『 自然は全機する 〜玉の海草〜 』

惚けた母がつぶやいた〜 「 生きてるだけが仕合せだ 」♨️

近代の聖者ラマナ・マハリシを超えて〜 伊勢白山道の「存在」論

2024-11-24 12:26:46 | 小覚

__ どーも、伊勢白山道のリーマンさんには、独自の「持っていきたい方向」といふものがあって、

そのために現れたと、ご本人は言っていた。

日本人による量子力学を作用させるために、

最初は、「5%運動」といって、3000人の読者(=氏子)を獲得して、原動力とするといっていたが、

どうやら7000人だったかの、志ある者が確保できたので、リーマンさんの指示の下、量子力学を発動させるという方向に、いまはあるようだ。(なぜなら、日本人の霊的な力はずば抜けているから)

 

彼は、グルジェフのように精緻な理論体系をもっているわけではなく、ウスペンスキーのように師の理論(真理の道筋)をまとめてくれる弟子ももっていない。

しかし、神秘学徒が尊敬してやまない『易経』を完全否定し、占星術のたぐいも一切認めず、「(従来の)宗教は無くなります」と豪語した責任はとってもらわなくてはいけない。

たんに、霊視で歴代の聖者を値踏みするだけではなく、ご自身のコトバで、語ってくれるようにと、

私は投稿を通して、幾度も批判してきたし、要請もしてきた。

 

その集大成とまではいかないが…… 

読者歴16年目にして初めて、「おっ、これはっ!」と感銘を受けた未知の達見があったので、公平を期して貼り付けておきたい。

拙稿を時系列で三つならべてみれば、詳細はご理解いただけるだろう。

 

 

2024年の6/11の記事 ▼

地球に張られた幻想システムに負けないように - 伊勢ー白山 道

6/12 の記事 ▼

桜島の噴火に注意します - 伊勢ー白山 道

そして、まとめとして6/14 の記事 ▼

 

龍樹菩薩が言いたかったこと - 伊勢ー白山 道

最近に龍樹(りゅうじゅ)に関する記事を2回に分けて書きましたところ、専門家から龍樹の難解な理論を平易で斬新な表現で説明されているので、違う話題の表題で隠れてしま...

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最後に、9/26 の記事である ▼

知らないと大損する真理とは - 伊勢ー白山 道

 

ブログ『伊勢-白山 道』の4つの記事に対する私の3つのコメント📝である。

 

 

⚫️ 20240611

 「何もかも有る」はどうなったの?

以前リーマンさんは、「何もかも有る」という方向で説くと宣言なさいました。(9次元のラマナでも偽実体の「自我」は認めなかったのに、それすら有るとして話を進めるということです)

以前に読者への返信で、こんなことを言っています。

。。。。デタラメ。

その線で人集めて、大金を得て、自分は着飾る厚化粧。

その線の主張するならば、ラマナ・マハルシのように裸を好むのが本当。

何も無い、が信条なのですから。

私の信条は真逆です。

何もかも有る

自分が生まれている、事実から逃避しません。

 

…… つまり、

・ラマナやニサルガダッタのヴェーダーンタ(非二元)の「真我」だけが【在る】という方向

・釈尊や龍樹の、「無我」で「空」であるという【無い】という方向

 

輪廻転生については、

・ラマナは、高次元では「ない」が、低次では「ある」

・釈尊は、個体我はないのに、転生は「ある」

 

▼ 仏教の無我や輪廻転生の詳細については、以下参照

 

ヒンドゥーの叡智3️⃣〜 三島由紀夫が惚れ込んだ、難解なる 「唯識」 - 『 自然は全機する 〜玉の海草〜 』

__唐突に三島由紀夫を引っ張りだすのは、他でもない、「嘘でかためたような男」ゆえに「戯曲の天才」であった三島は、説明するのが抜群に上手い作家であるからだ或る人の...

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 釈尊が沈黙 (無記) した意味 〜 「我」 でも 「無我」 でも 「非我」 でもない - 『 自然は全機する 〜玉の海草〜 』

__いまから2600年前に、釈尊が打ち立てた「仏道」は、さまざまな宗派(セクト)に分かれ、その教えがとんでもない拡がりをみせて、世界宗教になってしまった。最近では、...

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▼ アドヴァイタ・ヴェーダーンタ(非二元論)の真我と自我(非実体)については、

 

ヒンドゥーの叡智5️⃣〜 詩人・山尾三省の印度理解 - 『 自然は全機する 〜玉の海草〜 』

__過去と未来については、ニサルガ親爺(ニサルガダッタ・マハラジ)が気の利いたことを云っておられました・過去は「記憶」・未来は「期待」「現在を過去と一体化し、そ...

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どちら様も(ヒンドゥーの伝統を踏まえて)、

コノ世は幻影(マーヤー)であり、仮想現実であるという見方は共有している。

ここで、

リーマンさんが「何もかも有る」と言ったのは、

その幻影も、目の前にはリアルに「あり」、輪廻転生もまた「あり」として世界(宇宙)を扱うということだと受け取りました。

 

このリーマンさんの文脈では、

龍樹の説いた、

「個人という者は【存在しない】

「自性は【無い】

「この世は、縁起同士の絡み合いが見えているだけであり、本当は【空なのだ】

という見解は受け容れられないはずです。

 

単にこの、仏教の「無い無い尽し」を肯定するだけなのであれば、

(厳しい言い方をしますが)伊勢白山道は必要ないでしょう。

私は、「なんでもあり」の見地から、ラマナ・マハリシの次元を乗り越えてゆく処に、リーマンさんの気概を感じました。

だから、なんで釈尊を多用し、その複雑な仏教理論をなぞることに終始しているのか、大いに疑問があります。

 

読者の方でもお気づきの方がいました。

釈尊は天上天下唯我独尊と言われました。自分がここにあるということと空の論理が私の中では相異なり理解に苦しみます。

…… 「私は在る」だの、「(見かけはリアルでも、一時的に仮に見えているだけで、幻影ですよ、無いものは無い)」だのと両極端に掻き回されて、

いま感じている苦痛は空痛ですよなどと言われても、

それは、釈尊〜龍樹の次元なのであり、

伊勢白山道のものではないはずです。

手を抜かないで、是非ラマナを乗り越えていってください。宗教理論の単なる分かりやすい解説が、伊勢白山道であるはずがありませんもの。

 

 

⚫️ 20240612

 微細身で出来ている

武田惣角の「壁抜け」のエピソードに関する達人伝説で聞いたんだったかな……

「微細身(みさいしん)になれば、壁を抜けられる」という俄に信じがたい発言があったと云う。

[※  この惣角の言の出典は失念した、ネット情報だったか書籍からだったか定かでない。(『月刊秘伝』の時宗宗家の遺稿集か?)武田家に伝わる秘伝として、「壁抜けの術」「気合いで茶碗を割る術」があったことは知られている。オウム真理教の「空中浮揚」や惣角の「壁抜き」は行者の神通力のレパートリーとして一般的なものである。決してトンデモオカルト話ではない。惣角は、真言密教の口伝(生涯秘密厳守)を授かっており、『易経』や修験道、忍術についても深く修行して会得していたことは確かである。]

今回の記事に照らせば、

武田惣角は、量子のカタマリとして壁抜けしたということなのだろうか。

 

・量子は粒として【ある】

・「個人」あるいは「身体」は、量子の仮初の集合体に過ぎず、それ自体で独立した存在としては【ない】

【「量子の海」イメージ】

 

量子の時代、インターネットの時代となったからこそ、語られる「真理」がある。

いま、私たちは「真理」についての真新しいコトバを聴くことのできる幸運な時代を生きているのですね。

ありがとう御座います、リーマンさんの

何もかも有る。自分が生まれている、事実から逃避しません。」

と言われたご真意を少しだけ垣間見た気がいたします。

 

龍樹は、

「量子」というコトバ(概念)をつかうことなく、

「空(くう)」の縁起論(中論)を後世の私たちに向けて開陳してくれたということですね。

伊勢白山道が、龍樹の仏教を正しく承継するポジションに立っていることも分かりました。

(でも)こんなに凄くても、仏教は無くなるのですね。

伊勢白山道という新しいカタチ(道)に、姿を変えるのかも知れませんが。

 

「量子」と書いてあれば、私らの年代にはアイドル「佐野量子」が思い浮かべられますが、

まさに時代を画するコトバだったんですね。

量子の縁起(因縁)がわたしにもあるんだね。

【ゴッホにはこう視えている、ゴッホは真実(コノ世の実相)を描いていると、リーマンさんが言及していたことがあった。映画『マトリックス』でも緑の数字の羅列で「量子のカタマリ(人体や現象)」を描写していたが、なるほどこれも「量子の海」である。】

【ゴッホ「自画像」、まわりの空気より人体の方が固まっている】

 

 

⚫️  20240926

 粒でもあり波でもある

仮の現象でもあり、現実(リアル)の実感もある

自我のようでいて、真我のようである

個人のようでいて、世界全体のようである

 

結論は、この世は、電磁波のカタマリ

物質化・受肉化しているのが、統一論的な最終的な真理だと私は思います

【「量子(電磁波)のカタマリ」のイメージ】

 

…… そうですね、リーマンさんの云われる「量子(電磁波)のカタマリ」という人間観は、わたしが探求してきたさまざまな世界観を見事に統一してくれました。ありがとう御座います。

 

縁によって、カタマリをつくらせる「思い」がある。

そして、それによって個人は固有の磁場を持つにいたる。

それを「私」と呼ぶ。

しかし、そのカタマリへと繋ぐ思いが切れると、量子は霧散する。

 

 誰もが、他人との関係性の因果から今はこの世に出現しています。
でも、因果が昇華して消えて行けば、自分という量子のカタマリは、存在する理由(原因)を失います。

量子の形を因縁で構成が維持出来なければ、量子の原子の海(神様)へと人は帰ります。」

[※  いい文章なんだけど、最後の一文がまるで頂けません。「量子の形を因縁で構成が維持出来なければ」だなんて(「量子の原子の海」も)、出来の悪い大学生のレポート文でもあり得ない!ってほど酷いし、拙い。せっかくの箴言が台無しになったのが本当に惜しい。決めセリフとも言うべき名言は、ただしい日本語でお願いしたい。]

【量子をつなぐもの=因縁、因縁のサイクルが完結すると、量子のカタマリは緩んで霧散する、波は量子の海に浮かんでは消える(還る)、水滴💧と波〰︎のあらわれ】

 

おそらく、自我の思い(欲望)は「量子のカタマリ」にかなり重い負担をかけるのだろう。重く固まるか。

自我としての形を保つだけでも大変なエネルギーなのだろう。

(その意味では)ワレヨシは、特殊な思い方なのだと思う。

自我が薄いと、量子の繋がりが弱くなり、量子の海の位(位階)に近くなるのか。

波と海の関係に似て、量子のカタマリは、量子の海へ還るといったところか。

 

台風🌀と似てる気がする、台風は生き物みたいだもの、目ができたりして、低気圧になって霧散する。

 

 

