この旅行の最後の夜、パリのホテルで暫らく睡眠を取り、やはり勿体無いので街に出る事にした。
日本で調べてて行くつもりをしていたジャズのライブハウスにやはり行ってみよう。メトロでマレ地区まで出て目的地に行くも、またもやクローズしたような気配。やはり、パリでジャズなんてあまり盛り上がってないんじゃないのか?
よく分かってないけど、この辺りはどうやらユダヤ人街の様だ。食欲は無いけど、とにかく生オレンジジュースが無性に飲みたくなり、カフェに飛び込んで注文する。値段がモロッコのフナ広場の10倍!でも、これしか腹に入らない。背に腹は替えられずバカ高いOJを一気飲み。(笑) でも、少し元気になる。
写真を撮る気力もなく街を彷徨い、少し食欲が出たのでバーに入り、3種類の野菜スープってのを頼む。えんどう豆とトマトと人参の3種類だったと思う。こんなものしか食えない。バーは酔っ払いのお婆ちゃんと、ネズミが足元を走り回っていたのが印象に残っている。あと、クラブ・ジャズの同じ曲がずっとかかってるのも記憶に有る。せっかくのパリ最終日は結局、殆ど記憶がない。
次の朝、ホテルのすぐ前からエール・フランスのバスが出ているので楽に空港に行けた。それはラッキー。空港ロビーで残り少ないユーロを全て、またもや高いオレンジジュースにつぎ込み、その後セキュリティー・チェックに向う。そういえば、最近機内に水入りのペットボトルを持ち込むのは禁じられている。セキュリティーにそれを捨てろと言われ、目の前で1ℓサイズの水を一気飲みしようとする根性有る若者を見かけたっけなぁ。(笑) 僕はというと、セキュリティーにモロッコから持ち帰った楽器類の事をやたらと訊かれたので、「お、楽器に興味が有るのか?」と思い、つらつらと説明したが、実は興味が無い事が分かりガッカリした。
機内は行きと同じで、カップヌードルが一番のご馳走。機内放送のジャズ・チャンネルでまたもやデビッド・リンクスが歌う「Black Clow」(ジョニ・ミッチェルの作品)を聴き、これは凄いと名前をメモに書き取る。長い移動時間はそのお陰と、睡眠、または「アイ・アム・レジェンド」などの映画で難なく過ごせた。
成田に着いてバゲージ・クレームで待っていると、ものの見事に鍵が全部壊され、ボロボロになった僕のスーツケースが出てきた。ここで「しまった!」と思ったのだが、現地で使わない日本円、数万をこのスーツケースに入れたままだった。しかし、ケースの中の奥の奥のファスナーを開けられてたのにも拘らず、封筒の中の現金は無事だった。不幸中の幸いだ。
久しぶりに降り立った日本は、満開の桜の木々で出迎えてくれた。駐車場で待っていた愛車のMOCOちゃんはピカピカに洗車されていた。
思えば出発した時にこの車から降ろしたのは、母から貰った、
このカラフルなベネトンのスーツケースだった。出発前に既にタイヤが壊れていて、安物のカートに乗っけてたけど。
初日のカサブランカでカートと共に大破して、2日目のラバトでは既に粗大ゴミとしてホテルに置いて来てしまった。(笑) ラバトで買ったスーツケースも今や空港内の盗賊にボロボロにされて使えない。これらのスーツケースを見る度に、この旅行は人生の試練の縮図だと感じてしまう。
辛い事が起こっても、知らない人が優しく助けてくれた。モロッコでもフランスでも。いや、国は関係ない。辛いことは必ず起こる。でも、必ずその都度、人の優しさにも触れる事が出来る。美しい自然や美味しい料理と共に、思い出になったのはこの事だったと思う。とてもラッキーな全20日間の旅だったなぁ。
おわり。
~大変なが~い間、読んで下さりありがとうございました。この旅行記はこのブログの「モロッコ~フランス旅行」というカテゴリに全58話保存してあります。お時間がございましたら、是非とも第一話「カサブランカ」からお読み下さい。僕と一緒に旅に出かけましょう!
日本で調べてて行くつもりをしていたジャズのライブハウスにやはり行ってみよう。メトロでマレ地区まで出て目的地に行くも、またもやクローズしたような気配。やはり、パリでジャズなんてあまり盛り上がってないんじゃないのか?
