マヨの本音

日本の古代史から現代まで、歴史を学びながら現代を読み解く。起こった出来事は偶然なのか、それとも仕組まれたものなのか?

日本の支配者はどこから?

2021年11月14日 09時50分16秒 | 歴史の翻訳

読者の方からハプログループに関するコメントがありました。

Y染色体を調べることで人類の移動の実態が分かるという優れものです。ただし男系に限るためすべてが分かるわけではないし、また調査した数量(人員?)に依存するため絶対的なものではなく、ある程度の傾向が分かるということでしょう。

しかし、私が調べているのは支配者たちのことであり、一般的?な日本人、まあ普通に日本に暮らしている人々の出自にはそれほど興味はありません。ただ言語学的にウラルアルタイ語系に属している以上、ウラル・アルタイ地方からやってきた人々が全土に広がったのだろうと。しかしどう見ても南方系の人も、まさにモンゴロイドの見本みたいな人も、あるいはペルシャ系のエキゾッチクな美形、ロシア系、半島系・・・まあ、日本は人種の坩堝なのですよ。

まず、今はブログごと消えてしまったのですが「集団ストーカー」さんがとても素晴らしい記事を書いていまして、その中にドルイドの大航海時代の地図があります。以下にそれを載せますが、その前に煩悩さんの記事から日本へやってきたイスラエル族の分類を引用します。

********** 引用ここから**********

「大陸の地殻変動により現在とは陸地の状態が大分異なっていたようです。この日本列島到着第一陣は、現在の中国、ロシア方面を産地とする黒曜石を矢じりの材料として日本に持ち込み、青森の十三湊を拠点として、日本全国に交易していたようです。縄文時代の武器の元締めで、仙台辺りに都を築いていたようです。そしてBC7世紀のアッシリアを出た北イスラエル族が、シルクロード、朝鮮半島を経て、遥かに遅れて第2陣として日本列島に到着し、出雲に都を作ったと言われています。これが地祇系です。第3陣は紀元1世紀にローマを出た南イスラエル海洋族が、稲作と天孫降臨伝説を日本列島にもたらしたとされている訳です。しかし第1陣の別動隊は地中海方面に向かいサルディーニャを中継基地にしていたとの事で、第2,3陣の祖にもなってしまいます。日本列島での古代文明区分では、1,2陣が縄文族、3陣が弥生族となり反目になります。

■天神系・・・アラスカから日本に入った流れ【第1弾】
■天孫系・・・ダビデの父エッサイからの南イスラエルの流れ【第3弾】
■地祇系・・・アッシリアを出で朝鮮半島を経た北イスラエルの流れ【第2弾】

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白状すると、実は私は長いこと勘違いをしていまして、第一陣を地祇(ちぎ)だと思っていました。ある時S氏から指摘されましたが「まあ、大した違いではないから訂正する必要もないだろう。」と言われ訂正せぬままここまで来ました。実際、第一陣と第二陣は密接で、実際のところこちらを北朝、天孫族を南朝としてもそれほど間違いではないというのが現状のようです。

要は天神族はレビ族で、レビ族の系図を調べれば当然エフライムも権利が出てくるということで仲が良いのでしょう。

さて、集団ストーカーさんの描いたドルイド第一次大航海時代の地図です。要は船で川という川をすべて遡っていったわけでロシアのエニセイ川をさかのぼりそこから草原の道を通りバイカル湖から沿海州へ着く。そこからまた北海道や青森に至る。これが最古のドルイドと日本とのかかわりと考えます。

第一次はBC4000から5000年ぐらいと考えられます。つまり氷河時代を終え再び活発に活動を開始したころでしょう。つまりユダヤ教も一神教もない時代ですから自然崇拝のドルイド神官が指導していた時代と考えられます。

これは第三次航海の図になりますが、これはBC4000と記されやはりまだイスラエル王国も存在しない時代です。ここは地中海からペルシャ地域の侵略を表わしています。

重要なのは古代デーン人が地中海のサルディニアからクレタを経てエジプト、イラクに入る経路が描かれていることで、この神官たちは第一次のドルイドと同族で最終的に日本でこんにちはとなる落ちがあるわけです。

さて、最後にWIKIからハプログループの地図を載せます。

これを見ると人類の移動の実態はわかりますが、これがすべてではないこともわかります。歴史の解明はそれほど簡単ではないということですね。

ただ、ハプロの地図を眺めるとバイカル湖やギリシャが世界の中心みたいになっています。言ってみれば渋谷の交差点状態ではないですか。

さて、今週はこれらの地図を眺め皆さんも支配者の気分になって世界征服の計画でも立ててみてください。

今からフルーツケーキとマドレーヌを作らなければならないので今日はここまでです。