───  この「量子のカタマリ」という人間観には、

アニミズムのスピリット観と相通ずる自在さを覚える。

万物に霊魂が宿るとゆー見方は、「量子のカタマリ」が仮に象づくった表象として霊魂をみているとも言えそうだ。

インディアンや縄文人の思考はこうです。

宇宙をあまねく動いているもの これをかりに   と呼び、

英語では スピリット”  と呼ぶことにしましょう。

このスピリットは宇宙な全域に充満して、動き続けている力の流れです。

その 動いているもの  が立ち止まるとき、そこに私たちが 存在”  と呼んでいるものがあらわれます。

立ち止まり方が堂々として、何千年の単位で立ち止まっているものは【石】🪨と呼ばれ、

二百年ぐらいの単位で立ち止まったスピリットは、【木】🌲というものになります。

りっぱな木や石に出会ったとき、インディアンは石や木そのものでなく、その背後に流れている大いなる動いているものに向かって祈りを捧げるのです。

同じようにして、四本の足を持って地上を動くことのできる形で数十年立ち止まることになれば、それが【動物】🐱になる。

空を飛ぶ鳥になるスピリットもある。

もちろんそこには人間もいます。

大いなる動くもの”⛱️ が人間という存在として立ち止まったから、そこには人間がいるわけです。

[※  中沢新一×小澤實共著『俳句の海に潜る』より]

 

…… あらゆる場処に遍満する「グレート・スピリット」なる「量子の海🌊」が、因縁因果により様々な一時的なカタチをとるのが、

石だったり木だったり四足獣だったり人間だったりする。(「量子のカタマリ」として)

そーやってカタマっている縁が無くなれば、もとの海へと還る。

そこに間然するところはない。流れるようにスムーズに遷化する。

 

私としては、こんなところで、安心していいのでは。

いま、「この私とは何か?」(ラマナ・マハリシの問い)に対する答えを獲得したと言ってもいいのではあるまいか。

[※  もっとも、この問いは必ずしも答えを求めていないところがある。問いを発した瞬間、考えている自分に到り、それ以上の思考が停止する ≒ 無心の境地が開くという説もある。

私というものは、そもそも存在しない が答えであっても、「考え」が止まるだろう。(本来の自分に立ち還る、考えることは人間本来の属性ではない)

★ 臨済禅の至道無難禅師(1603〜1676)にも、次の言がある。

「もの思わざるは 仏の稽古なり」

「主なくて見聞覚知する人を いきほとけとはこれをいふなり」

「いきながら死人となりてなりはてて おもひのままにするわざぞよき」

つまり「行為はあるが、行為者はいない」(釈尊)ということである。 ]

 

 

イエズス=キリストが、ユダヤ教の高位なラビのひとりに数えられるように、

釈尊もまた、ヒンドゥー教のヴィシュヌ神の化身として数えられている。

ヒンドゥーに反旗をひるがえして、出家した釈尊も、ヒンドゥーの欠くべからざる piece を担っている。

あたかも釈迦の掌から、外へ脱出しようとして果たせなかった孫悟空のように。

だから、

至高の世尊・釈迦牟尼仏を超え、聖ラマナ・マハリシを超え、どこまでも透徹してゆくのである。

ここまで、伊勢白山道を読みつづけたことで、おほきな結実がひとつ、いまこの手にもたらされたわけである。

まことにありがとう御座います、放てば手に満てり、

御心(おんこころ)のままに、生かします。

       _________玉の海草


 「親ガチャなんて言うな」で干された〜 「人生 (≒ゲーム)」 を辞めたい若者たち

2024-02-13 00:14:59 | 小覚

__ 文句をつけながらも、熱心に読んでいるブログ『伊勢-白山 道』のコメント欄📝での出来事でした。

最近、とみに投稿者の世代交代がすすんでいるのを感じる。

つまり、若年化してトント面白くなくなった。すべてが薄っぺらくなってしまった。

 

 

 

…… そんなコメント欄📝の環境のなかで、

ある日私が、「親ガチャ」を言うことが如何にヤマト心に逆らうものであるか、堂々と私見をのべた。

それに対する、コメント欄の反論は(レベルが)ヒドイものだった。

 

🟥 どうして、この手の浅はかなコメントが投稿されるのか?

根源的なことから、押さえておこう。

 

【サイト『遊ぶ数学』より引用】

 

「偏差値50」の人は、「ザ・平均人間」とすると、偏差値の分布は、正しく「ベル🔔・カーブ」を描く。

つまり、1000人の偏差値を調べたら…… 

「偏差値50以上」の人数は、半分の500人である。

「偏差値50以下」の人数も、半分の500人いる。

このうち、

「偏差値40〜60」の間に入る標準枠に入る人数は、683人である。

もう少し広く捉えて、

「偏差値20〜80」の間に、入る人数は、997人であり、ほぼ全ての人がココに入る。

 

大学入試などで使われる「学力偏差値」では、「偏差値60以上」が難関といわれる。

「偏差値60以上」を取る人数は、上位≒150人である。

「偏差値70以上」の人は、わずかに上位≒20人に過ぎない。

ここまでは、優秀な受験生として、よく耳にする偏差値であるが…… 

偏差値分布が、正規分布してベル🔔・カーブを描くということは…… 

低い方の、

「偏差値40以下」の人数も、下位≒150人であり、

「偏差値30以下」の人数も、下位≒20人ほど、間違いなく存在するのである。

 

文章の読解力のない人(「偏差値40以下」)が、全体の15%強で、

ほぼ6人に1人の割合だったが…… 

15%という人数割合は、行政でも無視できない大きな数字だということである。

日本人の文章読解力については、このブログの他の記事

 

日本人の読解力〜 8割の人は、 Twitter の文章を正しく 理解できない - 『 自然は全機する 〜玉の海草〜 』

__どこのコメント欄を読んでもそうだが、なんでこんな甚しい読み間違えをするのかな、ちゃんと学校🏫教育をうけたのかな、あちこち拾い読みして早合点してて、これは付け...

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で、詳しく述べている。

 

つまり、不特定多数の出入りする掲示板なりコメント欄📝では、

確実に、「文字は読めるが、文章(文脈)は読めない」人々が存在する。

誰でも無条件で発信できる、ネット空間であれば、

その規模が大きくなればなるほど、かなりの「読解力不足な人」が参入してくることになる。

 

それが、コメント欄📝の論戦の場に現れることは、覚悟しなければならないだろう。

彼らは、反論はするけども「反証(エビデンス)」は用意していない。

こんな輩には、まともに応えてはならない。

語彙力がないものだから、なにかにつけては「ヤバい、ヤバい」を連発する、陽気な応援団みたいな人たちである。

言を容れざる人と話すな(佐藤一斎『言志後録』より)

 

 

こうして話していると、浅慮な読者ばかりと思われそうだが…… 

たぶん年配の読者で、去年の年の暮れに、「日本人であること」というタイトルで、

「親ガチャ」という言葉に宿る卑しさと、その醜い内心を不敬であり忘恩である「親ガチャ」という言葉に載せて発すること自体が、日本精神の崩壊であると、警鐘を鳴らす御仁もおられた。(流石は、伊勢白山道読者なのである)

寝たきりの老人に向かって「家のお荷物」とか、内心そう感じていたとしても、日本人ならば口に出さない、相手を責めない処に、良心の発露があると喝破なされていました。

「恩を仇で返す」ような所業は、人非人のすることであると、決然と仰っていました。わたしは、いまだ真正の日本人がおわすことに堪らなく嬉しくなったものです。

 

まー、ここは私個人の発信場所だから、ここでも「親ガチャを言うのは人で無しだ」と言っておこう。

時系列で、伊勢白山道に投稿した拙稿を並べてみましょう。

いま思っても、リーマンさんはよく私の主要な投稿を掲載してくれたものだと思う。

同年代として、そのご配慮には感謝申し上げたい。

ありがとう御座います。

 

【以下、掲載🆙されたのが🔴印、不掲載となった拙稿は❎印をつけています】

_________

 

🔴 20240208

 

「親ガチャ」という言葉が、ひとの道にもとる、非道い言葉であることに気付けない人もいる。

 

自分を生んだ親を採点する人は、

自分を造った造物主(神)さえも、上から評価することになろう。

 

こういう姿勢をとれるということは、端的に「距離がある」ということである。親からも神からも離れている人だから出来ることであろう。

縄文以来、離れつづけてここまで離れたんですね、あなたがたは最先端ですよ。アックンとして合格ですね。

 

《私注》アックンとは、悪魔の隠語で伊勢白山道用語。

リーマンさんは、より詳しく悪魔に憑依された「人間」のことだと言っていた。

_________

 

❎ 20240209

 

 親ガチャを口にするアックン

まず基本線をいっておこう。

・親は直近の先祖であり、親孝行とは先祖供養である。

・先祖にもそれぞれ両親がいたわけであるが、最初の先祖は神が造った。

・つまり、先祖供養は直接に神棚(神社⛩️)参拝につながる。先祖も神さまを拝んだからである。

・いま、生かされている自分を感謝するのは、つまり先祖を敬い神を崇める道である。

 

ーガチャという自販機は私もしたことがある。(カプセルトイをゲット)

反論のうち、違和感を覚えた箇所を引用すると、

ゲームでもあるガチャでも結局抽選で何がでるかわからない。

【親は選べない】から、それぞれ違うっていうのを軽くカジュアルに言った言葉。

富裕層の子に生まれたら【あたり】だねとして親ガチャだなとなる。逆もまたしかり。

 

…… 抽選という偶然性の僥倖(ぎょうこう)を提供するものとして、「ガチャ」を言っているのだろうが、

親ガチャの場合は、「あたり」「はずれ」があるということね。(採点と一緒でしょ、裁くことです)

当たった人は運がいいし、外れた人は運がわるいと。

 

「親」にたいして行なう、こういう思考のベクトルそのものが、アックンのものだということです。堕落の一歩目だというのです。

最高峰の天使、光輝くルシファーが堕天使となったのは、「神(親)を選んだ」からです。

おのれを一番にしたかったからです。(高貴なるザ・セカンドだったのに)

子は親から派生したものであり、子あっての親ではないのです。

 

どんな親でも、我が子から「こんな親の下に生まれたくなかった」と言われるのは、堪え難い苦痛でしょう。親は、内心そう言われることを覚悟しているものかも知れません。子どもから言われるまでもなく、親自身は自覚しているものです。

「私は貧乏な家に生まれた」と「親ガチャでハズレた」とは、根本的に生きる姿勢が違うのですよ。

 

まー、論戦するつもりもないし、ここはそんな場ではないのだが…… (不掲載でもやむなし)

中高年が拘る「譲れない一線」なのだと思った。

 

戦後史でいえば、さんざん親に逆らってないがしろにしてきた「団塊の世代」は、わが子にそれを言ってはいけないと教えられなかった経緯があります。

しかし、その下のわたしの世代(新人類)は、その「親ガチャ」という言葉に「NO」を突きつけます。

それはダメだと教えておきます。

伊勢白山道と、「親ガチャ」を言う気持ちは真逆のものだと感じます。

 

