※連載ものではありません
ヴィスのはまた書きます
綿雲に包まれて
キミは死んだ。そう、そう分かっているのに……、キミのことが、大好きで、つらい。
「栗原くん…、あの。す、す、えーと、す、――好きです」
告白してきたキミは頬を紅に染めながら俺の前に立ち尽くしていた。うつむいて。
クラス1の美少女と噂されるキミに告白されて、断る理由なんて何もなかった。俺はうなずいて、
「じゃあ、付き合おう?」
と言った。
ぱっと顔を明るくさせたキミは天使ミカエルの降臨かと思えたくらい。
「はい!」
満面の笑みのキミに、えくぼが眩しく輝いて、空にはビッグベンの音色のチャイムが鳴っていた。昼休み終了5分前のチャイムだ。5、6時間目の選択科目が待っている。
「一緒に帰ろうね」
「はいっ」
そしてまた、その笑顔がまばゆくて。
俺は美術。キミは音楽。教室で待ち合わせて一緒に帰ろうということになった。
(さて、どうなるか…)
俺は見た目は優男。勉強もそこそこできて、テニスも県大会までいけた。でも、実際は強引かつ乱暴な男だ。小学校の時代から彼女はいたけど、みんな離れていった。そっと。いつのまにか口の中で溶けていた飴のように。俺への文句は何一つ言わずに。
ただ、高校生になったいま、真剣に彼女づくりをしたいと思ってはいた。マンガに描かれるような素敵な両想い。恋ってこんなに楽しいんだね、って、実感したことが、まだ無かった。
美術。中学のころからの親友の深山が、隣で静かに座りながら、キャンバスに色を置いていた。そう、今の時期は油絵をやっている。
「俺、もう自画像書き終えちゃったんですけど、他の絵描いてていいですか?」
教室を回ってきた平塚先生をつかまえて、そう訊く。
「いいわよ~。どれどれ栗原くん上手いじゃないの。あとは好きにしてなさい」
「はーい」
張りキャンバスをもらいに、先生のあとをついていく。
帰ってきた俺の席には、友だちの近藤が座っていた。
「栗原、おまえ上手いな~」
「はいはいありがと。あっちいって」
「おうよ」
深山が静かに俺のほうを見遣る。さらさらの深山の髪がどこからか流れてきた風にふわり、舞う。
「なに」
「何描くの?」
「うーん知らね。空でも描こうかな」
「○○さんに告白されたってほんと?」
「うん」
「付き合うの?」
「うん」
「あまりきつくしないであげなよ」
俺は口元をひくつかせながら、深山と視線を合わせた。
「自信ねぇ」
「君と彼女とは違う人格なんだから……。なんでも自分に合わせてくれるなんて思っちゃダメだよ」
「――うん」
深山はそれだけ言うと、自分の絵に戻っていって、俺の周りは静寂に包まれた。
帰り。手をつないで一緒の電車に乗って先に電車を降りるキミに手を振った。
「また明日」
「栗原くん、今日はありがとう…っ」
にっこり笑ったキミの眼じりが暖かくて、俺は思わず顔を紅潮させた。こんな想い、初めてだ。離れゆくキミの手のひらを捕まえて、
「家まで送る」
そう言って、俺はキミと電車を降りた。
「え、悪いよ」
「いいの」
「いいの?」
「め、迷惑じゃなければ」
「め、迷惑なんかじゃない。わたし、うれしい」
素直な子なんだ。俺は赤くなっている頬を隠すように右手の甲で左の頬を触った。熱い。おもむろにキミの右手をとり、歩き出す。キミの歩調に合わせながら。
(こんなの初めてだ…)
いつもなら遅すぎるといって確実に舌打ちしていたところだ。しかし、キミの歩みに合わせて行くことが、俺の中で斜陽のようにまばゆく、熱をもつ。
(もしかしたら…)
キミとなら精神的にもリア充になれるかもしれない。
付き合い始めて5日目の帰り、だんだん慣れてきた道のりをキミと共にゆく。
「ねぇ栗原くん。ほら、夕焼けが綺麗だよ」
「そうだね」
