島の北部に連なる山々の最高峰が宇江城岳で、
それをとり囲むように築かれている宇江城グスクへ
向かう途中に久米島真謝の観音堂へ立ち寄りました。
久米島真謝の観音堂
辺りには木が生い茂りとても静かな場所です。
城のような壁が周りにあり、宇江城城に関連する施設跡に
建てられたものなのかも知れません。
真言宗を修めた久米法印(僧位の一つ)が、
真謝にお堂を建てて楊柳観音像を祀ったのが始まりとされ、
後になって弟子の久米仲城親雲上(なかぐすくペーチン)が
お堂を再建した際に現在の境内に移転したと伝えられている。
現在のコンクリートづくりの祠は、戦後になって再建されました。
一体の観音様しかおられなかったのですが、
観音様の後ろの黒いしみや、香炉の数からすると
もとは5体あったのかも知れませんね。
*****
宇江城城跡(うえぐすくじょうあと)
久米島の中で最も高い宇江城岳(309.8m)の山頂に築かれたこの城は
沖縄の城の中で最も高い地点に築城されていました。
ほぼ360度を見渡せ、晴れた日には沖縄本島が望めるそうです。
宇江城城跡の三の郭に駐車場があります。
宇江城は伊敷索按司の長男である久米中按司が堂の比屋の
下女オトチコバラの勧めでこの地に定め、築城。
久米島には14世紀末に按司が現れたといい、
その後、伊敷索(ちなは)按司は長男を宇江城按司、
二男を具志川城按司、三男を登武那覇按司に配置した。
1506または10年に久米島は琉球王朝により討伐された。
手前は基壇跡
宇江城城跡一の郭から北東方向に粟国島が望めるのだそうだ。
一の郭(曲輪)
宇江城城跡一の郭から南東方向に沖縄本島も見られるのだそうだ。
二の郭には井戸の跡があるのですが撮り忘れ~
この高い場所に井戸があったのかな?
水を溜めておく何かがあったのは確かだと思います。
海猫はここからの田畑の風景が好き♪
何とも言えない気持ちになります^^
*****
仲里間切蔵元跡
仲里間切蔵元跡石牆は琉球王府時代(江戸時代)の
地方行政機関(村役所跡)です。
久米島真謝(まじゃ)集落の蔵元跡に残る高さ2mほどの石垣です。
門の部分は石を四角に切った布積み、
他の部分は自然の石の形を生かした
あいかた積みになっています。
石垣の三方に門があり、通用門は四隅がゆるやかに
カーブしたアーチ型で、石牆より一段高く積み上げられ
意匠をこらしています。
今はだだっ広いグラウンドのようです。
上記写真の正面の入口がアーチ形の入口なのですが、
写真が小さくすぎて見づらくてスミマセン。
今さらながらなのですが、とっても良い天気で
むちゃくちゃ日差しが強かったのですよ。
ちょいと説明を聞く気が無くなるくらい~(笑)
でもガイドさんは車から降りて、炎天下の中説明してくれるんですよ~
車の中で説明して貰ってから、その場に行っても
私は全然構わないというか、そうして欲しかった!
頭に説明が入って来ないくらい暑かったです~
ちなみに海に行った時は焼けませんでしたが、
この観光で真っ黒になりました~
未だに足の甲はうっすらとビーサン焼けが残ってます^^;
話しを元に戻しまして、1700年代半ばに完成したといわれ、
国の重要文化財に指定されています。
四方を囲んでいたフクギの木の下に、芽が出ていました♪
途中、真謝のチュラフクギは写真撮り忘れ~
島を一周する道路の真ん中にフクギの並木が40m続いていますが、
見慣れていたのでそのまま通り過ぎてしまいました。
道路の中央に高い木が並んでいるのですぐに解ると思います。
県指定天然記念物です。
この後に行く予定の場所もあったのですが、ガイドさんが忘れた(笑)
後日行ってきたのでOKです♪
明日も観光が続きますが、きれいな海をUPしますで
癒されに来て下さいね~♪
そして島のグルメをUPした後に、
当地のグルメを数日UP予定です^^
その後は久米島を後にして、本島に再び移動し、
2つのホテルに宿泊しました。
本当でもまたまたいきなり仕事が入り、バタバタでしたが、
その後はやっとバカンスらしくなりましたよ♪
この後はご当地グルメを載せてから本島の記事を
UPしていきますので遊びに来てね(^_-)-☆
ご覧いただきましてありがとうございます(*^_^*)
☆応援クリック、ポチっとして下さると嬉しいです♪☆
