明智光秀の居城で、記録が少なく「幻の城」と言われる大津市の坂本城跡で、三の丸の遺構とみられる石垣と外堀が発掘調査で見つかった。
城の規模を確定するうえで重要な発見で、大津市が2月7日、発表した。坂本城の遺構が見つかるのは45年ぶりで、外郭施設の発見は初めて。
見つかった石垣は、大小さまざまな自然石の花こう岩を使った野面(のづら)積みで、高さ約1m、南北に約30m。堀は石垣の西側で幅8m分を確認した。外堀からは船の「櫂(かい)」の一部とみられるものが出土した。
大津市によると、未発掘の地中には南北方向に石垣が続き、高さが約1・5mあったと考えられる。外堀も対岸が未確認で、全体では幅12mほどと推測されている。城の西側にある比叡山延暦寺に対する防衛機能のほか、外堀は琵琶湖とつながって水運にも使われた可能性がある。
遺構は外堀の遺物から16世紀後半と推定。付近から建物の礎石や井戸も見つかり、井戸からは赤と黒の瓦も出土した。
坂本城は絵図などが残っておらず、大津市はこれまで地名などを基に城の規模を推測していた。見つかった外堀の位置は湖岸から約300m西側で、城域は推測より100mほど湖側だったことが分かった。発掘したのは城の南側で、北側の発掘はしていないため全体像は分かっていない。
調査は宅地造成に伴い、昨年10月から約900㎡で実施。遺構を保存するかは今後、検討する。
現地説明会
2月10、11両日。整理券が必要でJR比叡山坂本駅前の公園で配布する。
2月10日(土): 11:00
2月11日(日): 09:30
今後の城復元の基軸になる
滋賀県立大の中井均名誉教授(日本城郭史)の話
滋賀県立大の中井均名誉教授(日本城郭史)の話
位置や構造から、坂本城の三の丸の石垣とみてよいだろう。地上に痕跡を残していない坂本城でこれほどの石垣が検出されたのは奇跡。三の丸は琵琶湖から少し離れた陸地側にあり、大津城に船で石材が運ばれることなく残ったとみられる。今後の坂本城復元の基軸になることは間違いなく、重要な石垣の発見と言える。
<中日新聞より>