よく分かってないけど、この辺りはどうやらユダヤ人街の様だ。食欲は無いけど、とにかく生オレンジジュースが無性に飲みたくなり、カフェに飛び込んで注文する。値段がモロッコのフナ広場の10倍!でも、これしか腹に入らない。背に腹は替えられずバカ高いOJを一気飲み。(笑) でも、少し元気になる。
写真を撮る気力もなく街を彷徨い、少し食欲が出たのでバーに入り、3種類の野菜スープってのを頼む。えんどう豆とトマトと人参の3種類だったと思う。こんなものしか食えない。バーは酔っ払いのお婆ちゃんと、ネズミが足元を走り回っていたのが印象に残っている。あと、クラブ・ジャズの同じ曲がずっとかかってるのも記憶に有る。せっかくのパリ最終日は結局、殆ど記憶がない。
次の朝、ホテルのすぐ前からエール・フランスのバスが出ているので楽に空港に行けた。それはラッキー。空港ロビーで残り少ないユーロを全て、またもや高いオレンジジュースにつぎ込み、その後セキュリティー・チェックに向う。そういえば、最近機内に水入りのペットボトルを持ち込むのは禁じられている。セキュリティーにそれを捨てろと言われ、目の前で1ℓサイズの水を一気飲みしようとする根性有る若者を見かけたっけなぁ。(笑) 僕はというと、セキュリティーにモロッコから持ち帰った楽器類の事をやたらと訊かれたので、「お、楽器に興味が有るのか?」と思い、つらつらと説明したが、実は興味が無い事が分かりガッカリした。
機内は行きと同じで、カップヌードルが一番のご馳走。機内放送のジャズ・チャンネルでまたもやデビッド・リンクスが歌う「Black Clow」(ジョニ・ミッチェルの作品)を聴き、これは凄いと名前をメモに書き取る。長い移動時間はそのお陰と、睡眠、または「アイ・アム・レジェンド」などの映画で難なく過ごせた。
成田に着いてバゲージ・クレームで待っていると、ものの見事に鍵が全部壊され、ボロボロになった僕のスーツケースが出てきた。ここで「しまった!」と思ったのだが、現地で使わない日本円、数万をこのスーツケースに入れたままだった。しかし、ケースの中の奥の奥のファスナーを開けられてたのにも拘らず、封筒の中の現金は無事だった。不幸中の幸いだ。
久しぶりに降り立った日本は、満開の桜の木々で出迎えてくれた。駐車場で待っていた愛車のMOCOちゃんはピカピカに洗車されていた。
思えば出発した時にこの車から降ろしたのは、母から貰った、
このカラフルなベネトンのスーツケースだった。出発前に既にタイヤが壊れていて、安物のカートに乗っけてたけど。
初日のカサブランカでカートと共に大破して、2日目のラバトでは既に粗大ゴミとしてホテルに置いて来てしまった。(笑) ラバトで買ったスーツケースも今や空港内の盗賊にボロボロにされて使えない。これらのスーツケースを見る度に、この旅行は人生の試練の縮図だと感じてしまう。
辛い事が起こっても、知らない人が優しく助けてくれた。モロッコでもフランスでも。いや、国は関係ない。辛いことは必ず起こる。でも、必ずその都度、人の優しさにも触れる事が出来る。美しい自然や美味しい料理と共に、思い出になったのはこの事だったと思う。とてもラッキーな全20日間の旅だったなぁ。
おわり。
~大変なが~い間、読んで下さりありがとうございました。この旅行記はこのブログの「モロッコ~フランス旅行」というカテゴリに全58話保存してあります。お時間がございましたら、是非とも第一話「カサブランカ」からお読み下さい。僕と一緒に旅に出かけましょう!
私が一番行ってみたいなぁって思ったのはやっぱりニースの海だなぁ…
SGURUさんにとっては悪夢の1日だったみたいですけどね^^;
これまでは、1か所に滞在してゆっくりする旅が好きだったけど(ってか、方向音痴なのでそれしかできなかったのですが)、こうしていろんなところを巡るのも悪くないですね。
あーーー、私もいつか行きたいなぁ… (← 遠い目)
UPする度に、その日の事が昨日の様に思い出されて僕自身も楽しかったですよ。
でも、同時にやっとこのプロジェクト(笑)から解放されたというホッとした部分も有ったりして。
ははは・・
ニースとパリは何だかよく分からないまま・・というのが正直な感想です。リベンジの必要アリですね。
mihokoさんも是非、良い旅を!
58話もあったとは・・・
いろんな事があり過ぎて、頭の中を整理したり、それを言葉にするのは、大変な作業でしたでしょうに。。。
これだけの長旅、宿やルートを決めたり、その他諸々の計画をしただけで、旅をしてしまったかのような…事前の準備もえらいこっちゃですよね
その根気とこだわりは素晴らしい!!
尊敬しちゃいます
お疲れ様でした。
英語の電話が1本有った以外は、日本語で予約の文章を読むことさえ出来ましたし。ルート決めで、既に旅行気分を味わえますから、それも楽しみの一つですよね。
気持ちは既に次の旅に向いてます。
最高に素晴らしい旅行日記だと思います。
タイトルに書きましたが、やっぱりQUADRAでヨーッロパツアーしたいです。
俺も英語勉強するんで是非実現しましょう!
宮地さんの一押しがあればバンマスは動くはず?!
でも、ご覧の通り、仕事にするのは難しいから、日本でガッポリ稼いでから、「慰安旅行」としていく事にしましょうか。(笑)