加筆🖌️20240317

オレね、岡田斗司夫と山田玲司との対談を観て、やっと「親ガチャ」を言う若輩者に同情したんだよね。

理解したとは言うまい、あくまで同情だと思うんだけど、大学落ちて浪人していた時の自分が置かれた状況と、瓜二つなのに驚きました。

たしかに、自殺寸前まで追い込まれたなと、苦々しく思い出しているのですよ。

大学に入れない、親が望む「学校🏫の先生」に成れない、「良い子」でいられないというのは、当時の私にはまさしく身の置きどころの無い、悲惨な生存状況だったのは確かだったんですよ、不幸にもそう思い込んでいたのは紛れもない事実です。

ただ、これご先祖(遺伝子🧬)からのメッセージなのか、神の恩寵なのか、その寸前に胸からなのか肚からなのか、物凄い生命のほとばしりが湧き上がったのね。

どれだけ凄いかとゆーたら、いままで打ち沈んで萎れていた私が、にわかにまったく突然に、果てしない「自己肯定感」が湧き上がって、その喜びにのたうち回るような事態に直面したのね。

おおげさだけど、光明体験(スパーク)とでも言おうか(冷静に後から振り返ったときの命名なんだけどね)…… 

こんな生命力が、おのれの身内に潜んでいたんだという純粋な驚き‼️だったわけ。

だから、わたしの場合と同じように「自己肯定感」に襲われない若者たちが可哀想になったわけね。

この「自己肯定感」は、動画で岡田斗司夫大人がいっている「自分が嫌いというメタ認知=自分が大好き」と等しいのではないかと思ったね。

やっぱり、自分を嫌いになれないのね。

だから、「親ガチャ」を言う気持ちが分からないのよね。

【ゲーム🎮に、人生の多くの時間を費やした人間(40歳代以下の日本人のほとんど)は、ゲーム🕹️に対する付き合い方が、おのれの人生に対する接し方とイコールになっているという指摘には、唸ってグウの音も出なくなった。

・自分の人生(=ゲーム)の、初期パラメーター(見た目、遺伝的な特徴、親の年収、住んでいる場所等)は納得のいくものに設定しておきたい。

ゲームはやめられるのにやり直せるのに、人生はやめられないっていうのは理不尽だという風に考えて当たり前じゃないかと。

死にたいと言っている人は、人生を辞めたい(🟰生きていたくない)と思ってるんじゃないですかね。

結果ださなかったら価値がないという刷り込み、つまり初期のOSを変えたい願望。成績が良くなければ、何かを買ってもらえない子どもが抱える「良い子症候群」とは、つまり「毒親問題」である。

・この人生(=ゲーム)やめたい、「これクソゲーだ!」しかし「ゲームチェンジできない」「リセットできない」という浅はかな思考回路。

・ゲーム🎮をしない人にとっては、到底理解できない、ゲーム脳🧠。

つまりゲームをやり込んだ人には本能の如く浸み込んでいる「面白くないゲームはやらない、こんなことやっていられない」という心情を理解できない。

こうした文脈から、「親ガチャ」という「初期OSにたいする不満」が出てくる。しかし、ゲームのようには初期パラメーターは変えることができない事を、理不尽なことと受け取る感受性(≒本能)。

ゲーム🕹️にのめり込まなかった50歳代以上には、到底理解できない心情である。】

 

_________

 

 

 

🔴 20240210

 

 親ガチャのアックンでも大丈夫

 

(上記にあるように、加筆🖌️したので、無意味になった部分を以下適宜省略します)

 

…… コノ世で自分のまわりを客観的によく見廻してみれば、「見えざるお蔭」に気づかないわけにはいかないでしょう。「親ガチャ」なんていう言葉が出てくるはずがないのですよ。

わたしは、「親ガチャなどという言葉を使う輩はけしからん」と思っているような人間だから、伊勢白山道を読んでいるのです。

「親ガチャ」を言う心持ちと、伊勢白山道とは相容れないものでしょう。

いくら若者がつかっていて、人口に膾炙されたものと言われても、わたしは認めません。

これに関しては若者に合わせる必要は感じません。

あなた方がどう生きるかは、ご自身の問題です。

「被害者意識で台無しにせずに」生き抜いてほしいものだと思っています。

ただ、年寄りのあいつはこう言い張っていたなと認識してくれれば、それで十分でしょう。

_________

 

 

❎ 20240212

 

 親ガチャ思想否定者より

 

自分の置かれた環境において、「見えないお蔭」のなかに、赤子の頃から全面的に親が世話してくれた「今は覚えていない恩」があるわけでしょ。

自分の赤子時代を想像できない人のために、古人の言を引用すると……

 

…… 当に幼穉(ようち)の時の事を憶い起すべし。

・父母鞠育乳哺の恩、

・顧復懐抱の労、

・撫摩憫恤(ぶまびんじゅつ)の厚き、

・訓戒督責の切なる、

凡そ其の艱苦して我を長養する所以の者…… 

 

《現代語訳》 人は誰でも、幼少の時の事を思い起してみるべきである。

・父母が自分を養い育てて乳を飲ませてくれた恩、

・反復自分をいたわり、懐に入れたり、抱いてくれた骨折(ほねおり)、

・なでさすったり、あわれんでくれた厚き情、

・訓戒したり、責めなじったりしてくれた親切心、等々、

凡そ父母が艱難辛苦して、自分を成長養育して下さった事など

[※  佐藤一斎『言志後録』川・上正光(訳)ーより]

 

 

 

…… 赤子がもっとも恐怖心を感じるのは「落下の恐怖」だそうです。まわりにいる親や兄弟姉妹は、赤子をあやしながら、落とさないように細心の注意⚠️を払い続けてくれたわけでしょ。

そうしたことを、まったく記憶にないからといって、「この親は外れだ、当たりだ」と、親を評定して、いま恵まれていない責任を親にかぶせる精神姿勢は、到底容認できないものです。

カジュアルに軽いポップ口調で言うことで、救われる子どもがいるというのも分からんではないが……

[※  筑波大学の土井隆義教授(社会学)は「この言葉は親を責める言葉ではなく、子が自分を守る言葉だ」と指摘する。とはいっても、親を責める事になることに何故気づかないのだろう。]

基本的に、親のせい家・先祖のせい神のせい、と進むベクトルは、伊勢白山道の「生かされている」感謝想起とは逆行するものです。

 

 

親ガチャだけじゃない、最近のネットスラングは非道いものばかりです。

片親パン、和室界隈、アフガキ、

負け組ランドセル、チー牛、

子供部屋おじさん、子供部屋未使用おばさん等

…… 格差社会と申しますか、持てる者が持てない者を差別するネットスラングばかりです。

小中学校の不登校生徒が30万人を越え、「引きこもり」は中高年を含めて150万人にもなります。

ひとことで、Z世代のネットスラングと言われますが、抑圧された「こもりびと」が創作したものも多いでしょう。

自分たちが抑圧されているから、より弱者に向かって差別的なのだろうと思います。

かるがるしく、それらのネットスラングをつかうのは控えたいものです。

_________

_________

 

 

やっぱり、いにしえの文人には、滋味掬すべきところが満載である。

先に引用した佐藤一斎は、「陽朱陰王(ようしゅいんおう)」とも呼ばれた陽明学の一大高峰であるが、実に味わい深い箴言を、後世に遺しておられる。

西郷南洲翁も熱中した『言志四録』より

性分の本然を尽くし、

職分の当然を務む

此くの如きのみ。

…… これなんか、職分(=ダルマ)と読めば、ヒンドゥー🛕の聖典『バガヴァット・ギータ』そのものであろう。

擬せんと欲すれば

即ち差う(たがう)。

…… 簡にして要諦をさらりと洩らす。作為でやろうという欲望を持つと、作為を思ったその瞬間に既に差し違えているとは、鍛錬によりわが身についたものしか、的🎯に中らないという入神の業を示唆している。

 

 

__ 今回、「親ガチャを口にする人」を非難したことから、コメントを連発して、結果他の読者から総スカンを喰らった形である。(あくまでも表層での出来事にすぎないが)

まったく頓珍漢な批判をしてくる読者は、拙稿をよく読みもしないで文句をつけてくる。

まったくの濡れ衣であり、そちらの読解力不足なのに、一方的に責められる。

この大理不尽!

この手応えの無さは、何かに似ていた。

今回、それが何なのか、ようやく気がついた。

 

ー禁煙🚭における、ニコチンの禁断症状に襲われるときに酷似しているように感じた。

 

不寛容であり理不尽である受け身の環境‥‥ 

これは、煙草🚬を吸えば即座に得られる快楽に、待ったをかけられたような塩梅なのである。

喫煙者からすれば、たしかにこれ以上の大理不尽はなきい、みずから禁断症状を全面的にうけいれて堪えているのだから。

だから、言われっぱなしの暴論を受け止めるだけで、自分の番(ターン)が来ないとき、これ以上の大理不尽はない。

つまり、応えの投稿をしても、ブログ主リーマンさんから不掲載にされる、無力感である。

よく似ているなと感心した。

禁煙🚭したときと、同じように凌げるということを、それは示唆していた。

なるほど、禁煙者は、途中でブツギレにされる投稿も平然と放棄できるはずである。

別の次元に移動するからである。

離見の見に、自分の主体を飛ばす感じだろうか。

仮想現実のマーヤー(幻影)から、一歩しりぞいて全体表裏を観る感じであろうか。

 

それにしても、ネット・コミュニティで所謂(いわゆる)「干される」というのは、禁煙🚭の味わいと相似だとは驚く。

禁煙🚭は、してみれば、ひとつの技術というか、境地である。小覚といいますか、次元移動といいますか。

意外なところにつながって、何やら「セレンディピティ」に見舞われた気分である。

気分がすこぶるよい。

くやしいが、また伊勢白山道に感謝申し上げねばならないようだ。

伊勢白山道のイビツさというものは、完全にクセになるんだよな、中毒なのかそぞろに心配になる。

リーマンさんに頼らず、自ら恃めばよしとしよう。

加筆🖌️20240317

理不尽なネットのコメント攻撃を嘆く前に、何故そんなにも烈しい口調で反論してくるのか、その根源に迫るべきだったのだろう。

いま、いたく反省している。

ただ、それぞれの置かれた環境の違いにはお互い「正しく認識しておく」べきだとは思った。

物心のつく頃から、ネットが当たり前の環境だった若者たちと、途中から IT環境に慣れなければならなかった年配者とは、その生き方(付き合い方)が根源的に異なるのだ。

今現在の思いとしては、「親ガチャ」というのは「生かされていること」への根源的な冒瀆のように思う。

被造物として、造物主へ文句をつけていることになると思う。「生かされていない」のなら文句つけてもいいだろうが、いまそれでも「生かされている」のは厳粛な真実である。

この年まで、生をえらび続けてきたことに満足している。未知とは恐怖でもあり希望(楽しみ)でもある。

       _________玉の海草

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 禁煙🚭がもたらす意識の変容〜 『禁煙の愉しみ』

2024-01-23 16:06:08 | 小覚

__ ひとことでゆーたら、

禁煙者というのは、特別な権利をもっているんですよ。

それは、喫煙者も持っていないし、非喫煙者(タバコを吸わない人)も持っていないものです。

 

この、禁煙者ならではの微妙な境地を探ってみると、まるで秘密教団の秘儀参入のような「意識変容」が見られるのです。

わたしは、これから紹介する『禁煙の愉しみ』という逆説的なタイトルの本📕を読みながら…… 

グルジェフの、ストップ・エクササイズを思い出していました。マハリシやニサルガ親爺の、自我と真我の、意識の裂け目を思い出していました。

ソワソワしている統一のとれない今の自分は、本当の自分なのだろーか?

