松下啓一 自治・政策・まちづくり

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☆同性婚を考える

2023-05-30 | 自治体結婚政策

 3例目の違憲判決が出た。地裁レベルなので、高裁、最高裁に行くと、説明に仕方が変わるかもしれないが、少なくとも、結婚は男女に限るという判決は出せないだろう。違憲とは言わず、立法政策の問題になるような気がする。

 これは同性婚を否定する根拠が乏しいからである。

 憲法で「両性の合意」と書かれているから、これは男女のことであるという議論もあるが、この規定はこれは家制度からの解放がねらいで、親や親せきが結婚を決めるのではなく、当事者の二人で決めるということを表した規定であるというのが多数説である。積極的に、同性同士の結婚を否定するものではないという議論である。

 それに対して、もし、同性婚を認めるなら、「両性」を「両者」のように直すべきで、憲法改正をすべきであるという議論もある。しかし、こんなことで、国民投票までして、何百億円も使うのは、バカみたいな話である。その金があれば、少子化対策に回した方がずっといい。

 第9条だって、文言上は、軍隊を持つことが禁止されているのに、自衛隊が認めるような、「柔軟な」解釈を日本はしているのである。憲法24条の「両性」は、代表的な場合を規定したもので、例外的な同性婚を否定したものではないという議論で、すっとスルーすればよい。

 憲法論とは別に、政策論からの反対もある。

 同性婚を認めると、少子化が進むという議論もある。

 しかし、同性婚を認めなくても、そういう人は、異性と結婚はしないだろうから子どもは増えない。いや、無理やりにでも結婚させて、子どもを増やすのだという議論だとしたら、これは恐ろしい。

 日本の伝統を崩すという議論もある。伝統の意味がよく分からないが、夫婦と子どもの暮らしが、伝統だとすると、すでに日本の世帯構造は、単身世帯、夫婦二人世帯が、最も多くなっている。新たな伝統は、単身か夫婦二人である。

 同性婚を認めたとしても、それは異性婚を否定するものではない。大多数は男女で結婚し、それはそれとしてそのままで、もうひとつ同性婚という枠をつくるだけの話である。同性婚が多数になることない。

 異性婚と同性婚の違いはどこにあるのだろう。最大の違いは、子どもが生まれるかどうかである。そこから立論して、男女婚は生産性があるからいいのだという議論を真面目にする人がいる。

 もし「生産性のない」結婚はダメだとすると、私たち夫婦は、さっき、些細なことでむっとしたので、この勢いで、離婚し、あとで子どもたちに怒られて、再婚しようとしても、もはや「生産性」がないから、結婚できないことになる。

 結婚の意味は、子どもが生まれることではなく、この制度に乗ることで、独自の権利と義務が生じることである。同性同士でも、異性間でも、この制度の乗ろうと考えれば、結婚すればいいし、この制度にのるのは嫌だと考えれば、結婚せずに一緒にいればよい。それだけのことである。結婚の権利と義務の枠内に入りたいという同性カップルを排除する理由は見つからない。

 何度も書いているが、私たちの社会は、このままではじり貧である。その打開策は、憲法13条の個人の尊重である。一人ひとりが、その個性や持ち味を存分に発揮して、個人の力で社会を切り開いていく。めぼしい資源がない日本は、人の力で勝負していくしかない。

 同性同士だからということで、社会から排除されたり、差別にあったり、ストレスがたまるようでは、存分に力も発揮できない。同性婚をした方が、ハッピーになって、前向きになって、パワーを発揮するのなら、同性婚を認めない手はない。

 同性婚を認めることによって、被害を受ける人がいるわけではないし、具体的にこまったことがあるわけではない。他方、同性婚を認めることで、悲しい思いをする人が減るのだとしたら、立法政策として、同性婚を認めるという流れになる。高裁も最高裁も、おそらく、そんなふうに考えていくと思う。

 

 

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