は、米陸軍グリーン・ベレーや対テロ特殊部隊デルタ・フォースを念頭に、荒谷卓 氏が中心となって組織された

 

     【画像:月刊『致知』2021・7月号より】

 

海自の伊藤祐靖氏は、ご尊父が陸軍中野学校の出身で徹底した軍人であった影響が深いと言っておられた

陸自の荒谷卓氏は、退役後に明治神宮武道場「至誠館」の館長を務められたほどに、極真空手や鹿島神流、合気道、銃剣道・システマなどの高手である

本身の日本刀をつかって稽古されたり、日本古来の「武士道」をもって、「特殊作戦群」(略して「特戦群」)の行動指針としていた

特戦群戦士の武士道

一、確たる精神的規範(正義)を有し生死の別を問わず事に当たる肚決めをすること

一、臆せず行動できる勇気(気概)とこれを維持する気力(胆力)を鍛錬すること

一、事を成し遂げる実力(知力、技術、体力)を修養すること

一、言動を一致させ信義を貫くこと

 

‥‥ ほとんど古武道の道場訓みたいですね

この高い精神性には驚くばかりですが、実際の行動の指針として「武士道」精神を体現していることの証しとなる動画がありますので紹介します

最近の映画『キングダム』で、ラスボスの左慈を演じたアクション俳優 坂口拓 さんのYouTubeチャンネルで、「狂武蔵たくちゃんねる」とゆーものがあります

そこで、元・特殊作戦群戦士に、「何をきっかけに精神的な強さを得ることが出来たのか?」について、インタビューをしていますので、引用します

 

元陸自特殊部隊【機密だらけの活動内容】民間人が聞けない質問を聞いてみた!?SATとSどちらが強い?!

PART① "元陸自特殊部隊"の戦士に民間人が絶対に聞けない話を聞きました!!【YouTube業界初】 ↓ ↓ ↓ https://...

youtube#video

 

 

(動画の 2:30秒 辺りから)> 「一番やっぱり重要なのは、自分の為じゃなくて、誰かの為、何かの為にって思いが、一番精神的な強さに繋がるんですよ。

あるエピソードを話すとですね…… 

いろんな訓練が陸上自衛隊の中にはあるんですけれども…… 

肉体的にも精神的にも追い込まれる訓練ですね、めちゃくちゃキツいんですよ。

精神ボロクソになるんですよね。でもその中で、あれ?全然イケるって思う瞬間が何回かあってですね…… 

どういう場面かというと…… 

めっちゃキツい中で、誰かも苦しんでて 「アイツの為に何かしてやりたい」 、例えば、めちゃくちゃ重い荷物持ってたら、それを俺が代わって持ってやりたいっていう風に、一歩踏み出す瞬間って、めちゃくちゃ楽になるんですよ。

それまで自分がキツかったのに自然と楽なんですよね。

あれ?、全然余裕じゃんっていう風になるんでふよね。

そういう経験を何回かしてですね、あっ、そういう事かって思って…… 

自分の為じゃなくて、誰かの為、何かの為に、自分以外の何かの為にっていう思いが、自分の中心にある時に、めちゃくちゃ強い精神力を手にする って事に気づいた」

 

‥‥ なるほど、『観音経』(『法華経』の「観世音菩薩普門品第25」を指して特に云う)の中にある、大衆皆から唱えられた一節、

> 南無観世音菩薩、念被観音力

‥‥ の「観音力」が、この自衛隊特殊作戦群戦士のなかで発動したのだなと

「観音力」とゆーのは、これは伊勢白山道を通して自得したことなんだが……  他者を助けたいと助けているうちに、知らずに自らをも同時に助けているとゆー不思議な現象なんです

ひところ 「脳は主語を理解できない」 って学説が流行ったことがありますが……  その伝でゆくと解りやすいです

ひと(他人)を助けるにしても、自分を助けるにしても、「私が」の意識がないと、「助ける機能」そのものと化してしまうのだと思う(ま、全機ですな ♪)

無心〜無私〜無区別〜全機〜真我(アドヴァイタ)ってな流れが一瞬のうちに噴き出す「いま」みたいなね

道元さんの「モノになりきる」に相似ている感じはありますね……  ま、あくまで私見ですけど、知らんけど

「武士道」も、煎じ詰めれば「観音行」みたいな、自発的な利他行(ボランティア) に行き着くことになります

 

愛国者として、愛郷者の軍人として、自衛隊の自衛官は「武士道精神」をもって、任務をまっとうするとゆーことです

「特殊作戦群」の初代群長であられた荒谷卓さんは、国家間の命懸けの戦闘に臨む自衛官たちに「武士道」を生きる指針として掲げました

> 「武士道」は、良い意味でも悪い意味でも、世界の戦闘者に(とって)興味があるようです。

とくに「入り身」という技(半身で相手の内懐に入り込む技)とその「捨て身」という精神 は、強烈な印象を与えるようです。

そのような考え方は、海外にはほとんど無いからです。(荒谷卓)

