●不思議なおばちゃん達と僕(その20) ※「連載初回」はこちら
~平成25年度末に怒涛の暫定的決着(その1)~
~平成25年度末に怒涛の暫定的決着(その1)~
元日に現地施設で打合せして予約したとおり、松の内も明けない1月5日に、施設職員がおばちゃん達の家を訪問し、年少おばちゃんの面談調査をしたようだ。伝聞調で記すのは、当日は日曜日で年始休みの最終日ではあったものの、僕は当初予算編成に関する休日対応の作業があったため実家を後にしており、面談調査には僕の母に同席してもらってその結果の概況を聞いたためだ。
母の話によると、知的障害のある年少おばちゃんには事前に家庭訪問の話はしておいたが、施設の入所に向けた面談という趣旨はやはりよく解ってもらえなかったようで、施設の事務方の男性と看護師の女性の二人が母に連れられて来訪して最初のうちは、健康診断にでも来たのだろうくらいの応答をしていたようだ。それでも、「この家で年寄りだけでは暮らしていけないのでうちの"施設に来ませんか"」という投げかけがあると、表情をこわばらせてかぶりを振ったとのこと。長きにわたり社交的な生活の機会もなく殆ど実姉と家の中だけで生活してきたわけだから無理もない。
面談を終えて母が見送りがてら、年少おばさんの施設入所の同意について悲観的な話しをすると、施設職員は「まあ知的障害いかんに拘わらず、いきなりの話しに拒否的な態度をとられる事はよくありますよ」として、入所対象とできる方なので、御本人の意思が決まったらまた連絡くださいと話していったという。取り敢えず施設側はウエルカムのようだが、肝心の本人をその気にさせるのは、年少おばちゃんのこれまでの生活歴をそれなりに知る僕が考えてみても、確かに難しいだろうなと思えた。あと一週間もすれば真ん中のおばちゃんが退院してくる見込みであり、それまでに年少おばちゃんの同意を得て施設入所へと繋ぐのは非現実的だ。
ケアマネージャーの女性に、本日の施設職員訪問による年少おばちゃんに対する面談調査の概況を報告しつつ、やはり本筋である真ん中のおばちゃんが退院後に速やかに入所できるような施設が、しかも今回の施設のように40kmも離れた遠くでなく、併せて、つましい育ちの年寄りにも馴染める所が、なんとか見出せないかと、"ダメ元"と知りながら愚痴でもこぼすように改めて聞いてみる。すると、驚いたことにケアマネさんは、こちらから電話しようと思っていたところなのだと応答した。
僕やおばちゃん達の住む市内でほんの2kmほどの所にある介護付き有料老人ホームに空きが出て、現時点で待機者も居ないというのだ。しかし、介護付き有料老人ホームということであれば介護度の要件により真ん中のおばちゃんは対象外にされてしまうのでは。尋ねてみるとケアマネさんは、今回紹介する施設であれば運営方針に照らして大丈夫そうだという。なんというタイミングでの福音であろうか。入院している本人の意向は直ぐに追って確認することとして、施設への入所申し込みと本人面接の日程調整をお願いして電話を切った。
僕は住まいのある街に戻っていたため、即座にその施設の視察に行くことはできなかったが、ネットで施設のサイトを調べてみた。数年前に開設したばかりの簡素なマンションといった外観だ。名称はモダンなカタカナ文字だが、施設内の画像を見ていくと、元日に視察した施設のようなデザイナーズ○○的な"お洒落すぎ感"がない一方で、無駄なく清潔な印象だ。ここであれば真ん中のおばちゃんにマッチすると直感した。
1月10日の金曜の夜、仕事を終えてから車で出掛けて実家に着いた僕は、明日土曜に真ん中のおばちゃんを入院先に尋ね、退院と同時に施設へと入所することの同意を得るべく母と打合せした。真ん中のおばちゃんは実質一人で家計と兄妹の生活を差配し、人生の終盤を前にして家の建て替えまでした人である。慣れ親しんだ家に戻ることなく施設へと転じるのは、集団生活により今までのように自由気ままに過ごせないことが多くなることからも、先ずは強い拒否反応に遭うことは想像に難くない。それでも、真ん中のおばちゃん自身が頼りにしている僕の母が疲弊してしまって皆が共倒れということを回避するには、これが一番なのだという話しをすれば聞く耳はあると思われた。母との打合せを終えて母がケアマネさんから預かっていた施設入所申込書を受け取り、必要事項を記入しながら僕は、相当に頑固な真ん中のおばちゃんだが、長年にわたり勤め先料亭の残り物料理の僕へのお裾分けを続けてくれた思いやりなど思い起こすと、母を救うためという説得に理解は得られるのではないかと、期待というより祈るような思いだった。