この私が感じている渇きは、本当に自分が欲しているのだろーか?

タバコは深くわたしの心奥に浸み入って、わたしの心を支配する。それに任せていてもよいのだろーか?

 

 

__ 結果、わたしはタバコを止めたわけだが、この本📕は「まさにその時」に役立つだろーことが予感できた。

 

なにげなく、タバコを止めた状態を続けていたら、一日が三日となり、一週間二週間となり、いつの間に一ヶ月が経っていた。

一年とか三年とか、ふと誘われる節目があるそうだ。

また喫煙🚬するタイミングに見舞われる。

わたしは、一・二度その波に乗ってみたこともあった。

しかし、もとの禁煙🚭にもどって、いまもその状態に在る。

 

タバコを止めたら、酒を呑まなくなった。あまっさえ、音楽に耽溺することが出来なくなった。

わたしにとって、タバコ・アルコール・ミュージックは三位一体の快楽なのに、今更ながら気がついた。

この三角形が満たされたとき、わたしの幸福ホルモンは全開するのである♪

それは、果して厳しい仕事に堪えるためであったのだろーか?

大人びて、通や粋を気取るためだったろーか?

女性(にょしょう)に対する、アプローチだったのであろーか?

ハッキリとは分からないが、わたしの幸福は常にこのトライアングルと供にあったのは事実である。

 

喫煙のはじまりは、好きだった子が「(煙を)肺🫁まで吸いこむと気持ちいいよ♪」と教えてくれたのがキッカケだった。

仕事がキツかったのか、わたしはその快感を試すことにしたのだった。もちろん、初回はムセたし、頭が痛くなった。

うちの親父も喫煙者だったが、村の青年団で、初心者🔰にタバコを吸わせたときは、気つけの意味なのか、味噌を舐めさせたそうだ。

 

その一番最初の、身体が正直に抵抗したのを乗りこえて、はじめて喫煙生活が始まるわけである。

あれから、三十年、ほぼ三十万本のタバコを喫んだ計算になる。そろそろ一区切りつけてもいいんじゃないかと。新型コロナに襲われる三年前くらいであろーか?

たいした仕事もこなしていなかった私は、ふとこんなに高級なタバコを服んでいられないな(亡父は、一番安い「エコー」を嗜んでいた、おまけに肺まで吸わないで喉でプカプカするに留めた)と…… 

何のまえぶれも、準備(覚悟)もなく、それは唐突にはじまった。そして、いまもそうである。

 

 

それでは、稀代の名著であろう『禁煙の愉しみ』を紐解くことにするか。

【 私の愛蔵本📕は、この文庫本。

『禁煙の愉しみ』(1998)煙草🚬をやめることは「苦行」ではない

思いがけない快楽の発見者 山村修(1950〜2006)】

 

 

著者の山村修は、書評家「狐🦊」としても著名な御方である。特にむずかしい言葉は使わないが、博覧強記な教養人であること、風流な御仁であることが、平易で研ぎ澄まされた文章から窺うことができる。

名文家といっても間違いではない。

読みやすい文体とリズム、字面にも品がある。いたく滋味ふかい、明確な輪郭の文章をものする御方である。

わたしは、そのことにいたく満足した。

そこに、大先達の匂いを嗅ぎ取ったからである。

 

そんな心地よい文章を引用しよう。

これまで二十七年間、毎日、煙草🚬を吸いつづけてきた。

一日に紙巻きを三十本。多過ぎはしないと思うが、計算すればざっと三十万本の煙草に火をつけ、灰にしてきたことになる。そう考えると少ない分量ではない。

 思うところがあって一年前に禁煙🚭した。いや、そんな一言で済ませられるほど簡単ではなかったが、ともかく禁煙した。

「健康のため」ではない。

煙草が「不健康」なものだと考えて禁煙できる者は、もともと喫煙者ではない。

いまどき、煙草が身体にまったく無害であると思っている幸福者が、喫煙者の中にいるわけがない。切迫した理由でもないかぎり、害はあると知っていながら吸うのである。

…… 正直な著者の独白から入ろう。山村さんは、「健康のために」禁煙したのではないのである。

そこは、頭に留めておいて頂きたい。

 

さんざん喫煙していながら、吸うことが心底楽しいと思ったことはない。本当にうまいと感じたことはない。たしかに煙草に火をつけたとき、快楽に似た感覚が走ることはある。

そうした生理現象があるかぎり、楽しいともいえるし、美味ともいえる。

しかし楽しいと思っているのは果たして私だろうか

煙草を吸いたいと思う、その欲求は本当に私自身から発しているといえるのだろうか

 煙草を静かに深々と吸った時、ほっと安堵するものがある。

安堵するのは果たして私だろうか

ある状況によって許されず、長時間、煙草が吸えないと分かったとき、ほとんど恐れに近い感情をもつことがある。

恐怖しているのは私だろうか

喫煙が許可され、救われたと思う。救われたのは私だろうか

 楽しんだり、安堵したり、恐れたり、救われたりするのは、

私ではなくて、煙草産業である、などという話ではない。

答えは__ あまりにも真っ当すぎて、つまらないにせよ__ 明らかである。

体内に残存しているニコチンである。

ニコチンという依存性の薬物そのものが、体内で効果を失うにつれ、新鮮なニコチンの補給を欲しているのである。

喫煙は、つまるところ薬物依存なのである。

…… これは「私だろうか」というアプローチは、

ヒンドゥー🛕のヴェーダーンタ系統の聖者ラマナ・マハリシの「二十世紀最大の問い」である、

「私は誰か?」

「私は何か?」

「それは本当の私なのか?」

という内的な自問と、奇しくもおんなじである。

「もうひとりの自分」がアタフタする自分を俯瞰している。あるいは、能楽の「離見の見」といってもよいだろう。離れた処から自分を見つめるもう一人の自分となる。

当代の市川右團次は、具体的に次のように云フ。離見の見はいきすぎてはならない。半々のバランスを取ることが肝要と。なるほど、生き霊のような「離見の見」に傾きすぎると、本体に支障をきたすものなのだろう。

 

喫煙は一方で、それが暮らしに沿い、融けこんでいるときは美しくさえある。

他方、喫煙はあくまでも薬物依存である。私たちもまた、レバーを押しつづけているのである。煙草について、この両面をともに見すえたい、その程度には批評的な目をもちたいと私は思う。

 では、私は薬物依存であることがいやで、つまり自分がレバーを押すサルと同じであることがいやで、それで禁煙したのか。そうではない。

 

 

私が禁煙したのは__ どうか笑わないでほしい__ 、禁煙というものが喫煙者である私にとって、まさしく想像を絶する状態であり、私はその想像外の境地に立ってみたくなったのだ。

じっさい、一本も煙草を吸わなくなる、そんな自分をイメージすることは喫煙者には不可能なのである。

 

 朝起きて、煙草を吸わない

職場で、むずかしい仕事に直面しながら煙草を吸わない

知人と酒を飲みつつ、話の接ぎ穂を考えながら煙草を吸わない

夏のさかんな日盛りのなか、涼しい喫茶店に入って息をついたとき、煙草を吸わない

書かねばならぬ書類や手紙などがあるとき、文章にあれこれ苦しみながら煙草を吸わない

うれしいことがあって胸が弾んだ時、煙草を吸わない

悲しみをまぎらせたいとき、煙草を吸わない

 もちろん三度の食事のあとに煙草を吸わない

就寝🛌儀式としての一服もやめてしまう。

春夏秋冬いかなる日にも、どんなときにも吸わない。

これから生涯、ただの一本も吸わない。

 

 そのような事態を考えようと試みるだけで、茫然とするのが喫煙者なのだ。

喫煙者にとっては煙草は人生そのものである。それくらいに日常の節目ごとに、いや、一挙手一投足のすみずみにまで、煙草が入り込んでいるのである。

 つまり私は茫然としてみたかったのだ。煙草をやめれば、まず間違いなく、思いの外の心的状態に陥る事だろう。それがどんなものか知りたかったのだ。

私は四十歳代の半ばをすぎていた。人生の残り時間をカウントしはじめて遅くない年齢である。

だからこそ現在を一つの画期としてみたいという欲望が高まった。

 もちろん恐れもつのった。何しろ煙草のない生活というのが想像できないのだから、まるで未到の界域へ足を踏み出すようなものなのである。不安を感じて当然だろう。

禁煙は事件なのだ。すなわち私は自分自身に事件を起こしてみたかったのだ。

…… 実に正直な、かつ自然な心情の吐露であると思う。この、ちょっと好奇心あふるる天邪鬼のような志向が、著者を独特な風合いに仕上げている。

 

禁煙とは、おそらくそれ以前と以後とで人生を非連続にするものである。

それを境に、これまでと異なる時間⌚️を生きることである。

私など、その先にどんな景色が広がっているのか予想もかなわない暗い穴に転がり込む気分で禁煙した。果たしてそこに、ただごとでない心的状況が待っていた。

……「煙草は暮らしの句読点」

禁煙することで「句読点」は失せる。

しかし、時間の抑揚は身体がおのずと刻みはじめると著者は言う。

 

少年の日の青空をまた見たくなって

禁煙した男がいる

…… ある詩人の一節なのだが、妙に心をくすぐる。思えば、喫煙前は写真型の記憶力があったなあと、テストの時などそれをなぞることが出来たものだ。どんな感覚で青空を見上げたことだろう。

 

 

 

吉野秀雄『禁煙』(昭和三十ニ年)

禁煙の心得より

◉ けんか腰でとりかかつては、かへつてことを誤まる。

柔軟心といふヤツで、すうつと入つていくに限る。

◉(禁煙は)ヂタバタする自分をみてゐる別個の自分をもつことのできる人なら、むしろおもしろいくらいのものではないか。

…… 「柔軟心(にゅうなんしん)」、道元禅師が帰朝なされたときのコメントに、「空手で還郷したが吾れ柔軟心を得たり」とあった。意識が変容したのである。身構えない、すぅーっと入ってゆく。まるで武道の極意である。柳生新陰の「勇」の一事であり、鹿島の「一つの太刀」における入り身の秘事であろう。

 

禁煙は自己批評である。自己反省である。

 

(禁煙に)成功したことを書く人たちもいないではない。

しかし成功した人が、どうしてはじめのニコチン離脱症状に耐えられたのか、それを書いた文章に私は出会ったことがない。

あえていえば、それは耐えなかったからなのだ。逆説でも何でもない、耐えようとすれば失敗する。耐えようとしなかったからこそ、禁煙できたのではないか。

 ニコチン欲求の波と闘わず、耐えもせず、その波に乗ってしまうとはどういうことか。

そうした欲求が我が身を突き上げているという常ならざる感じを、全身で味わってみることである。

欲求の強さに身がねじれ、うねるような気がするならば、心持ちもいっしょになってねじれ、うねってみることである。

 波になるのだ。自分がニコチン渇望の波そのものになってしまうのだ。

…… 「タバコを吸えない」渇きを恐れるのではなく、その状況に全身を任せてみることである。身体の濃やかな変化やバイオリズムの波をひたすら感じてみるのもよい。

いままでに気づかなかった自分の隠れた一面を垣間見ることができるかも知れない。内的な沈黙(心の内なるお喋りを止める)の下で、ひたすら自分を静観することとなる。内側へ、内側へと意識を向ける。

