ナーシング助産院のブログ

手技は桶谷式で乳房の調子を整えるマッサージ方法を行っております。駐車場あり。

母乳育児を継続することは

2017年01月10日 15時51分11秒 | 母乳相談など

今年の年賀状の中で。つれずれに。

おっぱいが大好きだった娘も大学生になったこと。自分もお仕事をしていること。母乳育児中の

若い職員さんに声を掛ける年になったこと。

母乳育児していた中で受け取ったことを次の世代に伝えますね。とかいてありました。ありがとう。伝えていくことの大切さ。

母乳育児は次の世代を担って子どもを育てていくことを感じたひとときでした。これからも直接・間接的につながることですね。とても嬉しいです。

年賀状を頂いて、社会人になった。大学生になった。高校生・中学生・小学校・幼稚園に入ったと素敵な年賀状ありがとう。開業してからの年月の重みを感じながら

一枚いちまいをめくりました。新しい命がお腹に入っていること等、御安産をお祈り致しますね。

光陰矢の如しです。懐かしく思い出します。その分私は歳をとりました。しかし歳をとることは悪いことではないなぁ。結構楽しく生きられます。有り難いことです。

今年で開業して29年が経ちました。

これからも一期一会を大切にしながら初心忘れずに、丁寧に仕事を続けていきますね。

スタッフ一同お待ち申し上げます。

 


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福島県広尾町の高野病院の院長が年末に火災でお亡くなりになりましたことを新聞・ニュースで聞いて

2017年01月08日 21時03分58秒 | 雑記

ご冥福をお祈り申し上げます。

昨年NHKの放送で震災後休みもなく働いている老医師の高野先生。原発から一番近い病院でした。

常勤の先生は高野先生だけで、守り続けた地域医療を義務感の塊のように働き抜いていた。

入院患者さんからも「先生頑張って。大丈夫?」心配されながらも慕われていた。その姿に感銘致しました。が最後は火災で、亡くなられたことをニュースを聞いてから心が晴れない。

番組の中で県庁に後任の医師を探して欲しいと願って申し出たのにも関わらず良い返事が貰えなかった。とても疲れ切っている様子だった。

高野先生が亡くなられてから広尾町の町長や県も動き出したが、もう少し早く動いて欲しかった。特に県の対応がつめたいなぁと感じた。

原発で一番近い病院が高野病院だった。震災後入院患者と一緒に逃げるように通達されたけれど、留まることを選び一人も患者さんを亡くならせることがなかった。

先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

 


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~迎春~

2017年01月08日 08時13分43秒 | 仕事のこと徒然に

明けましておめでとうございます。

良いお正月をお迎えした事と思います。

年賀状ありがとうございました。時々ブログを見ていますと言葉を添えて頂き、これからもちょっと、ちょっとだけど今年も書いていきますね。

今年も私を含めスタッフ一同、ご来院をお待ち申し上げております。


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