歴史小説は漢方薬のような良さがある。読み続けると人生は豊かに変わる-。「教養としての歴史小説」(ダイヤモンド社)を出した直木賞作家「今村翔吾」さん(大津市)は、小学5年でどっぷり漬かり、現在は担い手となったジャンルの魅力を熱く説いた。過去を振り返り、未来につなげようと願いを込めた最新刊だ。
↑写真:中日新聞より
2017年のデビュー以来、歴史小説の書き手として活躍し、2022年に「塞王(さいおう)の楯(たて)」で直木賞を受けた今村さん。
「自分の考えを一度体系化しておきたかった」と、今回の執筆動機を語る。さまざまな分野で「教養」をうたう本は出ているが、「小説の中でも、歴史ものは歴史や文化の知識がないと書きづらく、教養と関係が深い」と分析する。
「分かりやすさ意識」
難解、苦手という印象を持たれやすいジャンルだとも。「この本では、なにより分かりやすさを意識した。手に取ってくれた人を笑顔で迎えたかった」
池波正太郎「真田太平記」との運命的な出合いを機に、10代のころは歴史小説に耽溺(たんでき)し、史跡を訪ねては歴史に思いをはせた。
「教養-」では豊富な体験談を交えながら、登場人物や著者の考え、故事などから人としての考え方やふるまいを教わったと明かす。そして歴史小説の基礎知識、作品に詰まっている人生訓や知識の例、オススメの作家・作品に話題を広げていく。
特に、歴史小説と歴史書の違いについての記述には、今村さんの問題意識が反映されている。「史実を確定していくのが歴史家の仕事であり、史実の見方を提示するのが歴史小説家の仕事」。
歴史小説はしばしば、一部の学者から批判を受けるという。ただ、面白さや分かりやすさを重視した物語に、学術的な正確さや描写の緻密さを過度に求めていては、歴史ファンが増えないのではないか。歴史家と小説家は協力していけるはず-という提言だ。
それは読者への注意喚起でもある。「竜馬がゆく」「坂の上の雲」などのベストセラーを書き、「司馬史観」という言葉が生まれたほど日本人の歴史観に影響を与えた司馬遼太郎を例に、小説の内容を「本当の歴史」と捉えないよう呼びかける。
「歴史小説などのフィクションは、歴史を『面白い』『わくわくする』と思ってもらう役割を担う。僕もまず『楽しさ』を読者に与える作家でありたい」。エンターテインメント作家としての矜恃(きょうじ)をにじませた。
作家を7世代に分類
では、どのような小説が面白いのか。本書では作家を7世代に分類。
大佛(おさらぎ)次郎らを第1世代とし、藤沢周平・司馬・池波らが黄金期を築いた第3世代、朝井まかてさんら第6世代、今村さんを含む第7世代まで約50人をリストアップし、代表的作家のオススメ作品を紹介する。
第7世代は5人を挙げるが、30代は2人、20代はゼロだ。「若い書き手と若い読み手が圧倒的に不足している」。第3世代をはじめ多くの先輩作家に楽しませてもらったからこそ、多くを学び、成長することができた実感がある。
「今度は僕が頑張って、歴史小説の楽しさを伝えたい。新たな読者の中から、次代を担う作家、研究者が生まれてくれるはず」と力を込めた。
<中日新聞より>