おかあさんのうた

どこをどう歩いてきたんだろう。
おかあさん、子供たちよ。
あのぬくもりはもう帰っては来ないのだろうか。

由布子の愛した山々。

2012-09-20 20:32:11 | 随筆
 
 思い出と後悔ばかりの雑文。
だれに書いているのかわからない。
誰が読んでいるのかさへわからない。
つぶやきだろうか、ひとりごとだろう。

 由布子はよく山の話をしたね。
久住山、祖母山、阿蘇連山。
そして由布岳に四国の石鎚山。

 きょう君の好きな大山が放映されていた。
登山帽がよく似合う君の姿をみた。
「大山はね、見る位置が違うと山容が変わる」
君がいってた通り、テレビでもそのように解説していた。
NHKの「小さな旅」。
ぼくと君のためにつくられたような番組だったよ。

 天を覆う樹林の中の登山道。
潅木の登山道。
君の足はぼくよりずっと速かった。
ついて行くのが精一杯だった。
草いきれが呼吸の邪魔をした。
立ち止まり、振り返る君の頬は真っ赤だった。
すがりつくように君に追いつこうと踏ん張った。
大山は一緒に行ってない。
祖母も阿蘇連山も、石鎚も由布も。
でも、いつも君がいる。

 ふたりで登ったのは久住だった。
大きな山の最初の登山。
法華院温泉の山宿はふたりだけだったね。
男湯と女湯は簡単な板細工で仕切られただけだった。
「気持ちいいね」
「うん」
簡素な仕切り越しに遠慮がちに話したね。
声はよく透った。
それでもふたりはあたりを憚るようにしゃべった。
「静かだね」
「淋しいくらい」
いまも聞こえる君の声。
流す湯音に動悸が打った。
「もうあがる?」
「もう少し」
山の寒気にゆれる湯気が細かった。

 もう君は歩けないだろうか。
「行けるところまで行ってみないか」
大山の尾根は広々としていたよ。
「行こうよ」
返事はない。
窓越しの枯れ行く栴檀の梢が揺れる。

 おれはどうしたんだろう。
人生の終焉はこんなに寂しいのだろうか。
きょうの夕べは秋風が吹いた。
酒に云って聞かせる青春の思い出。

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