「空にはそれぞれのひとのためにベッドがあってね、それが雲なんだよ。みんななかなか気づかないけど、夜はそのベッドに身をあずけて寝ているんだよ。それでね、夢の妖精がそーっと杖でつついてくれるの。夢の妖精っていうのは、大切なひとが死んだら夢の妖精になるんだよ。そうして夢をみるの。ね、そう思わない?」
メルヘンな子なんだ。キミについてのいろんなことが知れて、うれしい。
「そうかもね」
ベッドという言葉に赤面しつつ、うなずく。
「昼間の雲はなんのためにあるの?」
そう尋ねれば、キミはにっこり笑ってこう答えた。
「小さな子のためのお昼寝用にあるんだよ。昼間の雲のほうがふんわり見えるでしょ。それは、小さな子を優しくくるませるためなの」
「寝相が悪くて雲からもし、落っこちてしまったら?」
「そしたら目が覚める。ただ、それだけのことだよ」
ふふ、とキミはさもうれしそうに笑った。
「いつ考えたの?」
「もちろん、今」
キミは華麗にくるっと回ってみせた。
「ふふふ。栗原くんといると幸せなの、わたし」
(そうだ、この率直さが、他の奴らとは違うんだ)
キミといると、自分がとろとろに溶けてしまいそう。だけど、俺は素直じゃないから、言えなかった。
「そうだ」
「なあに?」
「明後日の水曜日の美術、空の絵を描いているんだ」
「わあっ」
キミは無邪気に喜んだ。
「ね、完成したら見せて。お願い」
「うんいいよ。もちろん」
しかし、その翌日、キミは学校に来なかった。そのまた翌日にも学校に来なかった。メールによれば、熱があるということだった。
今日は選択授業のある水曜日。
俺はキミを想って、雲をいっぱいキャンバスにまき散らかした。ふっわふわの綿雲。いつかキミと一緒に同じ雲に乗って夢を見られますように……。心の中で真剣にそう願った。
翌日の終礼のホームルームのとき。先生の口から紡ぎだされた言葉は、日本の勝利を信じ込まされていた民衆にとってのポツダム宣言のようだった。
――キミが死んだ。
メールには『ただの風邪』と、記されていただけだったのに――。
俺は席を立ちあがった。先生が止めるのも聞かず、鞄を肩にかけ、美術室に直行した。空の絵はほぼできていた。
俺はそれを持って、急いでキミの家へと向かった。
キミは目を覚ましてはくれなかった。安らかな表情で眠っていた。付き合って1週間ちょっと。なんのプレゼントも買ってあげられなかった。キミはただ寝ていた。死んでない、俺はそう自分に言い聞かせてキミの名を呼んだ。呼び続けた。だけどキミは目を覚ましてはくれなかった。
キミはたしかに死んでいた。
俺はよく夢をみる。キミと一緒にどこかにぎやかな通りを歩いていて…、指輪を買ってあげる夢。キミは俺の夢の妖精になってくれているのかな…。
深山は金持ちだから、大学生にして結婚した。大学生のくせに子供まで作りやがった。1回深山のうちに訪問したとき、その子は寝ていた。きっと昼間の雲の上ですやすや寝ているんだろう、夢などみずに。
俺の描いた空の絵は、キミの仏壇の横に飾られていた。
「栗原くん、他の恋を探してくださいね」
キミのお母さんにそう言われて、
「いやです」
即答した。
どうも、俺はキミのことを本気で愛していたみたいです。
キミに逢ったら伝えたい言葉。
そして、伝えられない言葉。
それから、3浪して芸大に俺は進んだ。空の絵ばかり描く。キミに見せてあげられなかった。それが悔やまれてしょうがない。
俺はいまでもキミが、大好きだよ。
一週間の恋だったけれども。一週間で引き裂かれてしまった恋だったけれども。
空色スケッチ。
今日も空には綿雲がふわり、ふわり、浮いている。
***よろしければ感想ください***
著作権は時鳥飛宵にあります。
無断転載はお断りいたします。
