新海監督の新作「天気の子」を観て来た。
完成が遅れて試写会が無かったそうだが、そんなのまだ甘いな。劇場版マクロスなんて、未完成でも試写会やったからねw
募集はした?していないのなら確信犯。てか、そもそも試写会って意義ある?口コミ狙いだとしたら、今の新海作品には不要だしネタバレの方がリスク。
全て予定通りなのでは?
以下ネタバレ。
*******************
観ていて「あぁ、新海作品らしいな」と感じた。
陽菜は身体を売ろうとして帆高に助けられるが、これって初めて?と疑問が湧いた。陽菜は既に何度も売春していた?モヤモヤする。
ラブホに入ることすら躊躇したのでお初?
帆高、陽菜、凪の3人でラブホに泊まるが、眠った凪の横で帆高と陽菜はやった?ストーリーの根幹に関わる大問題。
そもそも、陽菜と帆高が経験した「奇跡」はリアル?偶然の天候と、二人の思い込みなのでは?中二病の子供たちが、脳内で描いた物語なのでは?
陽菜が消えたのは、帆高と「やった」から。大人の目線でそんな解釈も可能。
なにしろ、新海作品には前科がある。
「桜花抄」の時に、「やった・やっていない論争」が勃発。あの時は、「やったら女性は忘れる。男は引きずる」と読み解く者が続出したw
雨が続いて海面上昇で寸断された日本列島。日本にだけ降り続いて地球の海面が上昇するか?いや、関東平野だけが、昔のような湿原になった?
この辺りの背景は、深く考えなくていいか・・
新海監督がパンフに作品の狙いと背景を寄稿。疑問の答えが幾つか記されていた。
関東平野が水没したままなのは、予定調和しない為。全てが元通りになるご都合主義を嫌ったから。そんなラストだと、ナウシカを思い出す。正確にはナウシカ「漫画版」のラスト。
ナウシカたちは、遺伝子操作されて放射能に耐性を持つ亜人だった。世界が浄化された後に復活する人類への繋ぎ役。その事実を知ったナウシカは、変わって何が悪い!例え造られた生命でも、これは我々の命だと主張。
「変わったら変わったで良いではないか」
そんな宮崎監督の「本音」に共感して、それをオマージュしたラストに思えた。
冒頭から帆高の顔の絆創膏が気になった。
家庭で虐待、或いは学校でいじめを受けてた?家出してまで上京した「理由」をつい求めがち。パンフによると敢えて描かなかったらしい。それほど大きな理由もなさそう?
戻って普通に学校を卒業する辺りも拍子抜け。
大人には「そんなこと」って些細な理由も、子供には絶対に許せない事がある。それを理由に自殺する子だって大勢居る。そのギャップが裏テーマだったりして。
「たった一人の為、世界を敵に回してもいい」
全体主義に対するアンチテーゼなのかも。
帆高が拳銃を撃ったが安全装置は?普通、あんな簡単には撃てない。やはり帆高の脳内ストーリー・・