もうずいぶん前に、新宿・歌舞伎町のキャバクラ街に出入りしていたとき、気の合いそうなボーイたちともずいぶん親しくなった。混んでて、指名嬢があくまでに客待機席で話すようになった。彼らにも仕事はあるだろうに、「客に絡まれまして」で、済ませているんだろう。
紹介する一人目は20代前半、役者を目指している。今は舞台やテレビの時代劇中心にセリフのない役が多いという。
「テレビでは死ぬ役、多いんっすよ」「斬られるとか、いろんな殺され方あるけど、歩道橋や神社の階段とかで転落死って相当痛いんじゃない? 舞台でも階段落ちとかありそうだけど」と聞くと、「確かに多いっすね。けど実はあまり痛くないんっすよ。落ちは慣れれば自分でコツをつかめるので楽勝っす」「へえ、すごいね。じゃ、大変なのは?」「水です。突き落とされたり、水死体で発見されたりする役。これはキツイっすね」。そりゃそうだよね。冷たいし、息も絶え絶えだろう。
二人目は、細身のいかにもアスリートな体型だ。「スポーツしてたでしょ」「はい、長距離走です」「10キロはどれくらい?」少しは生半可な知識のあったオレは聞いてみた。「29分くらいです」。これは、速い。「箱根駅伝とか出てたりして」「出ました。成績は内緒ですけど」。すごいよね。職業の貴賤を越えての次元だが、そこまで行ったら、実業団でもなんでも進む先はあったろうに、彼が選んだのはなぜかキャバのボーイ。「28分台出したら、教えてね」。ちなみに瀬古利彦さんはテレビで、「28分台で走れば一流」と言い、司会者に「でも瀬古さんは大学時代に27分台で走ってますよね」と突っ込まれると、「それは超一流というんです」と笑いを誘っていたっけ。
そんな会話も楽しかった時代は、とうの昔に過ぎちゃったが。