Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

オーストリア記3 幼稚園慰問とラーメンとアクシデント!

2011/02/16

幼稚園の都合で、朝9時にスザンネさんと幼稚園に向かいました。学生たちは、この日のために、昨日の夜、ずっと準備をしていたんだとか。(実はS山の足つぼマッサージだったり?!)

幼稚園は、一昨年も伺ったウィーン市立の幼稚園(Wiener Kindergarten MA10)。公立の幼稚園ですね。園長先生とも再会。僕のこともしっかり覚えていてくれました。こうやって知り合いが増えていくのは嬉しい限りです。今回は見学というよりは、交流活動? 課外授業? なんていうんでしょうかね。幼稚園慰問? 何なんだろう?! 学生たちのテンションもマックスになってました。二階に連れていかれ、18人くらい子どもたちがいるクラスに案内されました。4,5歳児がメインかな。男の子、女の子共にいました。子供たちも日本のお姉さんたちが来ることを楽しみにしていたみたいです。最初はちょっと緊張してたかな?! 

担任の先生は黒髪がきれいな僕よりすこし上くらいの先生でした。なんかカッコいい先生でした。それに、19歳のアシスタントの女性がついていました。やはりこっちの幼稚園の先生にはしっかりアシスタントが付いているんですね。ドイツの幼稚園でも、スイスの幼稚園でもそうでした。担任の先生曰く、「色々な周辺的な仕事は全部彼女にやってもらっています。クラス運営は私がやります」とのこと。アシスタントのいる幼稚園って、日本にはあるんだろうか? アシスタントの子に話を聴いた。彼女は、高校を出た後、そのまま正規職員としてこの幼稚園にきた。幼稚園教諭にはなる気はないらしい。とりあえず、ここでアシスタントとして働きたいらしい。将来の夢・目標はまだ見えてないと言っていた。なるほど。それはどこも同じなのかな。

そして、早速、日本の文化交流の時間。学生たちはそれぞれ三つのテーブルに分かれる。子どもたちは三つのテーブルを囲んで座っている。折り紙を最初に配ると、少し不安そうな顔を浮かべる。学生たちも、たどたどしいドイツ語で一生懸命説明する。スザンネさんがフォローしてくれたので、子どもたちは自分たちが何をするのかを分かってくれた。カエル、魚、鶴など、いろいろな折り紙にチャレンジしていた。最後、男の子たちに飛行機を作らせると、男の子たちのテンションがあがって、暴れ回っていた。そうそう、面白かったのは、カエルを作ったときに、僕が間違えて、springen(跳ねる)じゃなくて、fliegen(飛ぶ)と言ってしまった。そうしたら、子どもたちは、飛ぶカエルだと思ったらしく、一生懸命、カエルを飛ばせていた。僕は言い間違いをした。けれど、子どもたちはその言い間違えた言葉を独自に理解して、それを遊びに転用させていた。その後、springenといいかえると、その遊びは終結して、普通の跳ねるカエルとして遊んでいた。なんか、不思議な経験だった。一つは、言葉はしっかり正しく使わなければダメだなと。それから、もう一つは、どんな言葉であっても、子どもたちは創造力を駆使して、遊びに変えてしまうんだなって。これは、海外じゃないと経験できないことだと思った。

1時間半くらい、折り紙をみんなで楽しんだ。言葉は通じなくても、折り紙を通じて、子どもたちと関われたというのは、学生たちにとってもよいことだったのでは? 言葉が通じずに悔やむ学生もいれば、言葉を超えて関われた喜びを感じる学生もいた。そのあと、子どもたちから歌の贈り物。先生は、やはりドイツ・スイスと同様、ピアノではなく、ギターを弾いて、子どもに歌を歌わせていた。日本のピアノ主義っていったい何なんだろう。ギターの方が子どもと向き合えていいのに。僕はギターがいいなぁ。幼稚園の先生みんな、ギターを覚えればいいのに。手軽だし、子どもたちにとってはどっちでもいい。歌えればいいんだもん。ピアノじゃなきゃだめな理由が僕には分からない。

無事、幼稚園実習?交流活動を終えて、僕も一安心。よかった。学生たちもすごい頑張ってくれました。スザンネさんも、「面白い時間が過ごせたわね」と言ってくれました。園長先生も「またいらっしゃいね」、と。

そのあと、スザンネさんとサヨナラをしてから、みんなで街に出かけた。3泊するウィーンの2日目。次の日は朝早くにザルツカンマーグートに行くので、実質、この日が最後のウィーン生活。ちょっと不安もあったけど、学生たちに自由時間を与えた。好きにやってくれ、と。うちの学生、僕の学生だから、集団行動は極力抑えないと、あとで暴動が起こりそう(爆)。で、市内でみんなとお別れ。みんな、しっかりホテルに戻ってきてくれよ。一応、43番のS-BAHNにのれば、ホテルに帰れるということを強調して、お別れした。門限は10時。それまでは自由にウィーンを満喫してくれ、と。僕は僕でラーメン巡りでもしようか、と…