 

> 耐えたのではない。煙草に手を出さずにいることを愉しんだのである。

 

禁煙は非日常である。思い切っていえば、身体感覚にとってのハレのときがはじまるのである。

私の場合は二十七年の間、煙草を吸いつづけ、身体にはいつもニコチンが充ちているのが当たり前であった。煙草を断ち、ニコチンの補充を止めてしまうと、体内のニコチンが肌からふつふつと滲み出るような気がする。

腕に鼻を当ててみると、煙草の匂いがする。気分はほとんど茫然としている。それはもう異様なことといってよい。

 そうした異様な感覚を、抑えようとするのではなく、忘れようとするのでもなく、むしろ自分から進んで味わおうとすること、そのことがなければ、禁煙はできないと私は思う。

…… 禁煙をマイナス要素(欠損)として捉えずに、新たなチャンスとして試してみる挑んでみる。

このまま行くとどうなるのか、ミステリーに足を突っ込んでみる。つまり、本来の自分(人間としての自然)を見つめる機会でもある。とにかく、みずからの内側に目を向けてみることであろう。

 

 

禁煙とは、最後の一本を灰皿ににじり消した瞬間から、どこかは分からない、こことは別のところへ移ることである。禁煙は越境である。

これまで知らなかった場所で、知らなかった日々をはじめることだ。ある地点にたどりつくまでは耐え抜くといったレースなどではない。

…… すくなくとも、いままで知らなかった生き方をすることになる。それは日常生活からのジャンプ、非日常の旅人となることである。

みずからの意識の裂け目を静観すれば、それは神秘体験ともなろう。禁断症状により引き起こされた意識トリップが、偽自我に気づき、アートマン(真我)にみちびかれるかも知れない。

 

もしも陸上競技に例えるならば、禁煙は長距離走(マラソン🏃)ではなく、ハイジャンプである。

走るのではなくて跳ぶのである。跳んで、見知らぬところに落ちるのである。

…… 禁煙とは、マラソンのように42㎞先にゴールが設定されているようなものではない。そう思っていると、必ず躓く。

禁煙という意識変容は、いわばカスタネダの「イクストランへの旅」である。飛翔するわたしが、そこにはいる。落下して粉々に砕かれるか、はたまた次の次元へと跳ぶ自分がいるだろうか。

 

 

よく「もしも生まれ変わったら__ 」という質問がある。

「もしも生まれ変わったら、煙草を吸いますか」。

そう問われたならば、反喫煙をとなえる彼らはきっぱり「吸わない」と答えるだろう。

 私はどうか。分からない。迷う。優柔不断なのである。

しかし質問が「もし生まれ変わって、また煙草を吸う暮らしをつづけたら、禁煙しますか」というものであったなら、私は即座に答えるだろう、「禁煙する」と。

 なぜなら、禁煙は味わうに足る人生の快楽であるからだ。

…… 禁煙とは、特別な体験である。体験できる資格のある者は、喫煙者だけである。脳🧠を薬物にゆだねた人が、本来の脳に帰ろうとしている。聖書の「放蕩息子」にも似ている。

 

 

 

> 禁煙者は、喫煙者も非喫煙者も知らないことを知っている。

 

禁煙は華やぎである。罰せられざる快楽である。苦行でもなければ克己でもない。

 

 

__ ざっと、引用しただけでも、これだけ豊饒な言い回しに目が眩む思いである。

たかがタバコ、されどタバコ…… なのである。

 

山村さんは「禁煙🚭には三つの手がある」と纏めておられるので紹介しよう。

(1) 禁煙をはじめてからの一日を、三日を、一週間を、一月を、湧きおこるニコチン離脱症状をむしろ利用して、思いがけない感覚を刈り入れる日々とすること。愉しみの日々とすること。

…… 「収穫の一月」とするようにとの事。

(2) 何度も失敗してみること。あっさり禁煙できる人がえらいわけではない。さらにいえば、失敗して恥をかいてみること。それがあとになって効く。

 禁煙とは、恥をかくことである。

…… 少し書きにくいがと言いつつ、山村さんは隠れて喫っていた自分が見つけられた屈辱を縷々書いておられる。何よりも恥ずかしかったのは、愛犬に「見られた」ときだったそうだ。

(3) 何しろ不可能だと思っていた禁煙を、驚いたことに、いまつづけているのである。これはたいしたことではないか。誰もほめてくれるわけではないし、〜(略)〜 せめて自分で自分を讃えようではないか。

禁煙をよろこび、祝おうではないか。

…… 「祝祭の月🎉」を設けるのである。一月でなくても、一日でも二日でもよい。カレンダー📅に「禁煙祭」を設けるのである。

 

ちなみに、山村さんは「吉野に花見」に出かけたそうだ。禁煙を「果たした」そのお祝い旅行である。

その時点で、禁煙を愉しんでいる。喫煙欲求そのものを身体の内的リズムのように感じて一緒に生きることができる。それが「禁煙を果たした」というサインである。

「禁煙にはおそらくずっとゴールはない」と諦観した上で、自分の禁煙を、そして喫煙者であったことを祝福するのである。

 

 

__ わたしは、タバコが猛烈に美味いと思ったことが二度ばかりある。最初は、缶ピースを喫んだとき。

そして、これはいまでも憶えているが、爺さまの形見のキセルと煙草入れ(木製、印籠型)が遺品としてあった。

煙草入れには、亡くなった当時じいさんが嗜んでいた、刻み莨「敷島」(いや、「みのり」かも知れないが)が詰められていた。実に艶やかな繊維の束であった。

何の気なしに、キセルに丸めて入れて火🔥をつけ燻らしてみたら…… 

なんとも芳しい香気に、ガツンとくる味のキツさ、そしてその後にひろがる晴れやかな解放感に、しばし陶然と酔いしれた。

「キセル煙草が、こんなにうまいなんて!!」

その時まで思いも寄らなかった。(じいさんの形見に感謝を捧げた)

わたしは、即座に刻み煙草の入手方法を考えた。

調べると、もはや製造中止となっていたが…… 

ひとつふたつの銘柄は、いまでも製造しており、それらが東北圏では仙台の「藤崎デパート」🏬でのみ扱っていることを知れた。

さっそく、赴いてみましたよ、はるばる仙台まで。(車で4時間半くらいかかる)

 

そしたら、残念なことに名品「敷島」は、製造中止となっていた。しかたなく、そこにある刻み煙草「小粋」を仕入れたが、喫んでみたら「敷島」の足元にも及ばない。

まだ、形見の刻み煙草はそのまま煙草入れにはいっているが、最期の「しきしま」である。

うちの爺さまは、腕のいい大工(棟梁)で、無教会派のクリスチャンでもあったので、タバコは吸っていなかったのだが…… 

なんの因果か、戦時中の配給でもらってから喫煙を始めたらしい。

じいさま、ありがとうよ、「敷島」をおれに遺してくれて、ご馳走になりましたよ♪

【こんな時代もありました♪ 日本専売公社ポスター(昭和32年)】

 

ニコチンの薬物反応は、「覚醒」に似た症状も引き出してくれる。仕事中には、よくタバコで覚醒していたものだ。

断煙してニコチン離脱すると、覚醒と反対に「眠気」がやってくる。そして渇きが押し寄せてくる。

この渇きは、精神の亢進状態をも引き起こしてくる。

そこに、意識の裂け目に侵入する得難い機会が生まれる。

 

 

 

__ 最後に、この本の中で取り上げられている、禁煙と苦闘した(ジタバタして失敗した)作家たちを紹介しておこう。

 

・ポール・オースター

・南方熊楠

・西田幾多郎

・吉野秀雄

・小沼丹

・斎藤茂吉の「簡単唯一の方法」というのが「絶対に火のついた烟草は口にしない」というシンプルなものであったが、これが実に含蓄のあるものだった。

・チャールズ・ラム

・別役実

・安田操一

・ズヴェーヴォ

 

 

…… 著者の実体験(神秘体験)もてんこ盛りである。

禁煙一日目の能楽堂でのロビーにおける幸せな眠気の描写などは秀逸である。

さすが何回となく禁煙🚭に失敗した山村さんだから、

禁煙による渇きを埋めるというか、逸らすレパートリーの多彩さには笑いを誘われた。(第Ⅲ章 「禁煙の現場」に詳しい)

逆立ちだの腹式呼吸の横隔膜だのは、わたしも参考になった。

 

あー、私自身の体験を書き忘れていたね。

> 決めることじゃない。恋愛って決めることじゃない。

いつの間にか始まっているものでしょ。

決めさせたボクが言うことじゃないけど。

[※  ドラマ 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』最終回より]

 

…… この台詞の、恋愛→禁煙🚭に変換したら、まるでわたしの禁煙体験そのものであろう。

それは、いつの間にか始まっていた。

請負仕事が少なくなってきた頃合いだった。

わたしの場合、仕事を成し遂げた一服のために仕事をしているという実感があった。

ぽつぽつ休業日が増えてきた頃、わたしは家🏠で漫然とタバコをふかして無聊をかこっていたわけである。

仕事の後の、達成感ある一服ではないから、当然不味い。精神も萎えてくる。

そんなとき、せめて仕事していないときくらいは、タバコを服むのはよそうと、思いだした。

知らぬ間に、禁煙がはじまり、その期間は徐々に伸びていった。

その頃、口👄淋しくて、よく「エアー喫煙」というものをしていたなあ。

坐禅のときのような深い長息で、タバコの味を思い出しながらゆっくり肺をふくらませて吸気すると、意外と追体験に似た思いが味わえるのですよ。

深い呼吸は、心を落ち着かせるのに卓効がある。

ある程度は、喫わなくとも平静をたもてることを、このとき初めて知った。新鮮な身体感覚だった。

そして、仕事にいっては、お世話になっている会社の専務さんや、同業の年配者がタバコを手離せない、無様な依存ぶり(カッコ付けもあろう)をつぶさに冷徹に観察して…… 

「この人らと一緒でいいのか?」と自問したら、即座にこころが定まった。心奥で禁煙を全肯定した。(私から嫌われた方々よ、本当にありがとう、あなた方のお陰でタバコを止めました)

 

とはゆーものの、三週間目と三ヶ月目くらいだったか、後戻りしてみたこともあったのだ。

もはや、昔ほどおいしくなかった。(頭がクラクラ痛んだ)

なにか、忘れたまま生きているような心地がしたが、禁煙していることを忘れるまでは2年くらいかかったのかな。

心にすっぽり抜けた快楽の穴はおおきかったのだろう。

 

タバコをやめると、不思議なもので、酒も音楽にも溺れることがなくなった。

わたしのスタイルだったのだ、タバコ・酒・音楽の相互に増幅する快楽。

カッコイイ男はそうだと思い込んでいたのだ。(それが舞台でありシチュエーションだと信じていた)