 

【画像:荒谷卓 『サムライ精神を復活せよ! 宇宙の屋根の下に共に生きる世界を創る』 並木書房刊 2019-より】

 

‥‥ 第二次世界大戦で、道教寺院の呪詛と欧米の黒魔術から昭和天皇陛下を、「霊的に」お守りした(一日3万3千回にものぼる日本刀をつかった剣祓いによって)と云われる、伊雑宮の剣臣・小泉太志命 (たいしめい)は、青森県八戸のお生れであった

そして上記の荒谷卓さんは、秋田県大館のお生れである

奇しくも、鬼門の地・東北に埋められた「艮の金神」のご神意ででもあるかのよーに、秋田・青森とユダヤ系渡来人の血が濃い土地柄から輩出されている

お二人ともに、「鹿島(神宮)の太刀」、鹿島神流との神縁が深い

鹿島の人、塚原卜伝の秘太刀「一つの太刀」は、鹿島神流の第18代宗家・国井善弥 に伝承されていて、素早い「入り身」の技だと云ふ

「入り身」=「捨て身」の足捌きは、「勇」(柳生石舟斎が兵法の第一義として尊んだ)の体現でもあろー

思い切って、無心のうちに一歩踏み出す「勇」こそが、日本人の強さの秘密なのかも知れない

         _________玉の海草

 

 

 


イソップ物語 『北風と太陽』 〜 第1ラウンドは北風の勝ち?

2021-07-30 00:25:37 | 雑感

ー伊勢白山道で、この寓話を扱っていたので私もコメントしたい

 

『イソップ寓話集』中務哲郎:訳、岩波文庫−より、「北風と太陽」全文を引用

北風と太陽がどちらが強いかで言い争いをした。

道行く人の服を脱がせた方を勝ちにすることにして、北風から始めた。

強く吹きつけたところ、男がしっかりと着物を押さえるので、

北風は一層勢いを強めた。

男はしかし、寒さに参れば参るほど重ねて服を着こむばかりで、

北風もついに疲れ果て、太陽に番を譲った。

太陽は、はじめ穏やかに照りつけたが、男が余分の着物を脱ぐのを見ながら、

だんだん熱を強めていくと、男はついに熱さに耐えかねて、

傍らに川の流れるのを幸い、素っ裸になるや、水浴びをしにとんで行った。

説得が強制よりも有効なことが多い、とこの話は説き明かしている。

 

‥‥ 原文は素っ気ないほどシンプルです

これが、2600年前にアイソーポス(古代ギリシア名、「イソップ」は英語読み、紀元前619〜紀元前564頃)とゆー名の奴隷が書き綴った寓話だと改めて考えてみると、唸ってしまう…… ちょうど、ゴータマ・ブッダやピュタゴラス、孔子が在世の時代である、日本では皇紀がはじまる神武天皇の御代あたりになるのかな

最後の一行が、教訓っぽい書き方になっているのが特徴なんだとか…… 

現代人の私たちから観れば、なにやら唐突な設定である

惑星地球🌏自然現象のひとつである「風」の更に限定された冷風をあらわす「北風」が主演の一人、

そして、恒星である巨大な「太陽☀️」がもう一人の主演

地動説の科学からみれば可笑しいが、天堂説の見地に立てば、あり得る擬人化であろーか

 

(拙稿)> 古代インドの世界観は、須弥山(しゅみせん)という架空の大高峯を中心とする天動説的宇宙観であった
須弥山は、何も仏教の専売特許ではないのだとか……
キリスト教は、近代に発達した科学に則って、地動説を導入しているらしいが……
仏教の、例えば奈良の薬師寺の先先代だったか橋本凝胤師は、東大インド哲学科卒の当代きっての学僧であったが……
徳川夢声との対談で、仏教は天動説で一向に構わない、それで何も不自由せんからと、堂々と週刊誌上の対談ながら、地動説(=科学)を正式に否定したことがある
奈良の薬師寺や興福寺は、京都の清水寺と同じく、玄奘三蔵の創始になる「法相宗(唯識派)」である
戒律も厳しく、生涯独身を貫くインド仏教直輸入の宗派である
「唯識三年倶舎八年」という言葉が有名だが……
専門の学僧が、倶舎論を八年やってから唯識論を三年やって、やっと理解ができる位に難解な仏教哲学である

 

‥‥ まー、天動説も人間の体感から言ったら、なかなか説得力があるものなのだ

人間を襲う現象の擬人化として、また人間中心の世界観からいえば、「風」と「おひさま」の対決はありでしょー

さて、この寓話は、厳しく(力づくで)言うことを聞かせよーとする「北風」の冷たさと、やんわりと包み込んで相手を自然にうながす「太陽」の温かさの対比とみるのが、一般的である

