三年ほど前の…
2017年3月21日の記事です。
僕がコンスタンツに留学していた頃に読んでいた「SÜDKURIER」のネット記事で、赤ちゃんポストの記事がありまして、いつか訳そうと思いつつ、三年の月日が流れ…
SÜDKURIERの記事となれば、もう、翻訳するのみ!。
SÜDKURERは、赤ちゃんポストをどう語っていたのか!?!?
なお、この「聖フランシスコの家」の赤ちゃんポストは2020年でちょうど10周年を迎えました!
Kleine Klappe - viel dahinter
: Schwenninger Babyklappe hat sich bewährt
小さなポスト―多くのことが背後に
:それを証明したシュヴェニンゲンの赤ちゃんポスト
Die Babyklappe von Joachim Spitz am Franziskusheim in Schwenningen hat sich seit sieben Jahren bewährt. Sein größtes Anliegen noch heute: Mütter, sagt er, die ihr Kind in die Klappe legen, haben keine polizeilichen Ermittlungen zu fürchten.
ユーハイム・シュピッツによって創られたシュヴェニンゲンの「聖フランシスコの家」にある赤ちゃんポストは、7年前からその有効性を証明し続けている。今もなお、シュピッツの強い関心は、彼によれば、「自身の子を赤ちゃんポストに預ける母親たちは、警察の介入を恐れる必要はない」ということだ。
Zwischen Rotweinkisten und Kartoffelbreifertigmischungen steht in dem kleinen Lagerraum im hinteren Teil des Franziskusheims in Schwenningen eine Art Holzschrank, etwa einen Meter breit und 1,55 Meter hoch. Im Inneren steht ein Kinderbett, frisch bezogen, seit zwei Jahren unbenutzt. "Unspektakulär", sagt Joachim Spitz, Leiter der Pro-Kids-Stiftung, als er die Holztür öffnet. "Aber bis ins Detail durchdacht."
シュヴェニンゲンの聖フランシスコの家の裏手の小さな物置小屋の中の赤ワインの箱とマッシュポテト製造機の間に、木箱のようなものが置いてあった。横1メートル、縦1,55メートルほどだった。その中に、子ども用ベッドがあり、綺麗にされていた。この二年で、一度も使われていない。「華々しくはないけれど…」と、木の扉を開きながら、プロ・キッズ基金(Pro-Kids-Stiftung)の代表ユーハイム・シュピッツ氏は言う。「でも、細部までよく考え抜かれています」。
Seit 2010 gibt es die Babyklappe. 2012 wurde das erste Neugeborene abgegeben, 2013 das zweite. Beide landeten, nachdem Großalarm ausgelöst worden war, die Schwestern sowohl den Rettungsdienst alarmiert als auch das Baby erstversorgt hatten, bei Matthias Henschen auf der Kinderintensivstation im Schwarzwald-Baar-Klinikum. "Da es sich glücklicherweise um keine Notfälle gehandelt hat, mussten keine großen Vorbereitungen getroffen werden", sagt Henschen.
2010年から赤ちゃんポストがある。2012年、最初の赤ちゃんが預けられ、2013年に、2人目の赤ちゃんが預けられた。2人とも、預け入れられて、アラームが作動した後、救急チームに通知され、またすぐに、シュヴァルツバルト・バール・クリニックの子ども集中治療室のマティアス・ヘンシェン氏の下で最初の診断が行われた。「幸いなことに、緊急の処置などが要らなかったので、大掛かりな準備などは何も必要ではありませんでした」、とヘンシェン氏は言う。
"Ein Arzt und eine Schwester aus unserer Klinik haben das Kind mit dem Transportinkubator abgeholt und zu uns gebracht." Nach drei beziehungsweise vier Tagen konnten die Kinder an ihre Pflegefamilie übergeben werden. Kurz danach wurden beide Kinder, ein Mädchen, ein Junge, adoptiert. Was mit den Kindern passiert? "Ich möchte es nicht wissen", sagt Spitz. "Wichtig ist, dass sie gerettet wurden und ein ruhiges Familienleben haben."
