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木佐貫氏,引退即スカウトに転身!由伸監督支える

2016-01-14 18:35:30 | 「身の程」人生

木佐貫,引退即スカウト転身!由伸監督支える

 

 今季限りで現役を引退した元日本ハム・木佐貫洋氏(35)は,古巣・巨人のスカウトとして第二の人生をスタートする。薩摩川内市生まれの同氏は,2002年ドラフト自由枠で巨人入団。1年目の2003年に10勝を挙げて新人王を受賞。2003年11月のアテネ五輪予選では長嶋JAPANのメンバーとして高橋由伸監督(40)とともに日本代表にも選ばれている。真面目な人柄も評価が高い。ドラフト自由枠で入団し,日の丸に袖を通した人物が,引退即,スカウトになるのは極めて異例という。

 一方,スカウトはなかなか日の当たらない仕事で,まして現役時代,スポットライトを浴びた選手ほどなかなか務まらないが,巨人サイドは木佐貫氏の真面目さなら問題ない,と判断した。現役時代,練習で手を抜いたことはなく,事あるごとに気になることをメモするなど,マメだったという。球場まで電車通勤し,ファンとの交流を大切にするなど,人柄も誠実で人気も高い。パソコン教室に通い,表計算ソフトの使い方を学ぶなど,地道な活動を続けるための努力も惜しまない。

 巨人は2015年,マイコラスが13勝,菅野が10勝したが杉内の離脱や内海の不調もあって2ケタ勝利は2人だけ。9勝した高木勇,3勝の田口ら若い力も伸びているが,即戦力投手の獲得は急務。生真面目男が,誠心誠意で新戦力を発掘に努める。

 木佐貫 洋(きさぬき・ひろし):鹿児島県生まれ。35歳。川内高から亜大に進学し,エースとして活躍。2002年自由獲得枠で巨人入団。1年目の2003年に10勝7敗で新人王。2007年に12勝(9敗)を挙げ,リーグ優勝に貢献。2010年からオリックスに移籍し,13年1月に糸井,八木とのトレードで赤田,大引とともに日本ハム入り。今季限りで現役引退した。通算成績は215試合で62勝72敗10セーブ。防御率3.76。188センチ。

惜別球人 プロ野球時代を彩った男たち 山本昌 木佐貫洋 東出輝裕 谷繁元信 関本賢太郎 谷佳知

 

  今季限りで引退の日本ハムの木佐貫洋投手(35)は,10月30日のロッテ戦(札幌D)で現役最後の登板を果たした。4点を追う5回から2番手で登 板。先頭のデスパイネ、続く井口をいずれもフォークで空振り三振に仕留めると、最後はクルーズを二ゴロに抑えた。登板後は球場中から大きな拍手が送られる中ベンチへと戻り,13年間のプロ野球生活に別れを告げた。

 鹿児島・川内で甲子園出場はならなかったが,150キロを超える直球と落差の大きなフォークを武器に亜大4年には東都大学リーグで春秋連続でMVPに輝き,世界大学野球選手権にも出場。巨人では新人だった2003年に10勝を挙げ新人王を受賞。

  オリックスに移籍した2010年も10勝を挙げ,日本ハム1年目の2013年も9勝をマーク。オールスターには3度出場した。2013年には史上12人目 となる12球団勝利を達成。プライベートでは鉄道マニアとして有名で,球場まで電車通勤し,ファンとの交流を大切にするなど,人柄も誠実で人気も高い。

 日本ハムの木佐貫洋投手が30日、札幌市内の球団事務所で現役引退会見を行った。

  木佐貫は02年ドラフト自由獲得枠で巨人入り。1年目の03年に先発の一角として10勝7敗で新人王。交換トレードで09年オフにオリックス,13年1月 に日本ハムに移籍し,先発として活躍した。球宴には3度出場。巨人,オリックス,日本ハムの3球団で通算62 勝を挙げた。

●現役引退会見で--まだ35歳。選手としてやり残したことは?

 「悔いはあります。もっと成績を上げておけば良かったなと。いろいろありますけど,この決断を自分で下したので。悔いはなくはないですけど,納得はしています

 

>>>実直・研究熱心 木佐貫洋

 1980年(昭55)5月,薩摩川内市生まれの35歳。川内高校から亜大に進み4年時に東都リーグ春秋連覇。同年の大学選手権、明治神宮大会も制 し4冠を達成した。2002年ドラフト 自由獲得枠で巨人入団。1年目の2003年に10勝7敗で新人王。150キロを超える直球に、落差鋭いフォークボールが武器。3年目以降は故障に苦しん だ。2007年,12勝がピークで2009年は1軍登板1試合のみ。同年,トレードで関西のオリックスへと移籍し,さらに2012年,開幕前の電撃トレー ドで糸井嘉男(オリックス)らとのトレードで北海道日本ハムへと移籍。

 木佐貫の性格はいたって 真面目であり,研究熱心という。登板時に気づいたことがあればベンチに戻ってすぐにメモを取る。また,ファンサービスも怠りなく,カバンの中には自らがサ インしたカードを忍ばせ,ファンに求められればすぐに渡せるようにしていた。彼は野球のほかに『鉄道マニア』の一面を持つ。



*全球団勝利を達成
 2013年5月20日の巨人戦では7回を1失点で勝利投手となり、史上12人目の全球団勝利(近鉄を除く12球団)を達成した。なお,この試合では,同い年で同じ鹿児島県内の高校出身の巨人先発の杉内俊哉投手に投げ勝っている。

 

 


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