今月2日、NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」が放映された。難病「多系統萎縮症」に苦しむ小島ミナさんがスイスで医師による自殺ほう助で,安楽死を遂げる瞬間が映し出され、大きな反響を呼んだ。収録の様子,その背景は放映とほぼ同時発売された重厚なノンフィクション『安楽死を遂げた日本人』宮下 洋一著に詳しい。
▼ 『安楽死を遂げた日本人』
●第1章 我が運命の支配者 P8~p14より
ある日、筆者に一通のメールが届いた。
〈寝たきりになる前に自分の人生を閉じることを願います〉
送り主は、神経の難病を患う女性だった。全身の自由を奪われ、寝たきりになる前に死を遂げたいと切望する。彼女は、筆者が前作『安楽死を遂げた日本人』で取材したスイスの安楽死団体への入会を望んでいた。
・・・・(略)
私はこの歳で独身なのです。ですから夫もいなければ子供もおりません。幸せを見届けたい相手もいませんし、その姿を見守っていきたいということもありません。
今までの人生、それなりに楽しんできたと思います。思い残すことはありません。
今、命が終わることには悔いはありませんし、抵抗も感じません。命は有限ですから、いつかは終わりの時をむかえます。しかし、機能を殆ど失くし、人工呼吸器で息をし、話す事も出来ず、胃癖で栄養を身体に送り込み、決まった時間にオムツを取り換えて貰い、そうやって毎日を過ごしたくはないのです。そうまでして、生きる必要性を私自身感じません。
寝たきりになる前に自分の人生を閉じることを願います。
私が私であるうちに安楽死を望みます。
どうか御サークルに私を加入させてください。
そして、私に安楽死を施してください。
「多系統萎縮症」(Amyotrophic Lateral Sclerosis ALS):ALSは筋肉を動かす運動神経細胞の変性により,全身の筋肉が徐々にやせて,力がなくなっていく病気である。中年以後に発症し,やや男性に多く,毎年人口10万人あたり約1名の新たな患者さんが発症している。
安楽死を遂げた日本人 | |
欧州を拠点とし活躍するジャーナリスト, 宮下洋一氏が自殺幇助団体の代表である スイスの女性医師と出会い,欧米の安楽 死事情を取材し,「理想の死」を問うノ ンフィクションである。 |
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小学館刊 宮下 洋一著 |
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宮下洋一氏が日刊ゲンダイのインタビューに応えた記事が,6月24日にウェブ https://news.infoseek.co.jp/article/gendainet_552059/ に掲載されている。その要点を抜粋する。
>>>ジャーナリスト宮下洋一氏「日本でです」
出典:日刊ゲンダイDIGITAL / 2019年6月24日 9時26分 https://news.infoseek.co.jp/article/gendainet_552059/
――小島さんの最期の場面がNHKで放映された。点滴のコックを開くと、眠るように死んでしまう。私は衝撃を受けた。反響はどうですか?
医療関係者から「考えさせられた」というメールなど、いろいろありました。番組は好評で、どちらかというと、安楽死に肯定的な反応が多かったですね。
<私は安楽死を勧めているわけでも否定しているわけでもなく、数ある最期のあり方の一つとして提示しただけである。さらにいえば、日本では「死」というものについて公然と語ることは憚られる傾向にあるが、自らの死に方を考えることは生き方を考えることに繋がると、建設的なメッセージを発したつもりだった>。
でも、映像だと45分くらい。なんだ、日本でも認めてあげればいいじゃないか、という風潮が簡単に広まるのではないかという危惧も少し覚えたんです。
NHKスペシャルですから、視聴者にとっては見ごたえがあり、中立的な報道だと思った。でも、短い番組の中で、小島さんが安楽死を遂げてしまうと、こんなに簡単にできてしまうのか、という誤解を招く可能性もある。
――法制化すると、どんな問題が起こるのでしょうか?
日本人は空気を読んで生きていくみたいなところがある。法制化されると、家族の圧力によって、安楽死させてしまうことが出てくるかもしれない。患者さんは患者さんで、そろそろ死んだ方がいいと思ってしまったり、医者も患者の明確な意思で判断するのではなく、周りの圧力に流される。そういうケースが増えてくるのではないか。
法制化は慎重を期した方がいいと思います。
もうひとつ、安楽死の法制化は当然、国会で審議されることになると思いますが、そもそも多数決になじむ話なのでしょうか? 議会制民主主義ですから仕方ない部分はあるとして、欧米と日本の民主主義に差異はないのでしょうか?
――冷静な国民的議論が必要なのですね。
そもそも、なぜ、安楽死の法制化の話が出てくるのか。子どもを産む年齢が遅いので、働き盛りのときに介護の問題が出てくるわけです。介護される方は子どもたちに迷惑かけたくないので、もう死にたいとなる。もっと早く子どもを産む環境を整える。そうすれば、介護問題も解消されていく。
人の死は、国や他人が認めることではないというのが、本来の私の思いです。安楽死や人の死について法制化するのではなく、子どもを産み、育てやすい環境を整えることが先決だと思います。
▽みやした・よういち 1976年生まれ。18歳で渡米し、ウェストバージニア州立大卒。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士。フランスやスペインを拠点に、世界中で取材し、精力的な活動を続けている。「卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて」で小学館ノンフィクション大賞優秀賞。「安楽死を遂げるまで」で講談社ノンフィクション賞。このたび、その続編「安楽死を遂げた日本人」(小学館)を上梓した。
安楽死を遂げるまで | |
宮下 洋一 | |
小学館 |
安楽死を遂げた日本人 | |
宮下 洋一 | |
小学館 |
内容紹介 ”講談社ノンフィクション賞受賞作品!”
安楽死,それはスイス,オランダ,ベルギー,ルクセンブルク,アメリカの一部の州,カナダで認められる医療行為である。超高齢社会を迎えた日本でも,昨今,容認論が高まりつつある。しかし,実態が伝えられることは少ない。
安らかに死ぬ――。本当に字義通りの逝き方なのか。患者たちはどのような痛みや苦しみを抱え,自ら死を選ぶのか。遺された家族はどう思うか。
79歳の認知症男性や難病を背負う12歳少女,49歳の躁鬱病男性。彼らが死に至った「過程」を辿りつつ,スイスの自殺幇助団体に登録する日本人や,「安楽死事件」で罪に問われた日本人医師を訪ねた。当初,安楽死に懐疑的だった筆者は,どのような「理想の死」を見つけ出すか。第40回講談社ノンフィクション賞を受賞した渾身ルポルタージュ。