ヴィスのはまた書きます
綿雲に包まれて
キミは死んだ。そう、そう分かっているのに……、キミのことが、大好きで、つらい。
「栗原くん…、あの。す、す、えーと、す、――好きです」
告白してきたキミは頬を紅に染めながら俺の前に立ち尽くしていた。うつむいて。
クラス1の美少女と噂されるキミに告白されて、断る理由なんて何もなかった。俺はうなずいて、
「じゃあ、付き合おう?」
と言った。
ぱっと顔を明るくさせたキミは天使ミカエルの降臨かと思えたくらい。
「はい!」
満面の笑みのキミに、えくぼが眩しく輝いて、空にはビッグベンの音色のチャイムが鳴っていた。昼休み終了5分前のチャイムだ。5、6時間目の選択科目が待っている。
「一緒に帰ろうね」
「はいっ」
そしてまた、その笑顔がまばゆくて。
俺は美術。キミは音楽。教室で待ち合わせて一緒に帰ろうということになった。
(さて、どうなるか…)
俺は見た目は優男。勉強もそこそこできて、テニスも県大会までいけた。でも、実際は強引かつ乱暴な男だ。小学校の時代から彼女はいたけど、みんな離れていった。そっと。いつのまにか口の中で溶けていた飴のように。俺への文句は何一つ言わずに。
ただ、高校生になったいま、真剣に彼女づくりをしたいと思ってはいた。マンガに描かれるような素敵な両想い。恋ってこんなに楽しいんだね、って、実感したことが、まだ無かった。
美術。中学のころからの親友の深山が、隣で静かに座りながら、キャンバスに色を置いていた。そう、今の時期は油絵をやっている。
「俺、もう自画像書き終えちゃったんですけど、他の絵描いてていいですか?」
教室を回ってきた平塚先生をつかまえて、そう訊く。
「いいわよ~。どれどれ栗原くん上手いじゃないの。あとは好きにしてなさい」
「はーい」
張りキャンバスをもらいに、先生のあとをついていく。
帰ってきた俺の席には、友だちの近藤が座っていた。
「栗原、おまえ上手いな~」
「はいはいありがと。あっちいって」
「おうよ」
深山が静かに俺のほうを見遣る。さらさらの深山の髪がどこからか流れてきた風にふわり、舞う。
「なに」
「何描くの?」
「うーん知らね。空でも描こうかな」
「○○さんに告白されたってほんと?」
「うん」
「付き合うの?」
「うん」
「あまりきつくしないであげなよ」
俺は口元をひくつかせながら、深山と視線を合わせた。
「自信ねぇ」
「君と彼女とは違う人格なんだから……。なんでも自分に合わせてくれるなんて思っちゃダメだよ」
「――うん」
深山はそれだけ言うと、自分の絵に戻っていって、俺の周りは静寂に包まれた。
帰り。手をつないで一緒の電車に乗って先に電車を降りるキミに手を振った。
「また明日」
「栗原くん、今日はありがとう…っ」
にっこり笑ったキミの眼じりが暖かくて、俺は思わず顔を紅潮させた。こんな想い、初めてだ。離れゆくキミの手のひらを捕まえて、
「家まで送る」
そう言って、俺はキミと電車を降りた。
「え、悪いよ」
「いいの」
「いいの?」
「め、迷惑じゃなければ」
「め、迷惑なんかじゃない。わたし、うれしい」
素直な子なんだ。俺は赤くなっている頬を隠すように右手の甲で左の頬を触った。熱い。おもむろにキミの右手をとり、歩き出す。キミの歩調に合わせながら。
(こんなの初めてだ…)
いつもなら遅すぎるといって確実に舌打ちしていたところだ。しかし、キミの歩みに合わせて行くことが、俺の中で斜陽のようにまばゆく、熱をもつ。
(もしかしたら…)
キミとなら精神的にもリア充になれるかもしれない。
付き合い始めて5日目の帰り、だんだん慣れてきた道のりをキミと共にゆく。
「ねぇ栗原くん。ほら、夕焼けが綺麗だよ」
「そうだね」