母の話によると、知的障害のある年少おばちゃんには事前に家庭訪問の話はしておいたが、施設の入所に向けた面談という趣旨はやはりよく解ってもらえなかったようで、施設の事務方の男性と看護師の女性の二人が母に連れられて来訪して最初のうちは、健康診断にでも来たのだろうくらいの応答をしていたようだ。それでも、「この家で年寄りだけでは暮らしていけないのでうちの"施設に来ませんか"」という投げかけがあると、表情をこわばらせてかぶりを振ったとのこと。長きにわたり社交的な生活の機会もなく殆ど実姉と家の中だけで生活してきたわけだから無理もない。
面談を終えて母が見送りがてら、年少おばさんの施設入所の同意について悲観的な話しをすると、施設職員は「まあ知的障害いかんに拘わらず、いきなりの話しに拒否的な態度をとられる事はよくありますよ」として、入所対象とできる方なので、御本人の意思が決まったらまた連絡くださいと話していったという。取り敢えず施設側はウエルカムのようだが、肝心の本人をその気にさせるのは、年少おばちゃんのこれまでの生活歴をそれなりに知る僕が考えてみても、確かに難しいだろうなと思えた。あと一週間もすれば真ん中のおばちゃんが退院してくる見込みであり、それまでに年少おばちゃんの同意を得て施設入所へと繋ぐのは非現実的だ。
ケアマネージャーの女性に、本日の施設職員訪問による年少おばちゃんに対する面談調査の概況を報告しつつ、やはり本筋である真ん中のおばちゃんが退院後に速やかに入所できるような施設が、しかも今回の施設のように40kmも離れた遠くでなく、併せて、つましい育ちの年寄りにも馴染める所が、なんとか見出せないかと、"ダメ元"と知りながら愚痴でもこぼすように改めて聞いてみる。すると、驚いたことにケアマネさんは、こちらから電話しようと思っていたところなのだと応答した。
僕やおばちゃん達の住む市内でほんの2kmほどの所にある介護付き有料老人ホームに空きが出て、現時点で待機者も居ないというのだ。しかし、介護付き有料老人ホームということであれば介護度の要件により真ん中のおばちゃんは対象外にされてしまうのでは。尋ねてみるとケアマネさんは、今回紹介する施設であれば運営方針に照らして大丈夫そうだという。なんというタイミングでの福音であろうか。入院している本人の意向は直ぐに追って確認することとして、施設への入所申し込みと本人面接の日程調整をお願いして電話を切った。
僕は住まいのある街に戻っていたため、即座にその施設の視察に行くことはできなかったが、ネットで施設のサイトを調べてみた。数年前に開設したばかりの簡素なマンションといった外観だ。名称はモダンなカタカナ文字だが、施設内の画像を見ていくと、元日に視察した施設のようなデザイナーズ○○的な"お洒落すぎ感"がない一方で、無駄なく清潔な印象だ。ここであれば真ん中のおばちゃんにマッチすると直感した。
1月10日の金曜の夜、仕事を終えてから車で出掛けて実家に着いた僕は、明日土曜に真ん中のおばちゃんを入院先に尋ね、退院と同時に施設へと入所することの同意を得るべく母と打合せした。真ん中のおばちゃんは実質一人で家計と兄妹の生活を差配し、人生の終盤を前にして家の建て替えまでした人である。慣れ親しんだ家に戻ることなく施設へと転じるのは、集団生活により今までのように自由気ままに過ごせないことが多くなることからも、先ずは強い拒否反応に遭うことは想像に難くない。それでも、真ん中のおばちゃん自身が頼りにしている僕の母が疲弊してしまって皆が共倒れということを回避するには、これが一番なのだという話しをすれば聞く耳はあると思われた。母との打合せを終えて母がケアマネさんから預かっていた施設入所申込書を受け取り、必要事項を記入しながら僕は、相当に頑固な真ん中のおばちゃんだが、長年にわたり勤め先料亭の残り物料理の僕へのお裾分けを続けてくれた思いやりなど思い起こすと、母を救うためという説得に理解は得られるのではないかと、期待というより祈るような思いだった。
(空き家で地元貢献「不思議なおばちゃん達と僕」の「その21」に続きます。)
※"空き家"の掃除日記はこちらをご覧ください。↓
「ほのぼの空き家の掃除2020.11.14」
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