でも、静かに自分をかえりみると、わたしの真から望むものはそんなものではないようだ。

そんなものは、子どもの頃しきりに思った「コーヒー牛乳を腹一杯飲みたい」というのと、さして変わらぬことに思い至った。

過剰さが豊かさではない。

狂った自分は、無理している。

ごまかさなければならないものなど、何もなかったのだ。

たんたんと見上げれば、そこに太陽がかがやいている。

手元に一杯の水がある。

飲めば満たされるものが、そこにある。

そんな程度で、ひとはしあわせを感じることもある。

「放てば手に満てり」(道元)

 

禁煙って、けっして失うことばかりではないのですよ。

戒律というか、自分律というのも「喪失」がテーマではない。

「〇〇しない」というのは、士道覚悟に近い。

しないことによって、調えているところがおおきい。

わたしは、寅年生まれなので虚空蔵菩薩の加護をうけているそうだ。

そのご縁で、眷属である「鰻」は食わないことに決めた。

そうすることで、食わないことで、鰻重の有り難みがいや増すのである。

ひとつ、そういうものをおのれに設えているのがよい。

それが自分の全体を引き締める、失って返って活きるものであろう。

      _________玉の海草

 

 


 釈尊が沈黙 (無記) した意味 〜 「我」 でも 「無我」 でも 「非我」 でもない

2024-01-12 04:22:40 | 小覚

__ いまから2600年前に、釈尊が打ち立てた「仏道」は、さまざまな宗派(セクト)に分かれ、その教えがとんでもない拡がりをみせて、世界宗教になってしまった。

最近では、フランス🇫🇷のように、禅を宗教として扱わないで、ひとつの精神メソッドとしてなじむことによって、宗教としての垣根が低くなっている。

また、仏教を哲理として捉えたり、科学として捉えたりする傾向もよく見られる。

 

次に上げる科学系動画(約22分)を見ていただければ、容易に納得できるであろう。仏教が、わが邦古来の神道と共存できた理由にも深淵なものがあるのだろう。釈尊は、太陽☀️信仰の釈迦族のご出身であらせられるから。

 

 

広く観れば、仏教・ジャイナ教・シク教はヒンドゥー教🛕の分派ということになっている。(インド憲法🇮🇳による)

仏陀(釈尊)は、ヒンドゥー🛕のヴィシュヌ神の化身の扱いである。

いってみれば、釈尊はヒンドゥー🛕における革新派(新興宗教みたいな)であった。イエズスがユダヤ教の革新的なラビで、ムハンマドがキリスト教の革新派であることと相似であろう。

 

ゴータマ・ブッダという過去に実在した一個人が成し遂げたことは……

悟って(コノ世を生きやすくして)、

解脱する(輪廻転生のくびきから脱出する)

というシンプルなものである。

そして、人間ブッダはその方法論を確立して、フォロワー(弟子)にそれを伝えて、自分と同様の境涯に至るまで教え導いた。

 

釈尊(ブッダ)は、「輪廻転生からの解脱」というバックグラウンドでは、ヒンドゥー教🛕(バラモン教)の世界観を踏襲している。

それを真理と認めていたのだろう。

しかし、ヒンドゥーが認めた「真我」という実体我(常住しており不変である「我」)に対して、釈尊はそんなものはありませんよ、「無我」なんですよと提唱した。

【横山大観の『無我』】

 

 

 

__ 仮想現実という観点からは、

そもそも古きヒンドゥー🛕(旧バラモン教)でも、コノ世は「幻影(マーヤー)」であるという世界観であった。

迷える自我は、強制的な輪廻転生によって、「終わりのない不満足(不如意)」を永遠に繰り返さなければならない。

だから、「真我(本当の自分)」に目覚めよというわけである。

 

かたや、仏教はすべての現象は縁生(原因・条件があって生じたもの)であって、

常住であり不変である「我」を認めない。

ゆえに「無我」である。

とはいえ、釈尊も説法するときは、「私が‥‥ 」と自分の自我を口にしたし、「縁生の五蘊の仮和合」としての「経験我」のようなものは認めていた。

「無我」でもいいけど…… 

じゃあ、仏教では「何が輪廻するのか?」

 

このへんは、私の仏教知識では打ち漏らすオソレがあるので、新進気鋭の賢人にお出まし願いましょう。

お堅い分野なのに、意外なヒット作となった…… 

魚川祐司『仏教思想のゼロポイント 〜「悟り」とは何か〜』から、叡智✅を拝借して来ましょう。

 

◾️輪廻する主体とは何か

現代日本🇯🇵で一般に「輪廻」と言う場合、

私たちは主観的には明晰判明に存在している「この心」が、何かしら「魂」のような実体として様々な存在に生まれ変わっていくといった、物語のことを想定しがちである。

死ねば眼・耳・鼻・舌・身の五感を伴った身体が消滅するのは経験的に知っているから、輪廻があるとすれば、存続していくのは意識、即ち「この思い」だろうというわけだ。

しかし、同様に考えて「識」が輪廻の主体であると主張したサーティ比丘が、ゴータマ・ブッダから激しく叱責された。

サーティ比丘に対してゴータマ・ブッダは、

私は「縁がなければ識の生起はない」と説いたではないかと言っている

現象の世界において認知できるものは全て縁生のものであり、したがって無常・苦・無我である。

それは「主観」を構成する識(意識)であっても、例外ではない。

 

行為による作用が結果を残し、その潜勢力が次の業(行為)を引き起こすというプロセスが、ひたすら相続しているというのが、

仏教で言うところの「輪廻」の実態

 

存在しているのは業による現象の継起だけ

そこに「主体」であると言えるような、固定的な実体我は含まれていない

 

「輪廻」というと私たちは一般的に、ある「人」が死んで、それが別の存在として生まれ変わるという「転生」の物語ばかりを考えてしまいがちだが、

実のところ輪廻というのは、そうした転生の瞬間だけに起きるものではなくて、いま・この瞬間のあなたにも(仏教の立場からすれば)、現象の継起のプロセスとして、生起し続けているものである。

 

……仏教学者の桂紹隆は、

『アーナンダ経』におけるゴータマ・ブッダの取った立場、つまり「厳格な無我」でも「非我」でもない態度について

> 「アートマンの有無の問題に関して『沈黙』を守った『無記』の立場、

したがって有と無の二辺を離れた『中道』という理解こそ、

初期経典に記録されるブッダのこの問題に対する最終的な答えであったのではないかと思う」

と述べている。

「無我説」でも「非我説」でもなく「無記説」こそがブッダの真意だったのではないかと推測している。

 

…… ここが、ひときわ目を瞠る卓説なのだが、

魚川さんもこの【中道】に同意しておられる処をみると、釈尊が「無記説」に隠した大いなる意図が窺えそうな気がする。

《参考》

東京大学教授 斎藤明氏の「空とは何でしょう? 〜中観派の教えを学ぶ〜 」より

縁起を悟ったブッダは、縁起にもとづき存在か非存在かという偏ったものの見方をしない「中道」を説き、それを根拠に

「無我」(心身の諸法は我をもたないこと)」

「非我」(心身の諸法は我でないこと)」

を自覚することの重要性を語っていました。初期の仏教では、ここにいう無我の意味で空を説いています。

 

つまり、こうである。

ヒンドゥー🛕が、ウパニシャッドの伝統から「自我(self)、真我(Self)」を打ち出しているのに対して、

釈尊は、ヒンドゥーの伝統をふまえて、尚のこと「無ー我(an–attan)」を打ち上げた。

これは、いわばヒンドゥー教🛕を利用した対機説法だったのではあるまいか。

ヒンドゥーのヴェーダーンタの精緻な「不二一元論」(これは、釈尊の再来みたいに騒がれた龍樹菩薩の哲学をシャンカラが借用して確立したものだったが)に、意識の裂け目を生じさせる技だったのではないか。

「真我」にも「無我」にも偏らず、釈尊の遺言にある「有無の二辺を去って中道を歩む」姿勢の現実的な露われとして、

我(アートマン)」でもなく、

無我(アナートマン)説」でも

非我(アナートマン)説」でもなく、

無記 説」となったということなんじゃないか。

 

「アートマンでもアナートマンでもないんですよ」と示すために、沈黙した(「無記」)と。

将来のヒンドゥー🛕勢力の繁栄をも利用して、常見でも断見でもないぞと、

量子力学的に、「波」でも「粒子」でもないぞと。

量子コンピュータの演算処理の仕方で、釈尊も説法していたのかと、やおら感動を覚えずにはいられない。

まー、「コノ世は仮想現実」という観点からすれば、

ヒンドゥーの「自我」も仏教の「無我」も、さして変わりはない。

実体をもっていないそれは、「存在」とはいえないものである。安心とは普遍(常なるもの)から来たる。

釈尊は「無我」を打ち上げることによって、二辺を際立たせた。それは仏説の「無我」にも囚われるなという冗談のような「自己否定」を含む遊戯三昧でもあったのであろう。

 

龍樹の「中観」も唯識の「阿頼耶識の薫習」も、釈尊の言うに言えない「無記説」を敷衍するような役割があったのかも知れない。

宇宙人👽だったという説もあるから、この量子論の現代に繋がる手助けをしてくれたものかも知らない。

 

桂は、龍樹と世親という大乗仏教を代表する論師たちも「無記説」を採用していたと述べている。

[※  桂紹隆『インド🇮🇳仏教思想史における大乗仏教〜無と有との対論』(春秋社、2011年)より]

 

 

 

◾️「無我」とは…… 

無我は、単純に「我が無い」状態だと決めつけてはならない。

「色は無常である。

無常なるものは苦である。

苦であるものは無我である」

無常・苦・無我の三相が、基本的には同じ事態の異なった表現

無常・苦・無我が シノニムとしてセットで語られる

…… 無常と苦と無我が、入れ替え可能であるだなんて。

この仏教の方程式が、仏教理解を複雑なものにしていると思うな。

 

「苦であるものは無我である」

…… つまり、

「コントロールできない」ということを「無我」と呼んでいる。(「苦」のサンスクリット語は「不如意」つまり思い通りにならないという意味)

 

欲望はいつも、どこからか勝手にやって来て、どこかに勝手に去って行く。

即ち、それは私の支配下にある所有物ではないという意味で、「無我」である。

 

「無我」と言う時にゴータマ・ブッダが否定したのは、「常一主宰」の「実体我」である。

仏教の基本的な立場は 全ての現象は縁生である

※  縁生 = 原因・条件があって生じたもの

 

仏教に対するよくある誤解の一つとして、

「悟り」とは「無我」に目覚めることなのだから、それを達成した人には「私」がなくなって、世界と一つになってしまうのだ、というものがある。

だが、実際にはそんなことは起こらない。

 

 