だが、そこから、僕の悲劇は始まった。

学生と別れてから、僕は一人で予めチェックしていたラーメン店に向かった。HITOMIというお店だ。日本料理のカジュアルなお店で、是非行きたいと思っていた。HITOMIは、Plater公園の手前にあるお店。U-Bahnの駅のすぐ上にあった。各種ラーメンが用意されていた。SUSHIがメインっぽいけど、それはどうでもいい。おススメは、自家製、オリジナルのNoodle Soup with Crispy Duck(Nudelsuppe mit Knusprige Ente)だ。他に、Yase Ramenなるものもあった。Yaseって何だ?と思って、店員さんに尋ねると、なんと「Yasai Ramen」の誤字だった(爆)。それを堂々とネットでも公開しているんだから、少し笑える。オリジナルのNoodle Soupは、ジャンキーな北京ダックがのった豪華な肉ラーメンだった。これだけ肉がのって、8.50ユーロって安くない?! びっくり。野菜もいっぱい入ってました。スープは、醤油っぽいベースのあっさりとした野菜と鶏のスープ。欧州の中ではかなりいい方のスープじゃないかな。ま、比較的に美味しいっていう感じだけど。麺は固めに注文したけど、それでもやわやわだった。固い麺って、こっちでは本当にないんだなぁ、と。店員さんとしばしラーメン談義をして、お店を後にした。

ちょっと疲れたので、もう一軒ラーメンを食べて、ホテルに戻ろうとしたんだけど、その途中で、悲劇は起こった。場所は、U-Bahnとリンクが連結するSchwedenplatz。地下から地上に上がって、リンクに乗り換える時だった。ちょっと急ぎ足で、リンクの線路を横切って、ホームに行こうとしたとき、足を滑らせて、リンクの線路に足をひっかけて、思い切り足をひねらせてしまった。そして、その瞬間に、激しい痛みが襲った。ばきっという音も(心理的に)聴こえた。これまで経験したことがないくらいの激痛だった。転倒して、そのまま線路に倒れてしまった。線路の上で転倒して倒れるなんて。しかも、少し遠くに路面電車が走っていて、こっちに近づいてくる。マジで笑えない。激痛に耐えながら、なんとかホームに辿りついた。激痛は止まらない。叫びたい気持ちを押さえて、ひたすら耐えた。で、とにかく寒いし、痛いから、リンクに乗り込んだ。痛みは若干引いたけど、その後すぐに悪寒がするようになった。恐ろしいほどの震えが、痛みの後に、僕を襲った。死ぬほど痛いし、凍えるほどに寒い。これはまずいと思って、ラーメンを断念して、ホテルに戻った。悪寒が止まらない。やばいくらいに震える。最初、痛みのショックで風邪でも引いたのかなと思って、風邪薬を飲んだ。で、寝れば治るかなと思ったら、少し寝ても、全然悪寒が止まらない。鈍い痛みが続く。

夕方、部長のS谷と明日の特急の時間・場所の確認と座席予約に行く予定だったので、それには行かねばならぬ。震えに耐えながら、駅方面に向かった。が、悪寒は止まらない。で、なんとか耐えて、頑張ろうと思ったがダメだった。S谷とちょっと喫茶店で休んだんだけど、痛みと悪寒は止まらない。そのことを知ると、S谷曰く、「それって、骨折の症状に似てませんか。病院に行った方がいいです」、と。なぬ?! Nanu?! 骨折?!?! 僕はこれまで骨折なんぞしたことはない。骨折と悪寒が関連しているなんて、知らなかった。かなり不安になった。「今回ばかりは、本当にやばいかも…」。

で、喫茶店の店員さんに病院を調べてもらった。時間が時間だけに、外科のある救急病院がいいということになって、見つけてもらったのが、Unfallkrankenhaus(救急病院)だった。市内からそれほど離れてない。そこがいい、ということになって、病院に行った。もちろんタクシーで。これでもし骨折だったら、どうなるんだ? 骨折になったら、明日、ハルシュタットに行けないではないか! せっかくの四つ星ホテルなのに、どうするんだ?! どんどん不安が増していく。旅が台無しになる。不安はマックスにまで達した。

病院に着いた。ドイツで初めての通院。痛みと悪寒に苦しみながらも、かなり楽しみ。学生にあれだけ「事故や盗難に気をつけろよ!」といいながら、自分がけがで病院に運ばれるなんて、、、(汗)。

で、医師に診てもらった。ドイツ語か英語かどっちがいい?って聞かれた。もちろんドイツ語で問診してもらった。骨折かどうかを確かめてもらった。車いすでレントゲン室に向かった。まさか車いすにまで乗るとは… で、レントゲンを撮ってもらい、その結果、無事骨折ではなかったみたいで、一安心。よかった。僕があまりに喜ぶから、医師も看護師も大笑い。ちなみに、看護師さん、みんなベッドに座ってました。なんて、ラフなんだ。病院でも、みんなラフに働いていた。びっくり。医師には、「よかったね。骨折じゃないよ。ほら、写真をみて。丈夫で頑丈な骨をしている。いい骨をもってよかったね」と言われた。「でも、油断しちゃだめだよ。とにかく足を冷すこと。冷すことだよ。いい?!」と。痛み止めの薬をもらって、病院を後にしました。何事もなくてよかった。でも、足も限界だったので、タクシーで帰りました。10ユーロくらいで帰れました。

学生のみんなには心配をかけました。本当にごめんなさい。でも、いい経験になりました。一生忘れられない思い出になりそうです。みんな、とっても心配してくれていました。先生、嬉しかったわ。

で、その夜は、大人しく寝ました。明日は、ウィーンを後にして、いざザルツカンマーグートへ!! 旅も最終章へと向かいます。

名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「あてどなき日々(日記)」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事