私の家の1階の部屋は・・・仏間であり、詩吟の稽古場でもあり、
創価学会の拠点にも使われています、この部屋に李白が居ます
《2001年【李白生誕1300年祭】に四川省江油市から招聘を受けて妻と二人で行った時、頂いた拓本です》
でも今回の大切な写真は・・・李白には悪いのですが・・・もっと大好きで
思い出がいっぱい詰まっている写真なんです・・・・・では観ていただきましょう
《20年ぐらい前に、近江八幡の水郷めぐりをした時、途中の島に上陸した時の写真です、何時観ても素晴らしいです》
私の後ろで素晴らしい笑顔の着物姿の女性が・・・貴船のおしげさん
正確に申しますと、岸根しげさん、吟号は≪舟遥≫(しゅうよう)と申されます
我が吟道松流の中にあって、伝説のお弟子さんなんです
もう亡くなられて・・・・・17・8年の歳月が流れて行きましたけど
松流の詩吟が好きで好きで、そして私・松の大フアンやったんです
ある時、糖尿病で入院をされた時がありまして、すぐにお見舞いに・・・
病室に入っても姿が見えないのです、アレと思ってもう一度よく見ると
足元に座って居られたんです、身体が半分ぐらいになっておられたんです
それでもテープレコーダーをベットに置いて私の吟を聞くのが楽しみ、と・・・・
それから元気になられて、退院という時に主治医が『何時退院しますか』との問いに
岸根さん即答されたそうです『水曜日に決めてます』主治医が『何でその日なの』と
岸根さん『そら、その日が詩吟のお稽古日やし』と答えられたとか
忘れもしません、その日貴船の教室に行きますと岸根さんが座っておられました
それから二ヶ月近くも、声が出ないのです・・・、それでも毎週座っておられた
そして、ついに詩吟が出来るようになられます、以前より大きな声で・・・・・
執念ですね、『わては詩吟で元気を貰ったので、わては詩吟が命だす』・・と
今でも吟道松流の御本尊様のように思っています
今までも、又此れからも・・・岸根さんの様なお弟子さんは現れますまい
発表会があるごとに、陣中見舞いとか部屋見舞いとかの名目で・・・
数知れず、頂きました、決して有り余っていない中からの心ずけでした
4年前に亡くなった母とも仲良くして頂いてました・・・・
今頃は天国で二人して、松流の詩吟を心豊かに吟じていられるでしょう
私は毎日、仏間兼詩吟道場でこの写真の前で岸根さんと対話しています
おしげさ~ん・・・色々と有難う御座いました、・・・母をよろしく頼みますね~