矢田氏は高卒でパナソニックに入社し、パナ労組の幹部を経て、電機メーカーの労働組合でつくる「電機連合」の組織内議員として参院議員を1期務めた。労働組合出身の元野党議員が政府の要職に就くという極めて異例な事態に、連合内では動揺が広がる。岸田政権が目指す「野党の分断」は着実に進みつつある。

電機連合幹部の憔悴 

9月13日午前9時半、東京・千代田区の連合本部。電機連合のトップ、神保政史・中央執行委員長が芳野友子・連合会長のもとに駆け込んだ。


矢田氏は去年の参院選で落選し、政界引退を表明したばかり。神保委員長と芳野会長は、それぞれ慰労のため矢田氏と会食もしたばかりだったが、寝耳に水だったという。

翌14日、連合本部では定例の中央執行委員会が行われることになっていて、続々と幹部が集まる。

「どうやら、総理補佐官らしい」
 
しかし連合としては確認が取れず、静観するしかなかった。

午後1時半、中央執行委員会が始まったが、出席者によれば、「みんな上の空」。異様な空気が支配する中、「総理補佐官に矢田氏起用を検討」の速報が流れる。出席者はスマートフォンでニュースを確認し、「うわー」という声も上がったという。

「電機連合さんからお話があるそうです」

委員会終了時、芳野会長が神保氏に発言を促すと、憔悴した様子の神保氏は、こう話すのが精一杯だった。

「いろいろ報道が出るかもしれませんが、ご承知おき下さい」

「こんなこと間違っている」古巣の反発

最も強い衝撃を受けたのは、矢田氏が直前まで所属していたパナソニックグループ労連だ。岩脇寛己書記長はJNNの取材にこう答えた。


「報道の前日、会社(パナソニック)から連絡がありました。矢田氏本人から事前に相談はありませんでした」

組合は 慌てて矢田氏本人に連絡を取り、「周りに影響が出る。しかもそれが大きすぎる」と総理補佐官の就任を辞退するよう説得したが、矢田氏は応じなかったという。

ある電機連合関係者は、「辛すぎる。こんなことはできれば経験なんてしたくなかった。組合員に対して申し訳ない。こんなことは間違っている」と吐き捨てた。
 
複数の連合関係者からは「今回は政府・自民党からパナソニック本社に対して打診があった。自分たちは蚊帳の外で、なす術はなかった」という話が聞かれた。
 
ただ、これに対し、ある立憲関係者は「今頃そんなことを言っても、きっかけを作ったのは自分たちじゃないか」と厳しく断じた。


今回の件についてパナソニックからは、以下の回答が寄せられている。

「当社グループ社員の矢田稚子さんが内閣総理大臣補佐官という重要な役割を担われることを大変光栄に思います。
 
国会議員時代も含めたこれまでの経験を生かして大いに挑戦していただきたいと考えており、その取り組みに対して一企業として微力ながら支援してまいります。
 
総理補佐官就任の経緯に関しては、回答を控えさせていただきたくご理解のほどお願いします」

芳野会長「20年来の同志だが、今後は距離を置く」

この混乱に何を思うか。矢田氏とは「20年来の同志」だという連合・芳野会長はJNNの取材にこう答えた。

「今回、政府から直にパナソニックに連絡があって、矢田さんはパナソニックの社員として受けたということです。なので、連合としてはコメントしません」


「ただ、連合の組織内議員だった事実がある。今までは、連合の政策が実現できるようにやりとりはしていましたけど、これからは政権の中枢に入ったので、立場は完全に違いますから」

そして、こう言い放った。

「連合としては矢田さんとは距離を置く。矢田さんが政争の具に使われないよう、願うだけです」

国民の連立入り騒動再燃


岸田政権は、水面下で国民民主党との間で連立を視野に入れた交渉を行い、矢田氏の起用はその文脈の一つで、もし上手くいかなかったとしても、「野党の分断」が図れれば良い、と見るのが自然だ。

交渉に関与している与党関係者は、今回の人事について、「国民民主党との連携が進みつつある表れだ」とほくそ笑む。

国民民主党の玉木代表は21日に収録されたTBSのCS番組「国会トークフロントライン」で、矢田氏の総理補佐官就任について「途中から知っていた」と明かした。

さらに、連立入りに向けた交渉をしていたか問われ、「所属議員にいろんな話やアプローチがあったと報告を受けている」と、否定しなかった。

連合幹部は「自民党は、国民民主党との連立交渉を諦めていない」と考え直し、組織の分裂を避けるため、事態の沈静化を図ろうとしている。近く、連合としての見解を示す予定だという。

TBS政治部野党キャップ 新田晃一