>「無我なのに輪廻する」のではなくて、無我だからこそ輪廻する」

…… この場合、輪廻の主体は「縁生の五蘊の仮和合」であり、別の言葉でいえば

「認知のまとまり」もしくは「経験我」である。

転生するとはそれだけのことであり、そこに固定的な実体我が介在する必要はない。

そうであるならば、かえって…… 

「常一主宰」の実体我が 輪廻転生の過程を通じて存在し続けているとするならば、

それが無常であり苦である無始無終の縁生の現象の連続に巻き込まれてているというのは、

どうにも説明のつけにくいことになる。

…… ヒンドゥー🛕はアートマン(自我)が輪廻すると言っているのに、同じく輪廻を世界観としている仏教では転生する「実体我」が見当たらない。

この齟齬はどうなっているのよ、という批判をまったく逆手にとった、みごとな返しである。

味わい尽くすべき言葉であろう。

 

 

◾️釈尊が透視した「世界」の実相

ゴータマ・ブッダは、自分の証得した法が「世の流れにさからうもの」だと考えて、当初はそれを他者に語らないつもりであった

彼の教説は、労働と生殖を放棄し、現象を観察して執着の対象から厭離し離貪して、

それで渇愛を滅尽すれば、「寂滅為楽」の境地に至れるという、きわめてシンプルなものである。

ゴータマ・ブッダの教説は、その本質として「非人間的」な性質を有するものだ

…… それゆえに、大悟した後に釈尊は隠遁しようとなさった。それを三度も訪ねて懇切に説得したのがブラフマー神であった。(「梵天勧請」)

梵天によって翻意した釈尊は、この時点では一切衆生済度を思っていたわけではない。機根のよい純粋な一部の者たちは、釈尊の悟りを受容できるかも知れないという希望を抱いたに過ぎなかった。

しかし、最初に説法(初転法輪)した修行仲間の五人は、聞いただけでたちどころに覚ったのである。

35才で大悟、80才で入滅された。その45年間に釈尊が見性(仏性を見る=悟る)に道引いた者は、なんと500人にも上る。阿羅漢となった五百羅漢によって、釈尊歿後すぐに第一結集(仏弟子による仏説の確認会議)が開催されたのである。

 

◾️自分勝手に意味をもたせる、「物語の世界」

なぜ私たちは、「ありのまま(如実)」でないイメージを形成し、物語の「世界」を立ち上げてしまうのか。

> すべての物語が、愛執が形成するもの

「善と悪」という区分は、基本的には物語の世界に属する

 

>「意味」からも「無意味」からもともに離れることによって、はじめて「物語の世界」を終わらせることができる

仏教の本質は、「世界に」を超脱した無為の常楽境を知った上で、そこから敢えて、物語の多様に再び関与しようとすることにある。

 

仏教の第一目的

世界(loka)を説明することではなくて、世界を超越すること

……そこでは「世界」が立ち上がっていない。仏道は思考(哲学)ではなく、あくまでも実践道である。

欲望に基づいて織り上げられた様々なイメージが、我という仮象を焦点として「全体」という像をむすんだのが、

「世界」という物語である。

 

感覚入力によって生じる認知は、それを[ありのまま」にしておくならば、

無常の現象がただ継起しているだけのことで、

そこに実体や概念は存在せず、

したがって「ある」とか「ない」とかいうカテゴリカルな判断も無効になっていて、

だから(それ自体が分別である)六根六境も、その風光においては「滅尽」している。

つまり、そこでは「世界」が立ち上がっていない。

それは既に言語表現の困難なところだが、敢えて短く言い表せば、「ただ現象のみ」というのが、「如実」の指し示すところなのである。

 

 

◾️仏教コトバへの誤解

智慧は、思考の結果ではない

…… 禅定は智慧の前提である。

ある種の、「意」を整えるための身体操作は必要なのであろう。仏道は、実践道に他ならないのだから。

深い腹式呼吸で横隔膜を意識して動かすことによって、不随意筋を連動させたりする。

禅定力は、正しくすべてを受容する為に不可欠なものなのかも知れない。

 

> 「慈悲」の四つの要素

…… 仏教でいう「慈悲(=慈悲喜捨)」といわゆる「優しさ」とは異なる

・慈(衆生に楽を与えたいと願う心)、

・悲(衆生の苦を抜きたいと願う心)、

・喜(衆生の喜びをともに喜ぶ心)

「捨」(平静さ)

 

「優しさ」というのは、他者の喜怒哀楽を感じとって同調し、それに働きかけようとする心である

「捨」というのは そうした心の動きを全て平等に観察して、それに左右されない平静さのことを言う。

…… つまり、慈悲には「悟った覚者」のもつ、「大自然と同位に立つ」(J.アダムスキーの言葉)客観的な眼差しが求められるのである。

 

 

__ 上記の引用は総て、魚川祐司『仏教思想のゼロポイント 〜「悟り」とは何か』より

 

素晴しく光る言葉が、ふんだんに盛り込まれている名著である。

著者の魚川さんは、東大で「西洋哲学」専攻され、東大大学院で「インド哲学」を修めた後に、さらに進んでミャンマー🇲🇲に渡航して、テーラワーダ仏教の実践(修行)に身を任せて、徹底なされた御人である。

まずもって、さすがは東大卒🎓の人材には傑物がおられる。

哲学者の先崎彰容が言っておられたが、いまどきの大学生は「8月15日の終戦記念日」を知っている者が、わずかに二割しかおらず、それが昭和20年の出来事であると知っている者にいたっては皆無である惨状であるそうだ。

わたしは大学に行けなかったので、ネットで発言すると「学歴コンプ」とか揶揄されることもよくあるが、

伊勢白山道のコメント欄📝を見るかぎりでは、まったく劣等感を覚えることがなかった。

あまりにも、知らないのでかえって此方が愕然とするほどである。

やはり学問の本筋は、独学にあるようだ。

なんの疑問もいだかず、外から学ばず、自分に問わない者が多すぎる。学問を愉しむことを知らない。

 

世間の数多ある「バカ田大学」は置いといて…… 

さすがは東大である。

仏教関連でも、20代で既に芭蕉や禅の境地について、卓抜な一家言をお持ちでいらした竹村牧男とか、

永平道元を徹見されたひろさちや、鈴木大拙を世間に広く知らしめた秋月龍珉

三島の龍沢寺で、山本玄峰の法を継いだ中川宗淵老師とか、文武両道と申しますか、頭脳🧠も修行🧘もフルスロットルな才幹が目白押しで心強い。

大学生はそうでなければ生けません。

ちょっとやそっとの独学では追いつかないような、総合的な識見が養われないようでは最高学府の名が泣こうというもの。

もちっと、勉強してほしいものだ。

 

この魚川祐司さんは、ミャンマー🇲🇲に行って、子供時代から長年抱えてきた[違和感]から解放されたから、文筆家や翻訳家としての執筆活動からは、早や引退されたそうです。

[違和感]とは、ハイデッガーの云う「違和感( Unheimlichkeit )」のことで、

「当たり前のことが当たり前でなくなる感じ」

「家🏠にいる時のようにくつろいでいられない感じ」

であり、「不気味さ」と呼ばれることもあります。

岡本太郎の「何だ、これは!」のように、意識に裂け目ができるような、違う次元を垣間見た驚きであり、純粋な感動のようでもあるが、魚川さんの場合、それは随分と苦しかったもののようだ。

周囲の人々の「普通」や「自然」を必死に学習し、そこにある暗黙のルールを表面上はトレースできるようになったとしても、私はそれを本当に心から「当たり前」だと思えるようになったわけではありません。

形の上ではそれっぽく振る舞いながらも、私の心の中には、ずっと「これは何だ!?」と叫び続けるものがあった。

[※『フリースタイルな僧侶たち vol.47』

「特集 仏教が私にくれたもの(魚川祐司)」より

 

…… 彼の半生で、いろいろな苦境は経験しているが、子供時代のその[違和感]に比べれば、何でもないと感じられるほどに憂鬱に覆われた期間が長かったようだ。

子供時代は、その日常のすべてが、この[違和感]とともにあったと云ふ。

そして、その[違和感]を共有し、解決してくれるものを仏教のなかに予感したのが、彼を仏道修行に駆り立てたわけであるようだ。

 

何かのきっかけで、

その「当たり前な感じ」=自明性が剥がれ落ちる瞬間というのが起こり得るそうです。彼は仏教によって、それを成し遂げた。

【魚川祐司さんは、こんな御仁。1979年生まれ】

 

もったいないことだが、ちょうどカソリックの岩下壮一神父が神学の完成よりも、ライ病患者の世話にキリスト者の生きがいを見出されたように、

魚川さんも、もう公的なアウトプットは完了された御方なのであろう。ひっかかりが無くなったというか罣礙(けいげ)無しというのは、そこから心置きなく離れる良き機会なのかも知れぬ。

個人的には、いままで曖昧にしていた仏教学の根本疑問❓を解決することができて、大変感謝している。

津田真一『反密教学』以来の、面白い本筋の仏教書であり、この邂逅に深く感謝するものである。

伊勢白山道の言葉「宗教は無くなります」に啓示をうけて、おそらく最後まで命脈を保つのは仏教だろうと確信してきただけに、

仏教を捨てる前に、根本疑問を晴らしておきたかった。

いまはもう、何のこだわりもない。

かえって、いままで馬鹿にしていた仏教(ただしくは釈尊の仏道の名を冠したセクト宗教)が、初めて愛おしくなってきた処である。

釈尊は、その名に違わぬ、大賢中の大賢である。

かれの叡智を、わずかばかりでも堪能できた仕合わせを喜びたい。まったく、たいしたものだ、子どもの頃に懐いた直観は間違いではなかった。

特撮『レインボーマン🌈』で初めて触れた仏教が、わたしの内で、いまにして成熟しているようだ。

探求の終わりに出発点に到達し…… その場所を知る。

T.S.エリオット、🎞️『あなたを抱きしめる日まで』より)

さだまさしの、50年後に再結成された『グレープ』のコンサートで自然と浮かんだ「なつかしい未来」というものだったかも知れません。

なんら気負うことなく、「宗教は無くなります、必要ありません」と言える自分になれそうだ。

宗教は無くなっても、信仰というものは無くなることはないだろうけれど。

      _________玉の海草

 

 

 

 


《叡智のことば》  「真実は、ひとつじゃない」

2023-09-09 19:55:44 | 小覚

__ もじゃもじゃ頭(アフロ)の久能整(くのう・ととのう)くんが、探偵みたいな役どころを演ずる、田村由美原作コミック『ミステリと言う勿れ』のドラマ版、

第一話の、密度の濃すぎる展開の見事さには、感嘆いたしました。

名言が次々と飛び出してきましたが、その中でも白眉といえるのは…… 

真実は一つじゃない

2つや3つでもない

真実は人の数だけあるんですよ

でも事実は一つです

 

…… この言葉ですね。

真実とは、その人にとっての真実(本当のこと)なのであって、客観的事実とはピッタリと一致しないものなのですな。

この事実(ファクト)とは、この場合、

昨今もてはやされる、「学術的な根拠」をあらわす【エビデンス(evidence)】と同じものと見てもよいでしょう。

 

 

 

 

 

__ 田村由美の原作コミックの、該当部分の台詞を引用してみよう。

 

たとえばAとBがいたとしましょう

ある時

階段でぶつかって

Bが落ちてケガをした

 

Bは日頃から

Aからいじめを受けていて

今回もわざと落とされたと主張する

 

ところがAは

いじめてる認識など全くなく

遊んでるつもりでいる

今回もただぶつかったと言っている

 

どっちもウソはついてません

この場合

真実ってなんですか

 

 

刑事 青砥「それゃAはいじめてないんだから

Bの思い込みだけで

ただぶつかって落ちた事故だろう」

 

そうですか?本当に?

