佇む猫 (2) Dr.ロミと助手のアオの物語

気位の高いロシアンブルー(Dr.ロミ)と、野良出身で粗野な茶白(助手のアオ)の日常。主に擬人化日記。

治療師か詐欺師か(3)職業選択の自由

2019年09月02日 | 手記・のり丸

出典:USA TODAY

 

 

【ロシアの動物園にいるヤマネコの元に毎日通う三毛猫】

出典:LoveMeow 

 

妹は口癖のように私に言っていた。
「あんたは『美容師』になるか、『ファッション業界』に進んだらいいと思う」
 
私は美容師になりたいと思ったこともないし、ファッション業界に進むことを考えたことはない。
ただ、妹が私にそう言ったのには理由がある。
 
 
私の両親はファッションセンスがゼロだった。
 
中学生時代、私は家で陸上部のユニホームを着て過ごしていたが、妹は母のお古の洋服を着ていた。
「私服」という無駄なものに対してお金を掛ける必要がないと考えていた両親なので、「子供の洋服を買う」ということも無駄だと考えていたからだ。
 
その上、母は妹がオシャレをしてモテることを警戒していた。
若い頃の自分と同じような過ちを犯さないように、と考えていたのかもしれない。
 
 
私は生まれつき癖毛で、子供の頃はどういう訳か額とサイドの一部の毛が金髪だった。
(成長するにつれ、ブラウンに変化していったが)
 
よく教師に「パーマとメッシュだろ」と言われたものだった。
そう言われることには慣れていたが、印象的だったのはその時の教師の目つきだった。
憎悪のようなものが浮かんだ目は血走っており、声の中に怒りがあった。
 (仮に、故意的にパーマをかけてメッシュを入れていたとしても)
真剣に怒る部分はそこ?なんかズレてない?という感覚が拭いきれなかった。
 
私が卑怯な手を使って人を陥れたり、人を傷つけたのなら、そういう顔で教師が怒るのもわかるのだが…。
ウェーブとメッシュに対する過剰な反応…まるで私が犯罪を犯したかのように接してくるのはなぜだろう。
本当になぜだろう?…そのことが不思議でならなかったのだ。
 
父も同じタイプの教師だった。
 
そしてファッションに関する話題を嫌悪していた。
ファッション(特に流行のファッション)を自意識過剰や虚栄心と結びつけては「精神の堕落」につながると断定して切り捨てていた。
 
 
【現在の父の出身校のHPより】
 
ちなみに父が卒業した高等学校は「父の先輩たち」が、校則と戦って「私服」を勝ち取った学校だ。
制服に抗議する為に校舎から飛び降りた人がいたらしい…(又聞きなので真相はわからない)。
 
 
私の学生時代は、女子だけではなく男子の一部までもがメイクをしていた。
 
(いつの時代もそうかもしれないが)
どういう姿形がみんなから好まれるのか、自分をどういう風に装えば良く見てもらえるか、大抵の学生がそんなことばかり考えていた。
思春期の人間にとってファッションは「最重要項目」に含まれていたかもしれない。
(…かもしれない、というのは私にとっては「最重要」ではなかったからだ。)
 
ダサいと言われるだけで致命的な時代に、ファッションを憎む両親の元で過ごした妹の精神的ダメージは計り知れない。
 
 
 
 
BLT【幼少時に一緒に育ったライオンと熊とトラ】
 
 
動物は毛皮を着ている。
持って生まれた毛皮のまま、一生を送る。
 
猛獣といわれるこの三種類も、幼少時の環境によって奇跡的に仲良しになった。
 
 
人間は裸で生きられない。
服や髪型を変えることによって、別人のように見せることもできる。
幼少時の環境の影響は大きいが、後に乗り越える人もいる。
大人になってからも新たに「育った環境の違う人」と仲良くなることもできる。 
 
もし今、全世界の人間の着衣が一瞬にして消えたら、裸族以外の人間は困るだろう。
その瞬間に、人間は裸で堂々と歩けるだろうか。
 …ということは、衣類は人間にとって「もう一枚の皮」のようなものである。
知性の歴史で作られた第二の皮である。
 
どんな「皮」をまとっているか、ということがその人自身を表しているからこそ、「規制」が入ると少なからず不自由さを感じるのだ。
 
どんな「皮」を着るのも自由だと本心では思っているが、社会的な生き物なのでそうもいかない。
「皮」を利用して自分を魅力的に見せることが人間社会でどれだけ有利になるかわかっているが、それとは別に自己表現や美学もある。
 
何よりも、強制的に着る「皮」を押し付けられるのは「何かが違う」と思う…それが人間だ。
 
 
 
【この毛皮で一生過ごす】
 
 
ある日友達と街に行くことが許された妹は、私服がダサいことを悩んでいた。
 
初挑戦だが、私は母の古いワンピースを思い切ってリメイクすることにした。
もちろん私の最初のリメイクはひどかった。
 
それを契機に私は独学で洋服をリフォームするようになった。
父の古いスーツを解体して、ツギハギだらけのジャケットを作ろうとしたこともあった(失敗した)。
 
妹の部屋のクローゼットの天板は電気の配線工事の為に押し上げると開くようになっている。
私たちは天板を開けて屋根裏にたくさんの本を隠した。
両親に禁止されていたマンガと雑誌である。
雑誌のほとんどは、人からもらったメンズとレディースのヘアカタログとファッション誌である。
どの雑誌にも付箋がたくさん貼り付けてあり、書き込みだらけであった。
 
妹の洋服をスタイリングしていた私は、ある事に気が付いた。
「…まだかなりダサい、何かが足りない」
私は妹のシルエットを見ながら考えた。
「髪型だ…」
  
試行錯誤しながら、結局私は妹の髪でコーンロウに挑戦してみた。
「え?編み込みをしてくれているの?」
と妹は驚いた。
 
そんな出来事があったので、妹は私が美容やファッション業界に行けばいいと考えたのかもしれない。
 
 
つまり親が「禁止」したものに子供は興味を持ちやすい。
そして親が激しく「強制」したことからは外れやすい。
 
子供を医学部に入れようとして、子供が反抗しておかしくなることがあるという話を聞くことがある。
医者ではなくても、音楽家や野球選手にしようとすることでもいい。
子供が真摯に取り組み、親がひいたレールをしっかりと進んで行くこともある。
 
ただ親が子供を科学者にしようとしても、元素記号が一つも頭に入らない子供の場合は明らかに向いてないのだ。
 
単に怠けているだけということもあるけれど、「できない事」というのは「進むのはその道ではない」という重要なシグナルのこともある。
 
視野が狭く選択肢が少ない環境にいると、差し出された複数の手の中で、間違った手をつかみやすいのだ。
 
道を進んでいるとその先は崖で、深い谷底が見える。
「進め」という言葉に従うと落ちるしかないし、引き返して別の道を進むのは意志力がいる。
 
だけど、だれにでも引き返す権利はある。