(↑タイトルに関係なく。隣家の紫陽花が綺麗で毎日楽しませて頂いてます)
上野文化会館小ホールに別宮先生の「室内楽作品の夕べ」を聴きに出かけた。
花岡千春さんのピアノで4人のゲストを迎えてのコンサート。ピアノのためのソナチネ、アルトサキソフォンとピアノのための組曲『街の歌』、ピアノ4手のための組曲『北国の祭り』、オーボエとピアノのためのソナチネ『薄明』、歌曲集『抒情小曲集』
バラエティに富んでいて楽しいコンサートだった。客席もほぼ満席で、日本音楽界の重鎮の皆様が多数いらしているようだった。
別宮先生は御年84歳、今から60年昔、東大物理学科を卒業した翌年、趣味の作曲で毎日コンクールに入賞されたことがきっかけとなって、東大の文学部に再入学、美学科の卒論を出発点として本格的な作曲家活動を開始された。
私は大学1年の夏、集中講義で別宮先生の「音響学」を選択し受講した。確か4日間連続だったが、次の日が楽しみになるような非常に面白い講義だった。「音」というものについて振動数の比率、平均律、純正律について話された。高校時代以降、理科(物理?)は苦手科目になってしまった私にもすごく分りやすかった。それで修了レポートにもExcellentを付けて下さったので、ますます気を良くして先生の講義の熱心な受講生となった。
そして卒業後ずいぶん経って、先生の著作「音楽の不思議」に出会い、懐かしく読み直していたら、ちょうど先生からご自身の研究のまとめのご本をお勧め頂き、ちょっとした交流が始まり、今回はご招待を頂いた。先生はステージでのご挨拶でも、来年早々には新作のオペラを発表されるとおっしゃって、客席に大きくてを振って若々しいご様子だった。
84歳にしてそれだけの創作意欲を持っていられるのは本当にすごい事だと思う。いつまでもお元気で!
上野文化会館小ホールに別宮先生の「室内楽作品の夕べ」を聴きに出かけた。
花岡千春さんのピアノで4人のゲストを迎えてのコンサート。ピアノのためのソナチネ、アルトサキソフォンとピアノのための組曲『街の歌』、ピアノ4手のための組曲『北国の祭り』、オーボエとピアノのためのソナチネ『薄明』、歌曲集『抒情小曲集』
バラエティに富んでいて楽しいコンサートだった。客席もほぼ満席で、日本音楽界の重鎮の皆様が多数いらしているようだった。
別宮先生は御年84歳、今から60年昔、東大物理学科を卒業した翌年、趣味の作曲で毎日コンクールに入賞されたことがきっかけとなって、東大の文学部に再入学、美学科の卒論を出発点として本格的な作曲家活動を開始された。
私は大学1年の夏、集中講義で別宮先生の「音響学」を選択し受講した。確か4日間連続だったが、次の日が楽しみになるような非常に面白い講義だった。「音」というものについて振動数の比率、平均律、純正律について話された。高校時代以降、理科(物理?)は苦手科目になってしまった私にもすごく分りやすかった。それで修了レポートにもExcellentを付けて下さったので、ますます気を良くして先生の講義の熱心な受講生となった。
そして卒業後ずいぶん経って、先生の著作「音楽の不思議」に出会い、懐かしく読み直していたら、ちょうど先生からご自身の研究のまとめのご本をお勧め頂き、ちょっとした交流が始まり、今回はご招待を頂いた。先生はステージでのご挨拶でも、来年早々には新作のオペラを発表されるとおっしゃって、客席に大きくてを振って若々しいご様子だった。
84歳にしてそれだけの創作意欲を持っていられるのは本当にすごい事だと思う。いつまでもお元気で!
お子さんの無かった別宮先生は まるで子供のように私達をかわいがって下さり、和声の授業の時に「お散歩!」とせがんで外へ遊びに行ったこと数知れず。
成城のご自宅にもみんなで遊びに行きました。お誕生日にみんなでプレゼントを差し上げた時は と~っても喜んでいただきました。
私にとっては「たまたま和声の担当になった」先生なので そんなに偉い方だとは卒業するまで知りませんでした・・・
いつまでもお元気でご活躍されることを祈っています。
高校の時の先生も悪くは無かったんだけど、別宮先生だったらもっと面白かったかも。
先生は本当に奥様を愛していらして、奥様を亡くされたことはかなりショックだったみたいです。先生のお人柄のせいかたくさんの方がいらしていて、ご挨拶されていてさすがの私もちょっと気後れしてしまったのです(^^ゞ
先生の連弾、民謡をモチーフにした面白いものだったのでちょっと弾いてみたいと思いました。
なんですね。
それでだな、ワシが音痴なの...
私も数学得意だと思ってたのは中学までで高校の数学になったらタリラリラーン♪て感じよ。
あそこからが本当の数学だったんだろうなぁ~(^^;;
そういえば「音痴」ってちょっと訓練すれば治るんだよ。
特に自分で「音痴」って言う人は軽症なんだってば(笑)