 

いじめてないというのは

Aが思ってるだけです

その点Bの思い込みと同じです

 

人は主観でしかものを見られない

それが正しいとしか言えない

 

ここに一部始終を目撃した人がいたとして

更に違う印象を持つかもしれない

神のような第三者がいないと見きわめられないんですよ

 

刑事 青砥「それは屁理屈というものだろう」

 

だから戦争や紛争で

敵同士でしたことされたことが食い違う

どちらもウソをついてなくても

話を盛ってなくても

必ず食い違う

 

AにはAの真実がすべてで

BにはBの真実がすべてだ

 

 

 

真実は一つじゃない

2つや3つでもない

真実は人の数だけあるんですよ

でも事実は一つです

 

起こったことは

この場合は

AとBがぶつかって

Bがケガしたということです

警察👮‍♀️が調べるのはそこです

 

真実とかいうあやふやなものにとらわれるから

冤罪事件とか起こすのでは

[※  田村由美『ミステリと言う勿れ』第一巻より、、、エピソード1には圧倒されたので、電子書籍で購入して愛蔵しているほどです♪]

 

…… 圧巻の畳みかけですね、痺れます。この「真実は、人の数だけある」という真理の言葉は、

宗教的に「真実はひとつ」という無知蒙昧さを粉々に砕いてくれます。

真実とは、神のみぞ知るものかも知れないが…… 

「神の真実に過ぎないのではないか」とも思う。

わたしたちにも神性はそなわっていて、わたしたちの真実が神の真実であることもあるだろう。

「真実はひとつじゃないが、事実はひとつである」と云う。しかし、その事実とやらは、(最近の科学実験では)個々の神々の量子的な思いで変化するものなのではなかったでしょうか。

それじゃあ、その事実(客観的事実)とは、わたしたち人間がおのおのの神性で見る「真実」とどこが違うのか?

そんな疑問から投稿した拙稿をアップします。(加筆しています)

 

🔴 真実と事実

真実は、ひとの数だけある。事実は、ひとつです。

真実はひとつではありません。

[※ 『ミステリと言う勿れ』久能整(菅田将暉・演)より]

 

…… AさんとBさんが、階段でぶつかって、Bさんが転げ落ちて怪我をした。【エビデンス(事実)】

 

Bさんが言うには、いつもAさんから虐められていて、今回もAさんから突き落とされた。

Bさんにとっての真実】

 

・しかし、Aさんが言うには、私はBさんを虐めてなんかいないし突き落としたりもしていない。ただ階段の上でぶつかって、Bさんが転げ落ちただけだ。

Aさんにとっての真実】

 

…… 同じ現象(事件)の当事者同士でも、おのおのAさんとBさんの観方は異なる。

が、それぞれが当人にとっての真実である。

これを傍観していた者がいれば、傍観者の方が当事者よりも事実認識はしやすい。傍観者の観察の方が「事実(エビデンス)」に近いと言えるだろう。

これが、人の数だけ「真実」があるということである。

 

最近の学者やコメンテーターが多用する言葉、「エビデンス(学術的な根拠)」を嫌う者がいるが……

こうした消息を踏まえれば、なにも格好つけて「エビデンス」などと横文字を使っているわけではなく、特別感のある言葉として「エビデンス」を使わざるを得ない事情があるのである。

 

ざっくり言えば、

一般に「科学」とは認められていない学問、

例えば心理学や経済学は、それぞれの観方(真実)によって「傾向を示唆する」ことはできるが、

心理学・経済学の識見は「エビデンス」としては使えない。

再現性がないからである。

数学・物理学・化学や脳科学・遺伝子学・統計学📈とかの識見やデータは、間違いなく「エビデンス」として使えるのである。

いつでも、どこでも検証可能だからである。

 

いまは、多様性の時代などといって、すべてのあらゆる人の真実(観方、中には「思い込み」も入る)に触れようとしているが、それではキリがない。決してまとまらない。

事実(客観的事実エビデンス)を基にして構築するのが、一番自然で手間暇かからないであろう。だから、エビデンスという用語は極めて大切なものである。

 

ここで、「地獄はある」という真実がある。

しかしここに、「地獄は自分がつくる、自分から地獄に進む」という霊的な事実(伊勢白山道リーマンさんによる)がある。

しかし、その霊的な事実が確かにそうだという検証を行なうすべがない。(地獄を証言できる者がコノ世にいないから)

それは、エビデンスではなく、リーマンさん個人の真実である可能性もある。

 

ここで、おのおのの霊的な真実は、エビデンスを知ることにより変容するだろう。(量子力学)しかし、そのエビデンスが事実であるという確証はどこにもない。

自分の真実が、エビデンスに合致したとき、それは覚りというのだろう。

確証(エビデンス)なしに信じることを、「信仰」というということなのかな。「不合理ゆえに我信ず」とも云う。

 

三次元の真実は、四次元では必ずしも真実ではない。同じことが四次元と五次元との関係においても言える。(相似律)

さまざまな局面(次元)での真実は色々あるが、エビデンスはひとつである。

つまり、ラマナやニサルガダッタは、自分の真実と事実(エビデンス)を一致させたのだろう。

そうなると、そこに個我を超えたものを観たのであろう。個我とは事実なのかと探究して、真我という事実に辿り着いた。

しかし、ほんとうにそれはエビデンスなのであろうか。

 

それが事実であってもなくても、わたしたちは目の前の生を生きるしかない。生きるとは、そんなぐあいに曖昧模糊としている。

「この世で一番大切なのはリラックスしていることですよ」(世之介)

なんでもない一日のような人だった。だからこそ失って初めて、その愛おしさを知った。

[※  共に、吉田修一『永遠と横道世之介』より]

 

 

🔴 神の存在証明

「神がいる」と言うことは、神がいるということであり、

「神がいない」と言うこともまた、神がいるということである。

 

…… 明治政府の招いたお雇い外国人で、その哲人的な風貌から「教養の人(man of culture)」として深く尊敬された、ケーベル博士🎓による神学的な言葉である。

日本の哲学と「教養」という観念は、このケーベル博士を起源とする。

生かされていることに感謝する聖句を理解する者ならば、すんなりと頷ける言の葉であろう。

ニーチェに限らず、神を否定できるのは他でもない、神がいるからである。

西洋では、神はいみじくも “ First Cause ” と呼ばれている。被造物はファーストになれない。すべての淵源には神がいる。

 

[※   ケーベル博士🎓 (wikiより)>ラファエル・フォン・ケーベル(ドイツ🇩🇪: Raphael von Koeber、ロシア🇷🇺: Рафаэ́ль Густа́вович фон Кёбер,   1848〜1923年)は、ドイツ系ロシア人の哲学者・音楽家。明治政府のお雇い外国人として東京帝国大学で哲学、西洋古典学を講じた。

> 1898年5月、東京音楽学校(現・東京藝術大学)に出講し、ピアノと音楽史を教えていた(1909年9月まで)。

>東京帝国大学文学部での1893年(明治26年)から1914年(大正3年)までの出講では、夏目漱石も講義を受けており、晩年に随筆『ケーベル先生』を著している。他に教え子は久保勉深田康算西田幾多郎井上円了安倍能成岩波茂雄阿部次郎小山鞆絵九鬼周造和辻哲郎深田康算大西克礼波多野精一田中秀央武者小路実篤小野秀雄正親町公和木下利玄下村湖人(内田虎六郎)、志賀直哉島村盛助など多数おり、大半が『思想 -ケーベル先生追悼号-』(岩波書店、1923年8月)に寄稿している。和辻は後年『ケーベル先生』(岩波版「全集」第6巻に収録)を出版した。

> 音楽家としての教え子には、東京音楽学校の石倉小三郎幸田延と瀧廉太郎、ピアノの教え子に橘糸重神戸絢本居長世などがいる。]

 

 

 

…… この「真実は、人の数だけある」という言葉は、ゆめゆめ忘れてはならない叡智の言葉である。

> 私の生きる世界と あなたの生きる世界は違う。一緒だと思うからモメる。(専念寺ネコ坊主かく)

おのおのの自我の見る真実は、当人からしたら真実(=本当のこと)であることは間違いのないことなのである。

しかし、それは実相を観ていない。となると、自我から離れなくてはならないわけである。

この、「真実」を巡る言葉が、霊的修行をしなければならないという根拠を如実に示している。

わたしたちは、真相を観ていないから。

真相、つまり世の実相を知るために修行している。

我見(=私的な真実)に囚われているかぎり、真相はわからない。

なぜ真相にこだわるのか、

真相とは普遍であるから。

真理とは、不変にして普遍。

刻々と変わりゆくものを相手にしている限り、そこに「安心」はない。

つまるところ、メンタルを安定させるために普遍を求めるのではないのか?

次に述べるドラマの台詞が、気に掛かった。

 

 

🔴 価値観のちがい

ドラマ『何曜日に生まれたの』は、いままで見たことのない視点から描かれていて、観る気もないのに惹きこまれた。

書斎で、作家の公文が吐露した言葉が心に引っ掛かった。(第二話 38分辺り)

 

「公文ちゃんてさ、こうゆう古典とかしか読まないのに、なんで純文学とか書かないでラノベ(ライトノベル)なの?」

 

「若い人が読まないものを書いて何が楽しい?

おれは価値観が固定した人間が苦手なんだ。

価値観が固定すればメンタルは安定する。

だけどそれって、他をうけいれづらくするってことにならないか?

そうなると、よくてカンショウ(鑑賞?)にしかならないのさ

何を読んでも、見てもね。

 

カンショウは記憶に残りづらい。

だからおれは、まだ価値観の固定しない世界に向かい合いたいんだ。

物語を衝撃とともに長く記憶してほしい、よくもわるくもね……

たぶんおれは、そういう承認欲求の物書きなんだと思う」

 

……仏教の「 安心立命」とは、上記の公文先生によれば、メンタルの安定=価値観の固定ではないのか?

聖ラマナ・マハリシやニサルガダッタ・マハラジは、普遍の「真我」に一途だから、メンタルは盤石の安定感を誇る。

日本人のように、四季の移ろいに「情緒」を感じている国民性は、未練たらしく名残惜しむ執着を弄んでいるようだ。

刻々と変わりゆくものに焦点を合わせて、感情移入していては、とてもとても不変(不易)には辿り着けない。

それじゃあ、融通無碍でカラッと拘りのない自由な眼差しは到底かなうまい。

果して、それでいいのか?

そこらへんの消息が肝なんだよね、きっと。

だから、松尾芭蕉の「不易流行」が出て来る。

岡本太郎の「対極主義」もそうかな。

一切は皆変化するが、そのこと自体(一切皆変化)は変わらない。

長い目でみたら、たかだか80〜100年しか見られない私たちの目👀は節穴ということになるのかな。

いまのこの瞬間に、どれほど永遠に近いものを見られるか、それが私たちの真実の限界であろう。

       _________玉の海草