☆こちらもポチっとお願いします♪☆
それをとり囲むように築かれている宇江城グスクへ
向かう途中に久米島真謝の観音堂へ立ち寄りました。
久米島真謝の観音堂
辺りには木が生い茂りとても静かな場所です。
城のような壁が周りにあり、宇江城城に関連する施設跡に
建てられたものなのかも知れません。
真言宗を修めた久米法印(僧位の一つ)が、
真謝にお堂を建てて楊柳観音像を祀ったのが始まりとされ、
後になって弟子の久米仲城親雲上(なかぐすくペーチン)が
お堂を再建した際に現在の境内に移転したと伝えられている。
現在のコンクリートづくりの祠は、戦後になって再建されました。
一体の観音様しかおられなかったのですが、
観音様の後ろの黒いしみや、香炉の数からすると
もとは5体あったのかも知れませんね。
*****
宇江城城跡(うえぐすくじょうあと)
久米島の中で最も高い宇江城岳(309.8m)の山頂に築かれたこの城は
沖縄の城の中で最も高い地点に築城されていました。
ほぼ360度を見渡せ、晴れた日には沖縄本島が望めるそうです。
宇江城城跡の三の郭に駐車場があります。
宇江城は伊敷索按司の長男である久米中按司が堂の比屋の
下女オトチコバラの勧めでこの地に定め、築城。
久米島には14世紀末に按司が現れたといい、
その後、伊敷索(ちなは)按司は長男を宇江城按司、
二男を具志川城按司、三男を登武那覇按司に配置した。
1506または10年に久米島は琉球王朝により討伐された。
手前は基壇跡
宇江城城跡一の郭から北東方向に粟国島が望めるのだそうだ。
一の郭(曲輪)
宇江城城跡一の郭から南東方向に沖縄本島も見られるのだそうだ。
二の郭には井戸の跡があるのですが撮り忘れ~
この高い場所に井戸があったのかな?
水を溜めておく何かがあったのは確かだと思います。
海猫はここからの田畑の風景が好き♪
何とも言えない気持ちになります^^
*****
仲里間切蔵元跡
仲里間切蔵元跡石牆は琉球王府時代(江戸時代)の
地方行政機関(村役所跡)です。
久米島真謝(まじゃ)集落の蔵元跡に残る高さ2mほどの石垣です。
門の部分は石を四角に切った布積み、
他の部分は自然の石の形を生かした
あいかた積みになっています。
石垣の三方に門があり、通用門は四隅がゆるやかに
カーブしたアーチ型で、石牆より一段高く積み上げられ
意匠をこらしています。
今はだだっ広いグラウンドのようです。
上記写真の正面の入口がアーチ形の入口なのですが、
写真が小さくすぎて見づらくてスミマセン。
今さらながらなのですが、とっても良い天気で
むちゃくちゃ日差しが強かったのですよ。
ちょいと説明を聞く気が無くなるくらい~(笑)
でもガイドさんは車から降りて、炎天下の中説明してくれるんですよ~
車の中で説明して貰ってから、その場に行っても
私は全然構わないというか、そうして欲しかった!
頭に説明が入って来ないくらい暑かったです~
ちなみに海に行った時は焼けませんでしたが、
この観光で真っ黒になりました~
未だに足の甲はうっすらとビーサン焼けが残ってます^^;
話しを元に戻しまして、1700年代半ばに完成したといわれ、
国の重要文化財に指定されています。
四方を囲んでいたフクギの木の下に、芽が出ていました♪
途中、真謝のチュラフクギは写真撮り忘れ~
島を一周する道路の真ん中にフクギの並木が40m続いていますが、
見慣れていたのでそのまま通り過ぎてしまいました。
道路の中央に高い木が並んでいるのですぐに解ると思います。
県指定天然記念物です。
この後に行く予定の場所もあったのですが、ガイドさんが忘れた(笑)
後日行ってきたのでOKです♪
明日も観光が続きますが、きれいな海をUPしますで
癒されに来て下さいね~♪
そして島のグルメをUPした後に、
当地のグルメを数日UP予定です^^
その後は久米島を後にして、本島に再び移動し、
2つのホテルに宿泊しました。
本当でもまたまたいきなり仕事が入り、バタバタでしたが、
その後はやっとバカンスらしくなりましたよ♪
この後はご当地グルメを載せてから本島の記事を
UPしていきますので遊びに来てね(^_-)-☆
ご覧いただきましてありがとうございます(*^_^*)
☆応援クリック、ポチっとして下さると嬉しいです♪☆
☆こちらもポチっとお願いします♪☆