イソップは、説得的な「太陽」のやり方の方が、強制的な「北風」のやり方よりも有効であると言いたいわけだ

でも、そもそも論だが「服を脱がせる」ゲームなのだから、暖かい武器をもつ太陽の方が圧倒的に有利なはずだ

だって人って、第一義としては、寒さから身体を守るために服を着ているのだから

だから、力比べにおいて「北風」は不利な種目を選んだことになる

___《教訓》勝てない勝負はするな

これでもいいわけである、ところが原典は不明だが、このゲームの前段にもう一つのゲームが行われたとゆー説がある

つまり「服を脱がせる」ゲームは第2ラウンドで……

第1ラウンドは「帽子を取る」ゲームだったとか…… 

これならば、帽子を冠るのは日差しを避けたり、雨に濡れないためとかだから、暖かい武器の「太陽」は最初から不利である

案の定、「北風」が帽子を吹き飛ばす 荒技で一本取る

___《教訓》いきなり厳しく従わせるのも有効である

そして、次のラウンドで負けて一勝一敗の五分…… 

___《教訓》他人と比較するな、自分の長所で勝負せよ

この勝負、人間から身につけているものを外す処が眼目らしい

だから、メンタルな命題、人からヨロイを外して裸にする方策の寓喩でもある

この場合は

___《教訓》人に何かをさせたい時は、威丈高に強制するよりも穏やかに促す(説得する)方が有効である

あるいは、

___《教訓》人は強制されては心を開かない、自ら心を開くようにゆっくりと徐々にそうできる環境をつくってやるのも有効である

他にも、「太陽」が勝ったラウンドのみが流布している現状をみれば、

___《教訓》世間に流布している情報には裏がある

深読みすれば、

___《教訓》為政者(権力者)にとって都合のよい情報だけが、「正史」として記録に残る

これは実感をともなって迫ってくる、私は東北人だが、阿弖流為(アテルイ)や古代朝廷にまつろわぬ民・蝦夷(えみし)に関する「正史(時の政権がつくる歴史)の記述には都合の悪いことを隠す嘘があるとゆー教訓も読み取れる

 

まー、教訓だらけで論点を見失ってしまうが、単に古代ギリシアの太陽神アポロンと北風の神ボレアースの力比べが寓話の元型であるらしい

ギリシア神話は、小説の主題になったり、心理学に援用されることも多いので、普遍的なテーマを扱っている稀有な伝承といってよい

ちょっと、この北風の神さまを 「wiki 」から抜粋してみると…… 

(wikiより)>ボレアース(Βορέας, Boreas)は 冬を運んでくる冷たい北風の神 である。ボレアースの名は、「北風」あるいは「むさぼりつくす者」を意味する。

> また、ボレアースはイーリッソス河からアテーナイの王女オーレイテュイアを略奪したとも伝えられている。オレイテュイアーに惹かれたボレアースは、最初は彼女の歓心を得んとして説得を試みていた。この試みが失敗に終わると、ボレアースは生来の荒々しい気性を取り戻し、イーリッソス河の河辺で踊っていたオーレイテュイアを誘拐した。ボレアースは風で彼女を雲の上に吹き上げて トラーキアまで連れ去り、彼女との間に二人の息子ゼーテースとカライスおよび二人の娘キオネーとクレオパトラーをもうけた。

‥‥ この抜粋を読む限りでは、第一ラウンドの強引に帽子を吹き飛ばすやり方には、色濃く北風の神の属性が反映されてあるよーな気がする

となると、この寓話は「力づくで恣しいままに貪る荒々しい自分本意の者=北風」と「おだやかに相手に合わせて与える一方の者=太陽」との対比とゆー観方もできる

しかし、ここで忘れてはならないのは、北風にしても太陽にしても、人間を攻撃する外的な力(脅威)として描かれていることだ

伊勢白山道では、道行く人をコロナウイルス、北風と太陽のした処方をコロナ対策とみた上で、歴史的にみても「力」に頼った者はいずれその「力」によって自分を滅ぼすことになると示唆しています

つまり「北風」のやり方は良くないとゆーこと

ウイルスだって命懸けで対処するわけで、その生き残り戦略として、あらたに変異株として対抗する

ワクチン及び治療薬が強ければ強いほど、ウイルスも拮抗する形でより強くなってゆく

___《教訓》強制してさせるのではなく、自らそうする(例:服を脱ぐ)ように仕向ける

強権的に外圧をもって「何かをさせる」のではなく、まわりの環境をととのえることで「自らする」を引き出すことが基本的な姿勢なのか

こんな感じが「共生」のモデル・パターンのよーな気もするな

 

「何ごともつねに、他人のためになり、同時に自分も楽しめるように努めよ」 ( ムラー・ナスレッディン )
[※ 頓知の利いた、トルコの国民的賢者、上記の言葉は G.I. グルジェフ『ベルゼバブの孫への話』に出てくる]

‥‥ あいや〜、ほんとに雑感を羅列するだけの記事になってしもうた

ほんとうに言いたいことは何か、もろもろの雑観を放つ、纏めるも括るもできない、そんなこともあるさ

                                     _________玉の海草