カリフォルニア便り ーFROM OQ STUDIOー

~南カリフォルニアから~
陶芸家の器と料理、時々王様の日々

小鍋仕立て

2011年11月05日 | Food

 

私は料理のレシピ本というものをほとんど持っておりません。

プロの庖丁人の為に書かれた、

食材の処理方法と、器使いの約束事の書かれた分厚い本が唯一のバイブルです。

 

そんな私が、自分なりのレシピを考えて行く上で参考にしているのは、実は小説。

それが推理小説であっても、純文学であっても、

食事の場面が丁寧に描かれている作品が私は好きです。

グルメ小説の様な食がテーマの小説でない方が、より私の想像力をかき立てます。

例えばイギリスのミステリー作家、アガサクリスティーが私に与えた影響は多大です。

私が彼女のミステリーを読み始めたのは中学一年生の頃だったと思います。

彼女の描く小説には、その頃の私が見たことも聞いたこともなかった食べ物が、

ページをめくる度に香りを放ちながら私に迫って来ました。

スコーンというのは一体どんな食べ物なのだろう?クロテッドクリームってナニ?

アフタヌーンティーに供される焼き菓子やサンドイッチは一体どんな味がするのだろう?

イギリス人はお茶ばかり飲んで、家のおばあちゃんみたいだなあ・・・etc.

食べ物の好みが人格と大きな関わりがあることも、彼女の小説から学びました。

私は高校に通う3年間、家族の為にほぼ毎朝4時に起きてパンを焼き続けたのですが、

それはひとえにアガサクリスティーの影響によるものだと思います。

彼女の描く世界を、現実のものとして表現したかったのです。

 

もう一人、大きな影響を受け、今も受け続けている作家が居ます。

私にとりまして、池波正太郎先生は人生の師。

物事の神髄を心の目で見ることを教えて下さいます。

とりわけ、食に対する姿勢と申しますか、心の有り様は、

全て師の作品から学んだ気がしております。

師の時代小説にもまた、読んだら作りたくていても立っても居られない様な料理の数々が、

さりげなくも重要な役割として登場致します。

先日何人かの文筆家の方々が、対談でやはり同じことを仰っておられて嬉しかったのですが、

電車の中などで『鬼平犯科帳』など読んでしまった日には、

もうその場面に登場する一品を食すことしか考えられなくなり、予定を全て変更し、

スーパーに寄って、食材を買い込み、台所に駆け込む事があると皆様異口同音でございました。

江戸時代という想像を超えた、いにしえの風景を描きながら、

人の心と胃袋を突き動かすエネルギーを放つ小説を私は他に知りません。

 

今日は私が師の小説から触発され、考え出した料理の中から一品をご紹介。

小説にことあるごとに登場する”小鍋仕立て”

小鍋仕立てという甘美な響きは、料理人に無限の可能性を与えてくれます。

小説の中では、具材が深川で採れるアサリのむき身、ネギや大根だったりするのですが、

つまりは、寒い夜酒の肴や白米のおかずとしてサッと作ってゆっくり味わう、お一人様鍋、

 家族で囲む具材の多い、団らん鍋とは一線を画する、大人の酒飲みの為の鍋料理です。

 

私の小鍋仕立ては、その名もあやしい” すき焼きもどき小鍋仕立てでございます。

 

すき焼きの割り下を薄めた味加減でお豆腐を煮込みます。

こちらは出汁ごと頂く一品ですので、すき焼きよりずっと塩気は控えます。

すき”焼きもどき”と有りますように、主役の牛肉が入りませんので、

濃いめの昆布だしをしっかり取るとよろしいです。

昆布だしを取る場合、私は朝から水に大きく切った肉厚のだし昆布を浸し、

後にそれを火にかけ、お風呂のお湯程度に暖まったら取り出し、煮立てません。

煮立てた昆布の風味の強さは、出汁としては相応しくないと感じるからです。

この昆布ははさみで細切りにして、ネギを湯がいたものなどと酢みそ和えなどに致しますと、

ワカメで作ったものよりも苦みばしった、素敵なお通しになります。

お豆腐が中まで暖まった頃合いを見計らって、エノキ、シラタキ、ネギを投入。

このシラタキでございますが、是非ともお試し頂きたい下ごしらえの方法が有ります。

食べ易い長さに切って、粗塩でもんだ後、茹でて灰汁抜きをするのは同様ですが、

この茹で時間を15分とか20分とかいつもより長めにします。

そしてザルでしっかりお湯を切った後、再び鍋に戻します。

それを強めの中火にかけて、から煎り致します。

次第に鍋に着き易くなりますので、つねに菜箸でかき混ぜながら、完全に水気を飛ばします。

じつに面倒ですな。

でもこれで、驚く程味の入りが良くなり、こんにゃくの味わいが倍増致します。

小鍋仕立ては、シンプルが信条でございますので、

それぞれの食材の下ごしらえで味が決まります。よろしければお試しください。

全ての食材にサッと火が通りましたら、溶き卵を廻し入れて火を止め、蓋をして蒸らします。

この溶き卵ですが、ケーキを作るときのようにしっかり混ぜ合わせないのが私流。

かき玉汁や炒り卵、オムレツなどとは違う溶き方を致します。

黄味は箸で持ち上げて壊すだけとし、白身を混ぜるのはせいぜい軽く5~6回程度。

要は白身のコシを切らないように致します。

これで、黄味の濃厚さ、白身のとろりとした食感をそれぞれ楽しめます。

これは親子丼やカツ丼なも同様にいたします。

 

牛肉の入らない、すき焼きもどき小鍋仕立て、これにて完成でございます。

バーテンダーは、一味唐辛子粉山椒で食するのがお好み。

寒い夜更けの酒席にはもってこいの、心も身体も温まる一品でございます。

 

Have a delicious weekend everybody.