モノが溢れかえるこんな時代だからこそ
こんなすさんだ思いを持ってしまうのかもしれない。
と、自分の気持ちに少しサブタイトルをつけておく。。(^-^;
娘から、現実主義すぎる~ 冷たすぎる~ と、非難をされたが
私は最近、人に贈り物をするのが大嫌いだ~~~(>_
1年を過ごしていると実に多くの贈り物をする機会が作られている。
お正月から始まり日本の伝統、季節の行事を省いても
バレンタイン、ホワイトデー、母の日、父の日、誕生日、敬老の日、クリスマス…
お中元にしてもお歳暮にしても、昔は何をもらっても嬉しかったのだ。
自分の家ではめったに買ってもらえないものだったりして
全体的にあまりモノがないから、とにかく戴き物は有難いという感覚しかなかった。
今はどうだろう?
欲しいものはネットで検索すれば全国どこからでも取り寄せが出来て
重いものでも家まで届けてもらえて
それこそ、超レアな一品モノでさえ頑張ればなんでも手に入る世界。
贈り物は 『気持ち』 だと言うけれど、必要でないモノをもらって
大喜びする人が現代にはどれくらいいるのだろう?って真剣に考えてしまうのだ。
・・・私?私は正直微妙なところ・・・
もちろん、送ってくださる気持ちはとても有難いと思う。有難いのだけど
時間をかけて足を運んでいろいろ悩んでこれに決めてくれたんだろうな、と
思うほどには喜べない。
だって好みがあるし、食べ物の好き嫌いもあるし、お金も時間も本当に勿体ない。
ああ、また箱処分しなきゃとか、趣味じゃないけど身に着けなきゃとか、
また空き缶だらけになっちゃうよ、とか
これ、私が送る側でも同じことを思われていると思うとさ
もう、お互い 「なし」 でいいじゃーん!!
それならばさ、ひとことカードやメールであったほうがより気持ちは伝わるし嬉しいと思うのだ。
それを書くのが面倒ならばもう無理して 「義理」 は要らないじゃないか。
お誕生日プレゼントとかクリスマスプレゼントとかに至っては
大人になってからは 「おめでとう!」 という声かけとチョコレート一枚((笑))くらいのほうが
嬉しかったりする。
だって、結構なモノを戴いたらお返し選びで結構なモノをというノルマが発生…(^_^;)
この歳になるともう必要なものはほとんど持っているからね。
だいたい人ってのは自分の事をきにかけてくれている →→→ なんらかのアクションがある
これが一番うれしいわけで、贈り物は・・・もうね。。(自分で買おう)