いや、世とは常に大勝利なわけである・・。(無敵
あさつきも高く上がり、僕は小千谷へ向かう際に、あるお堂に立ち寄って、そのとある石の碑、これを見入やる。そうすると、こうあって、
:米山塔の碑
っと、こうある。年数は天保の時代を数え、この石碑が教えているこの天保年間の理、ここから僕はこの世の常、
世の常:大豊作と言う天保年間(小千谷近辺)っで、実はこの(善悪を決す!
善:大豊作!
悪:大飢饉(ちょー不作(と言うか無米!当たり前だ!
と言う、天国と地獄を表す図世の常を思い知る!いや、傍らでこれはいかんっ!っとするお金儲けっ!これが、過(よ)ぎる。世間を右に左に当てもなく彷徨うような移動者、これが実は大あほなわけである。
今、世間は疫病に見舞われると言う。この話し、上の教訓話しを正しいとするなら、この疫病こと、これは反対に申せば疫病と言う”死”を連想させる傍らには、当然”生”なる一存が裏合わせのように!)あるのは見事っ!当てて外しようのない世の結論これだ!
正義は必ず勝つ!この大)疫病時代に、我はこんな無作法な疫病ことに一切係らない。いや、先ほど書いた僕の日記(ウェブ日記)に何と記しているか!?かさじぞうの話しが、結論、正義なのだから、世はこんなお金に纏わるような人としての非常識、これを行ってはならないわけだっ!!
何故、疫病に係り、見舞われるのか?無作法な(釈迦も言う!)無礼なお金話し(一攫千金話し)これが断じ)ならないのではないか?付き合いと言うはあって、世の理である。ここに、問いとその答えはある・・。
いやー、世の理も知らず、やみくもにお金儲けに走る浅はか)輩に、疫病は追い朽ちる!
ではでは、世はあるお堂に隣する米山の碑、これが正しいわけで、類いおんなのこの事情は交差する!!
ではでは~!!