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生きがいとは何か-神谷恵美子著「生きがいについて」・その3

2018-11-17 01:41:24 | 「身の程」人生

 NHK「おはよう日本」のキャスターなどを務めた島津有理子アナウンサー(44)は医師を目指すため,今年9月に同局を退局した。デイリー新潮(10月12日)によると,島津さんの背中を後押ししたのが,NHKがのEテレが「100分de名著」で取り上げた精神科医・神谷美恵子さんの「生きがいについて」という著書だったということである。この10月からは医学大学に入学し,学業に専念されています。そして何科の医師を目指すかは学びながら考えるとのことである。 

 島津さんに医師に挑戦する事を決断させた神谷美恵子さんの本,「生きがいについて」(みすず書房)は,1996年の発売以来,静かに売れているロングセラーである。著者の神谷美恵子さんは,岡山の長島愛生園という,ハンセン病隔離の療養所で,患者に寄り添い続けた精神科医であった。

生きがいとは
 神谷美恵子さんは,「生きがい」は、「存在理由」 ではなく、「生存理由」だとしています。また,似たことばとして「はりあい」をあげています。

「生きがい」ということば
 辞書によると生きがいとは「世に生きているだけの効力、生きているしあわせ、利益、効験」などとある。これを英、独、仏などの外国語に訳そうとすると、「生きるに価する」とか、「生きる価値または意味のある」などとするほかはないらしい。こうした論理的、哲学的概念にくらぺると、生きがいということばにはいかにも日本語らしいあいまいさと、それゆえの余韻とふくらみがある。それは日本人の心理の非合理性、直観性をよくあらわしているとともに、人間の感じる生きがいというものの、ひとくちにはいい切れない複雑なニュアンスを、かえってよく表現しているのかも知れない。フランス語でいう存在理由とあまりちがわないかも知れないが、生きがいという表現にはもっと具体的、生活的なふくみがあるから、むしろ生存理由 raison devivre,raison devivre,raison d’existenceといったほうがよさそうに思える。
 もうひとつ生きがいに似たことばに,はりあいというのがある。
                出典:『生きがいについて』神谷美恵子著  p10~p11  


 ⇒⇒ NHK 「100分de名著」  生きがいについて
    http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/76_ikigai/index.html

 

       
生きがいについて
(神谷美恵子コレクション)
神谷 美恵子著
みすず書房 単行本1728円
 
kindle版1296円
こころの旅
(神谷美恵子コレクション)
神谷 美恵子著
みすず書房 単行本1728円
 
長い一生の間には、ふと立ちどまっ
て, 自分の生きがいは何であろう
かと考えてみたり, 自分の存在意
義について思い悩んだりすることが
出てくる--
生命の芽生えから人生の終章まで、
人のこころの歩みを、その一歩一歩
をたしかめるように、丁寧に辿ってい
く。人生への愛情と洞察にみちた静か
なことばの数々。悩み、迷う人々のか
けがえのない人生の書。
 
     

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ┏━┓                    
 ┃★┃  『終わった人』
 ┗━╋…──────────────────────────────

 私は,神谷さんの『生きがいについて』と,内舘牧子さんの『終わった人』講談社文庫 を重ね読みして,自分の「生きがい」を再確認した気分です。この顛末は順を追ってこのブログに書き込みます。

▼終わった人
 内舘牧子著の『終わった人」は,「生きがい」をテーマとした小説である。
 人は皆,歳と共に世代交代の波に押し出されるように社会の第一線から身を引き,世間から次第に忘れ去られ,自分の新たな身の置き場を探し求めるようになる。特に組織の中に生きてきたサラリーマンはこの変化が顕著である。
 大手銀行の出世コースから子会社に出向,転籍させられ,そのまま定年を迎えた田代壮介。仕事一筋だった彼は途方に暮れた。生き甲斐を求め,定年後の自分の居場所を探しあぐねた末,数十年慣れ親しんだ戦場に再び身を投ずることになる。そのリスクの大きさが今の自分の身の丈を超えていたにもかかわらず……。

 

終わった人」p30~p31

トシはケロッと言った。
「どんな業界にも世代交替はあるよ。俺がニューヨークから帰国した時,出版社や広告代理店やクライアントは,そろって俺を選んだ。若くてバリバリの新世代の俺をな。彼らにとって,旧世代は終わった人になったわけだ」 トシも「終わった人」 という言葉を使った。
「壮さんの定年もそうだけど,どんな仕事でも若いヤツらが取ってかわる。俺は 『生涯現役』 ってあり得ないと思うし,それに向かって努力する気もまったくないね。あがくより,上手に枯れる方がずっとカッコいい」「そうだけど,俺は生涯現役であろうとする気持,わかるし,悪くないと思うね。実際,若い人が崇め,社会から注目される老齢現役だって多いじゃないか」
「ああ。ヤツらはやっぱり天才なんだよ。あがいてしがみつくレベルの才能じゃなくてさ,俳優でも作家でも映画監督でも芸術家でも何でも,世代交替と無縁でいられるヤツらは天才よ。それと同列に並ぼうたって,努力でどうにかなるもんじゃない」
 トシは俺に忠告しているように思えた。
 天才でもなければ特技もない俺が,この先,何とか再び社会に出たいとあがき,努力するみっともなさを予感しているのではないか。
「トシ,俺は自分が凡庸な人間だってよくわかってるからね,あがきも努力もしないよ」

 

終わった人 (講談社文庫)

「人生にあまりなどない」。会社人としては

終わったとしても,人の一生はそれだけでは

ない。

講談社刊 内舘牧子著

 


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