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「世界最高峰の経営教室」(広野 彩子編・著 日経BP)
- 「世界最高峰」の名に恥じない現代の必読書(はじめに)
世界の主流の経営学である「演繹的理論」「実証性経営理論」を日本に持ち込み、日本の経営学に一石を投じ、「世界標準の経営理論」を著作した早大の入山教授が序文で次のように述べています。『本書に出てくる17人の世界的な経営学者・経済学者は豪華。よくぞこれだけのメンバーを集めたものだ。「世界最高峰」の名に恥じない、現代の必読書』と。
一方著者は“おわりに”で面白い感想を述べています。『好奇心のおもむくままアプローチし、一見まとまりがないように思えたものが、一つのテーマに貫かれていたことに気づいた。それは、「どうすれば日本人の意識や行動が、環境の変化に合せて進化していけるのか」だ。これは、どの教授に対しても“日本ではこうだが、この現状からどうしたら変われるか、どう変わったら生き残れるか”という質問を投げかけていたから』と。
私は、入山教授のここまでの称賛を読み、また、紹介本を編集・著作した著者が17人の世界的な経営学者・経済学者と対談した背景を知り、紹介本が“激変する環境の中で、日本企業が如何に変化・進化し生残っていくか”についての有意義な示唆を与えていることに納得をしました。
加えて、紹介本は経営学者・経済学者の理論を紹介するのではなく、著者の上記Q&Aに対する経営学者・経済学者の熱意溢れる日本企業へのアドバイスを対談調で記述しており、判り易く、示唆に富んだ知見を発信しています。
その様な示唆の中から注目する“経営教室”を次項でご紹介します。
- 「世界最高峰の経営教室」に見る“日本の企業経営に示唆となる知見”
【変化対応力世界最下位からの脱却には、構造、文化、インセンティブを変革せよ】
DXの第一人者でありスイスIMD教授のマイケル・ウェイドは、『日本は「デジタル改革をはじめとした変化対応力で、世界最下位」である。その証左は、2020年のIMD世界競争ランキングで、日本は「企業の俊敏性」「起業家精神」項目において63ヵ国中2年連続の最下位であること、更に、その他の変化対応力要素である「市場変化への感度」「大企業の効率性」「労働生産性」「国の文化(異文化へのオープン度)」「グローバル化への姿勢」項目において最下位レベル且つ調査の都度悪化していること』と指摘します。
ウェイド教授は、この日本の変化対応力の低さから脱却するには組織構造、企業文化、インセンティブの3つ変革が必要と指摘します。この指摘は、日本の多くのビジネスマンをIMDに於いて研修した経験や日本における講演の経験に基づくものであり傾聴に値します。
まず、組織構造については、年功意識が強く変化を嫌う中間管理職の岩盤組織の改革、縦割り組織からの脱却(部署を超えた人材、データ、インフラの繋がりの追及)、組織構造の変革の必要を本気で信じるようになるシニアマネジャー自身の変革などを指摘します。
2つ目の企業文化については、年功意識、事なかれ主義、恵まれた環境における甘えに由来する組織文化の弊害から来る様々なマイナス思考を排除する必要性を指摘します。マイナス思考の具体例として、変革内容を目的化し変革後の姿を目指していない、計画・検討に終始し俊敏な実践・活動・実現に結びつかない、仲良しクラブ思考による多様性の欠如などを指摘します。
3つ目のインセンティブについては、人事政策の「メンバーシップ型」から「ジョブ型」への変革の必要性、上記企業文化から来るエンゲージメントの欠如、を指摘しルールの変更による変革の必要性を指摘します。
ウェイド教授のこれらの指摘は、2019年9月の取材です。日本に対する深い理解と世界的視野からの指摘として真摯に受け止めたいと思います。
【変化対応力を高める方法論「ダイナミック・ケ-パビリティ」】
「ダイナミック・ケ-パビリティ」論の提唱者、米カリフォルニア大学バークレー校デビッド・ティース教授の登場です。ティース教授は「知識創造理論」を提唱した野中侑次郎教授とバークレー校で一緒に教鞭をとった間柄で、個人的にも親しいことは勿論ですが、「ダイナミック・ケ-パビリティ」論と「知識創造理論」との親和性を見出すことができ興味を覚えます。
「ダイナミック・ケ-パビリティ」とは、「組織とその経営者が急速な変化に対応するために、内外の知見を結合し、構築し、組み合わせ直す能力」と定義されます。
仕組み的には、「Sensing(センシング〔察知:予測⇔挑戦〕)、Seizing(シージング〔獲得:解釈⇔意思決定〕)、Transforming(トランスフォーミング〔変容:学習⇔調整〕)を実行する能力」と表せます。(以下この枠組みを、その英単語の頭文字をとってSSTと呼称する。)
実践的には、「長期的な戦略を探索するため、ダイナミック・ケ-パビリティの核である、「分権化(組織の上下関係が緩くフラットで協働する組織)」と「自己組織化(ビジネス機会を見つけると俊敏に社内起業の形でビジネスがはじまる組織)」をプラットフォームに置き、市場における機会や脅威を察知し、新しい価値・事業創造のための人材や資源を動かし競争優位事業モデルを獲得し、その新たな事業のガバナンス体制を整備し、学習と調整により日々変化に対応しながら、定期的に主要な戦略を変容させ、最終的に“まねできない”事業を確立する展開」と表せます。
世界のダイナミック・ケ-パビリティ企業として、日本では唯一トヨタが「自己組織化」に成功している企業として挙げられています。トヨタは、SSTと親和性の高いトヨタ開発方式の「LAMDA」(Look;観察する、Ask;質問する、Model;モデル化する、Discuss;議論する、Act実行する)を活かし、次世代市場の自動運転においても、競争力を発揮しています。(「トヨタ、自動運転の特許競争力、IT系を逆転し世界2位」〈日経2021.5.17朝刊〉)
ダイナミック・ケ-パビリティに関連して面白いことを発見しました。それはティ―ス教授が「ドラッカーの語録を私が理論化した」と言っていることです。
ティ―ス教授は、ピーター・ドラッカーの『「マネジメント」は物事を正しく行うことであり、「リーダーシップ」は正しい事をすることである』を形式知化し、「リーダーシップ」の概念を「ダイナミック・ケ-パビリティ(変化に応じた自己変革による新しい価値・事業の創造)」、「マネジメント」の概念を「オーディナリー・ケイパビリティ(現状の利益の最大化)」と置き、この2概念を対比軸に置き、変化対応力を高める組織イノベーションを達成する「ダイナミック・ケ-パビリティ」論を構築したのです。まさに、ドラッカー思想のフレームワーク化を目指したのです。
- 「世界最高峰の経営教室」から得た示唆を経営に活かそう(むすび)
前項で採り上げた二つの注目記事は相互に関連性があり、私たちの経営に活かせる興味深い内容でした。他の記事にも、それぞれの立場に応じた有意な示唆を見つけることが出来るでしょう。得られた示唆を経営に活かしたいですね。
【酒井 闊プロフィール】
10年以上に亘り企業経営者(メガバンク関係会社社長、一部上場企業CFO)としての経験を積む。その後経営コンサルタントとして独立。
企業経営者として培った叡智と豊富な人脈ならびに日本経営士協会の豊かな人脈を資産として、『私だけが出来るコンサルティング』をモットーに、企業経営の革新・強化を得意分野として活躍中。
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