「空にはそれぞれのひとのためにベッドがあってね、それが雲なんだよ。みんななかなか気づかないけど、夜はそのベッドに身をあずけて寝ているんだよ。それでね、夢の妖精がそーっと杖でつついてくれるの。夢の妖精っていうのは、大切なひとが死んだら夢の妖精になるんだよ。そうして夢をみるの。ね、そう思わない?」
メルヘンな子なんだ。キミについてのいろんなことが知れて、うれしい。
「そうかもね」
ベッドという言葉に赤面しつつ、うなずく。
「昼間の雲はなんのためにあるの?」
そう尋ねれば、キミはにっこり笑ってこう答えた。
「小さな子のためのお昼寝用にあるんだよ。昼間の雲のほうがふんわり見えるでしょ。それは、小さな子を優しくくるませるためなの」
「寝相が悪くて雲からもし、落っこちてしまったら?」
「そしたら目が覚める。ただ、それだけのことだよ」
ふふ、とキミはさもうれしそうに笑った。
「いつ考えたの?」
「もちろん、今」
キミは華麗にくるっと回ってみせた。
「ふふふ。栗原くんといると幸せなの、わたし」
(そうだ、この率直さが、他の奴らとは違うんだ)
キミといると、自分がとろとろに溶けてしまいそう。だけど、俺は素直じゃないから、言えなかった。
「そうだ」
「なあに?」
「明後日の水曜日の美術、空の絵を描いているんだ」
「わあっ」
キミは無邪気に喜んだ。
「ね、完成したら見せて。お願い」
「うんいいよ。もちろん」
しかし、その翌日、キミは学校に来なかった。そのまた翌日にも学校に来なかった。メールによれば、熱があるということだった。
今日は選択授業のある水曜日。
俺はキミを想って、雲をいっぱいキャンバスにまき散らかした。ふっわふわの綿雲。いつかキミと一緒に同じ雲に乗って夢を見られますように……。心の中で真剣にそう願った。
翌日の終礼のホームルームのとき。先生の口から紡ぎだされた言葉は、日本の勝利を信じ込まされていた民衆にとってのポツダム宣言のようだった。
――キミが死んだ。
メールには『ただの風邪』と、記されていただけだったのに――。
俺は席を立ちあがった。先生が止めるのも聞かず、鞄を肩にかけ、美術室に直行した。空の絵はほぼできていた。
俺はそれを持って、急いでキミの家へと向かった。
キミは目を覚ましてはくれなかった。安らかな表情で眠っていた。付き合って1週間ちょっと。なんのプレゼントも買ってあげられなかった。キミはただ寝ていた。死んでない、俺はそう自分に言い聞かせてキミの名を呼んだ。呼び続けた。だけどキミは目を覚ましてはくれなかった。
キミはたしかに死んでいた。
俺はよく夢をみる。キミと一緒にどこかにぎやかな通りを歩いていて…、指輪を買ってあげる夢。キミは俺の夢の妖精になってくれているのかな…。
深山は金持ちだから、大学生にして結婚した。大学生のくせに子供まで作りやがった。1回深山のうちに訪問したとき、その子は寝ていた。きっと昼間の雲の上ですやすや寝ているんだろう、夢などみずに。
俺の描いた空の絵は、キミの仏壇の横に飾られていた。
「栗原くん、他の恋を探してくださいね」
キミのお母さんにそう言われて、
「いやです」
即答した。
どうも、俺はキミのことを本気で愛していたみたいです。
キミに逢ったら伝えたい言葉。
そして、伝えられない言葉。
それから、3浪して芸大に俺は進んだ。空の絵ばかり描く。キミに見せてあげられなかった。それが悔やまれてしょうがない。
俺はいまでもキミが、大好きだよ。
一週間の恋だったけれども。一週間で引き裂かれてしまった恋だったけれども。
空色スケッチ。
今日も空には綿雲がふわり、ふわり、浮いている。
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