高間が料理をしている間、葵はテーブルに座って彼女に最近の気持ち悪い夢の話や自分の仕事についての話をした。高間から生活のサポートを受けてはいたが、顔は殆ど合わせていないので改めて自己紹介している気分だった。
精神科というところは、患者さんの人生の奥深くまで踏み込んで行くので自分みたいな若造でいいのか?といつも思ってしまうこと。初めて担当の患者さんが自死した時には備品倉庫で泣いてしまったこと。ベテランナースに「この不条理に耐えられなければ精神科の医者は務まらない!ずっと隠れて泣いていてください!」と叱られたこと。
「本当は僕ってヘタレなんだよね。さっきまで居た瑠美にも学生時代よく怒鳴られてた。解剖実習の初日にリバースしたからね。僕。留年スレスレの落ちこぼれとか、この大学に入れちゃったのが間違いだったまで言われてたもん。。。金髪の彼女と別れてからかな。意地みたいなものが出てきて、そこからは順調に国試まで行ったんだけど。一生勉強だと思うんだ。」
「人間は学ぶ者ですからね。」と高間はポツリと言った。
「はい。これなんかどうですか?」と高間は言って大きいお皿に乗った大きなハンバーグをテーブルの真ん中に置いた。付け合わせはブロッコリーと粉吹き芋、そして大量の花型人参のグラッセ。
「人参がすごい量だね」と葵が笑って言うと向かい側に高間が座った。
高間が話し出した。
「これは、葵の花。夏に空に向かって高く伸びて沢山の花を咲かせる立葵の花。色は赤。私の夫の名前は葵っていうんです。私は15歳で彼に出会った。。私の夫は私のことを“君は僕の花、葵の花“って時々言ってました。」
「。。。えっ?」と葵が驚いていると、高間の姿が変わった。
「アオイ、ごめんね。私の心が脆いから、あなたは私のために自分の気をほぼ全部私に与えてしまった。手を出して」とあかりは言うと葵の右手を掴んで握手のように握った。「返すよ。あなたが私に与えた分の全部を。」
葵は石のように固まった。それはわずかな時間だった。
葵が我にかえると目の前に高間が居た。「どうしますか?すぐ召し上がりますか?後でにしますか?」と尋ねてきた。27歳の早川葵の中に少し前の記憶は何も残っていなかった。葵の後ろにはアオイが目覚めて立っていた。人間には見えないけれど。
夜道を2人で歩いていた。あかりとアオイの2人で。
アオイが言う。「なんだ?あの夢は!なんで僕が子供たちに睨まれなきゃいけないの?サクラの態度なんか今すぐ殴るよみたいな感じだった。」
あかりが笑って「起きろ!ってことでしょうね。でも、あの夢はアオイの居場所を私に教えてくれた。あの場にいた3人の男の子たちは、すぐあなたを探し始めたんでしょうね。ガン飛ばす演出はヒカルが考えたんだと思う。」
「やっぱりヒカルはマザコンだ。」とアオイが言うと「完全には治らないわね」とあかりが言って笑う。
「僕と瑠美が大人の関係だったなんて信じられないよ。」
「信じなくていい。無かったこと。あの後、瑠美さんはどうなったの?」
「いいやつなんだけど男運ないな〜と思っていたら、30過ぎて良縁に恵まれて子供も男の子が2人できた。仕事も辞めなかった。一生医者を貫いた。」
「高天原に帰ろう」とアオイが言うと「今ここは過去の時間よ。帰れないよ。どうやって時を越えたのか分からない。あなたはわかる?」とあかりは訊いた。
「僕は人間の早川葵の中で眠ってた。。。わからないや。じゃあさ、ここにいて遊んでようか。デートしよう。僕たち普通のデートしたことなかったしさ。遊園地や映画、旅行。お金もいらないし、不都合があったら変化したり消えたりしてバックレられるから大丈夫でしょ。君がやってきた生活を今度は2人で。」アオイが少しふざけて楽しそうに提案する。
。。。それもいいかなとあかりも思う。
「迎えに来た」
後ろから声がした。
2人が振り向くとセキが立っていた。
「アマテラスがウロウロしていたから考えた。ずーっとだよ。1000年以上の宿題。我はな、いつも先を少しずつ予想しながら王様をやっているの。バクチウチみたいなもんだ。必要なものは事前に用意するようにして。」と言って手に持った赤いラメが入った玉を見せた。
『「時鏡のカケラ」から我が作った。こんな物騒なもの、作りたくて作ったんじゃないからね。でも、お前たちが過去に居続ける方がずっと物騒だろう。だから作った。帰るぞ。高天原じゃなくて赤界にね。』
キキは高天原にいる。帰れないだろう。今は。
「望郷」終わり
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