陽(あかり)の初恋
先週、15歳になった。子供なのかな?大人なのかな?よく分からない年齢だなと陽は思う。
私は見た目の割に奥手だと言われる。見た目のことを言われると困る。外国人みたいなのは私のせいじゃない。親のせいだ。ハーフならハーフで芸能人になれるような容姿だったらよかったのに。私の場合は知らない人が英語で話しかけてくるくらい外国人顔。5歳まではシドニーに住んでいたんだけど、その頃の記憶は無い。両親が離婚して、それからは夏休みはシドニーのお父さんのところに行く。だから、英語は話せる。
外国人が日本の女子校の制服を着てる。留学生とも勘違いされる。今は中3の春。ママからはまだ大人だとは思われていない。ママが夜勤の時は相変わらず徒歩10分のおばさんの家に泊まるように言われてる。お兄ちゃんが意地悪だから本当は家に一人で居たい。お兄ちゃんというのは従兄弟の翔。すごく優しかったし、外見でいじめられていた私を昔はよく庇ってくれた。大好きだった。過去ね。今は何とも言えない。私に対して感じが悪い。無視が当たり前。いきなり怒鳴ってきたり、意味がわからない。「私、何かした?」とききたいくらい。
私のママは看護師で夜勤が多いし、お金のために連勤もする。でも、日曜日は陽の日として必ず休む。1週間分のお小言の日だよ。
おばさんから、お兄ちゃんの外泊が多いという愚痴を聞いていた。友達の家に泊まっているということだった。その友達は、よくお兄ちゃんの家にもきてるんだっていうけど、私は会ったことがないの。日曜日ばかりらしい。
一度、会ってみたかったの。お兄ちゃんは真面目なふりをしてるだけって感じがするのよ。友達を見れば大体同類でしょ?だから。
朝、10時におばさんの家に行った。私は、薄いグレーの丈の長いプリーツスカートに春らしい薄いブラウスに春もののカーディガン。ピンクのような紫のような微妙な色の。
おばさんと紅茶を飲んでいたら、ドアが開く気配がした。私は急いで階段に繋がる廊下の隅に行って立っていた。
お兄ちゃんとお友達がこっちに来る。背の高さは同じくらい。お兄ちゃんと目があったら普通に無視してきた。私も最近は黙ってる。お兄ちゃんが階段を上がるとお友達の顔がよく見えた。
春の日差しの中で赤毛がキラキラしていた。あっ!この人も私と同じなんだ。外国の血を引いてるんだ。なんだか同胞に巡り合ったみたい。お互いに名前を言って、初めましての挨拶をした。
大きな目をした優しそうな人だった。で、真面目そうなんですけど。。。お兄ちゃんを疑いすぎかな。
おばさんに「私がお茶をお出しする」って、半ばひったくるようにお盆を持って二階に行った。お兄ちゃんの部屋に入ったら。二人は話していたのを止めた。聞かれちゃいけない話?
飲み物を出して、赤毛の早川さんに学校でのお兄ちゃんのことを色々質問したの。答えは適当にあしらわれていたみたいな感じ。調子に乗ってお兄ちゃんにも話しかけたら、お兄ちゃんがキレた。少し驚いちゃって「ごめんなさい」って言って部屋から出た。
私なんかした?いつもこれ。このウチに来るのも嫌なのかな?私だって、来たくて来てるんじゃない。
ママが私を心配するから。おばさんも。
私は、子供じゃない。一人でも平気。。。その時、早川さんが部屋から出てきて、つい「私のせい?なんでかな?昔は優しかったのに。お兄ちゃん。」言いながら涙が出てきた。すると、早川さんは「君のせいじゃないんだよ」と言って私の頭を撫でてくれた。
その時、彼の瞳が赤く光った気がした。気のせいだと思う。でも、その瞬間、私の心に何かの種が蒔かれた気がした。
その後、おばさんに「ママに黙って出て来たから帰るね。」と言って家に帰った。実は、ママには言ってあった。「おばさんが心配してるから、お兄ちゃんの友達を偵察してくる」ママも「どんな子か教えて」って言ってたから興味津々で聞いてきた。
「真面目そうな人だった。それに、お兄ちゃんと性格が真逆な感じ。後ね、私と同じ。ハーフじゃないな。クォーターだと思う。」
「ふぅん。まぁ、翔にまともな友達がいてよかった。」と母はぶっきらぼうに言った。母は甥の翔が大嫌いなのだ。だから、おばさんの家にもあまり行きたがらない。
「私、お部屋で本読むね。」と言って私は部屋に入った。
本なんか読まない。胸がドキドキして落ち着かない。キラキラしていた赤い髪を思い出すと、もう一度見たいと思ってしまう。私の心に蒔かれた種は、もう発芽を始めていた。ベッドで昼寝をして起きても、ドキドキそわそわが止まらない。
この気持ちは何だろう。日を追うごとにドキドキもそわそわも酷くなる。植物の蔓が伸びて私の心を雁字搦めにする。身動きが取れない。最初のウキウキした気持ちより自由が利かない辛さの方が優っている。何かの力が私を引っ張る。それを言葉にしたら「もう一度会いたい」だ。
どうしたら、会える?お兄ちゃんには頼めない。
それで結局、二人が通う頭がいい人ばかりの学校の校門で待ち伏せすることにした。制服のセーラー服のまま、髪はおさげのまま。顔はあまり見られたくなかったので門柱の方を向いて俯いていた。でも、金髪は隠せない。目立つ。通る人がみんな見ていく。「あの制服、青女の中等部でしょ」とか「留学生?」とか、コソコソは言ってるけど絡んでこない。人の良さそうな男子生徒が「どうしたの?」と聞いてくれた。「あのう、ここの生徒の人を待ってるんです。」「誰?」「神澤翔」つい、お兄ちゃんの名前を言った。「神澤翔」知ってます?」って言ったら「あいつを知らない奴はいないよ。君は彼女?」「違います!」「多分、帰ったと思うけど見て来てあげる」とその人は校舎に戻っていった。
その人と話したら、それがきっかけみたいになっちゃって、男子生徒に囲まれて質問攻めになってしまった。「留学生?」「どこの国から来たの?」「彼氏いる?」「いくつ?名前は?」「青女だよね。中等部?」だんだん怖くなって顔を上げたら「超絶可愛い」「俺らとどっか行かね」とか言ってくる人たちもいて、だんだん距離が近唸る。。。半分泣いてた。
「あかりちゃん。」声の方を見ると走ってきた早川さんがいた。私は彼の後ろに隠れた。
「なんだ。早川の彼女か。」「違う。神澤の従姉妹だ」「へぇ。神澤の!じゃあ、その子も直ぐやらせてくれるのかな」「失礼なこと言うな」「今日は強気だね。葵ちゃん」
「行こう」と言って、彼が私の手を掴んだ。
二人でそこから逃げ出した。
彼の赤い髪がキラキラ光ってる。やっと会えた。会いたかった。
私の心に蒔かれた種。僅かの2週間で蔓を回らし私をがんじがらめにした。彼の方は、どうだったのだろう。私を縛りつけた蔓は彼も巻き込み離さない。この時、私は15歳、彼は18歳。長い旅の始まりだった。