第三章.旅・国内編(2)四国周遊 その2 ……
四国周遊 続編です。
◆三日目 Dルート 足摺岬・宇和島・宇和町・内子町
ホテルからは「ANA誘遊四国Dルート」バスに乗車
四国霊場第38番札所 金剛福寺
最近は社会が大きく変動する中、四万十川の大自然と、黒潮の広大な海が人々の心を一層とらえて、長い道程を徒歩でめぐる人たちの姿もずいぶん多く見られました。
足摺岬観光
足摺岬灯台は1914年(大正3)の点灯で、1960年に改修された白亜の灯台。黒潮が激しく打ち付ける約80mの断崖絶壁に立つ姿は、豪快にしてロマンが。
ジョン万次郎像
江戸時代、漁の途中で万次郎の乗った船が難破、米国の捕鯨船に救われ帰国後の活躍は今年のNHK大河ドラマ「篤姫」でも登場。
足摺サニーロードを走り高知県から愛媛県へ移動。
宇和島・真珠会館
昼食と見学。真珠製品の加工直売店。「ハイウェイレストラン宇和島」併設。
西予市宇和町「開明学校」
平成9年5月 国の重要文化財指定。1882年(明治15年)に建築された校舎は、白壁にアーチ型の窓と舶来ガラスを採用した 当時としては、ちょっと洋風的な校舎で、西日本最古の校舎と言われる。
西予市宇和町「米博物館」百九メートルの長い廊下
大半の訪問者が展示には目もくれず、雑巾がけ競争記録に目を奪われる。この日もある学校の教師が生徒に敗れる瞬間を目撃。写真は百九メートルの長い廊下
内子町
大正5年(1916年)創建で、1985年に復元された本格的な芝居小屋「内子座」も見所のひとつ。
全旅程を終え 松山空港から羽田空港へはANA598便で20:40に到着。
閑話休題 :卑弥呼四国デビュー説
歴史は歴史学者たちが その時々に残された遺跡や文献などから得た推論を科学的に検証しながら解釈し作り上げられているものであることを知ります。西暦240年ころ「祟神天皇」の時代に巫女として活躍した「倭迹迹日百襲姫こそ卑弥呼のことである」との見方。「倭迹迹日百襲姫」は幼少時四国(讃岐?)に遣わされ、神がかり的な功績?を残し 大和へ遷り、後に「卑弥呼」となったとの推理です。
卑弥呼は神功皇后説
しかし一方で日本書紀の神功皇后記では、卑弥呼は大陸とも交渉した偉大な女王ということからか、卑弥呼とは神功皇后のことであると示唆しています。
天照大御神こそが卑弥呼説
他にも卑弥呼は、239年に魏に使いを送っており、天照大御神の時代と卑弥呼が活躍していた時代がぴったりと重なることで神話化し、伝説化したのが天照大御神こそが卑弥呼であるとの見方です。
卑弥呼は九州の女酋長説
本居宣長 は「偽僣説」で卑弥呼は、神功皇后の名を騙った九州の女酋長とまで言い切っています。
卑弥呼については諸説あり
卑弥呼については諸説あり歴史学者の推理は果てしなく広がっていきます。邪馬台国の九州説あるいは畿内大和説 訪れた土地によって異なった神話や伝説があり、歴史上の人物は色々な土地で生活し活躍したことになります。
卑弥呼についてだけでなく旅先では まるっきり自分には縁のなかった多くの歴史を学びます。
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◆4Travel「Donkyさんの旅のブログ」(2013年6月投稿開始)は
27 | 「誘遊四国」(4)宇和島「真珠会館」・宇和町「開明学校」・歴史感じる商家や土蔵が並ぶ内子町 |