「当院の医師と看護師が搬送用の保育器でその子を連れてきてくれました」。それぞれ3~4日後に養育家族に引き渡すことができました。その後すぐに、この双方の女の子と男の子の2人は養子に出されました。子どもたちはどうなるのでしょうか? 「知りたいとは思いません」とシュピッツ氏は言う。「大切なのは、救われて、静かな家庭生活を過ごしていることです」。
In der Regel keine Ermittlungen gegen die Mutter
原則的に母親の捜索はしない
Auf dem Bettchen mit Elefantenbezug liegt ein Brief mit einem Fragebogen. "Was machst du gern?", "Warum hast du mich hier abgelegt?", "Lebst du allein?" – Fragen, die die Mutter freiwillig beantworten kann, die beim Jugendamt verwahrt werden und die das Kind ab dem 16. Lebensjahr einsehen kann. Und, das ist Spitz sehr wichtig, gegen die Mutter werden keine Ermittlungen eingeleitet. Nur wenn das Baby tot oder schwer misshandelt ist. Ansonsten hat die Mutter nichts zu befürchten.
像柄のカバーのベッドの上には、アンケート付きの手紙が置いてある。「何をするのが好きですか?」、「なぜ私をここに預けたのですか?」、「一人で暮らしていますか?」といった母親が任意で(自由に)答えられる質問は、児童相談所に保管され、子どもが16歳になると、それを閲覧することができる。そして、シュピッツ氏にとって非常に重要なことは、母親の捜索はしないということだ。捜索は、赤ちゃんが死亡していた場合と重度の虐待を受けている場合に限る。さもなければ、母親は何も恐れる必要はない。
An der Holztür hängt ein Zettel, darauf steht in Form eines Organigramms, was zu tun ist, wenn ein Baby durch die Klappe auf das Bettchen gelegt wurde. Ein kleiner Heizkörper sorgt für Wärme, ein Feuermelder und eine Kamera, die nur das Baby, nicht die Mutter aufzeichnet, sorgen für Sicherheit. Außen steht: "Die Klappe ist nur einmal zu öffnen." Das Franziskusheim, für Spitz perfekt. Anonym, da es in keinem Wohngebiet liegt und dennoch sowohl zu Fuß als auch mit dem Auto gut erreichbar. Die nächsten Babyklappen sind in Freiburg, Singen und Ulm. Was ihm nach sieben Jahren auch noch am Herzen liegt: Dank. "Das Team um Heimleiter Lothar Schropp leistet vorbildliche Arbeit und hat mich immer unterstützt."
木製の扉には、赤ちゃんがこの扉越しにベッドに置かれたときに何をするかについての組織図(オルガニグラム)のようなものが記されたメモがかけられている。小さなラジエーターがベッドを温め、火災報知器と母親ではなく赤ちゃんだけに向けられたカメラが安全を確保している。外側には、「この扉(クラッペ)は、一度しか開けません」と書いてある。 この聖フランシスコの家は、スピッツ氏にとってパーフェクトだ。住宅街ではないのに、徒歩でも車でもアクセスしやすい場所にあるので、匿名性も守れる。次の赤ちゃんポストは、フライブルク、ジンゲン、ウルムだ。[創設から]7年経った今でも心にあるのは、感謝の気持ちだ。「家の代表のローター・シュロップ率いるこのチームは模範的な仕事をしてくれて、いつも私をサポートしてくれています」。
Das Dilemma einer lebensrettenden Einrichtung, Spitz formuliert es so: "Wenn es gebraucht wird, möchte ich, dass es genutzt wird, hoffe aber, dass es so wenig gebraucht wird wie möglich.
生命を保護するこの施設のジレンマをスピッツは次のように定式化する。「必要であるなら使ってほしいと思いますが、しかし、可能な限り使われないことを願っています」、と。
「必要であるならば使ってほしいが、可能な限り使われないことを願う」。
これは、慈恵病院の蓮田先生も仰っていたことでした。
この記事では、これを「赤ちゃんポストのジレンマ」と呼んでいます。
多分、単純に「いいか悪いか」で言えば、赤ちゃんポストは「いい」とは言えないものだと思います。けれど、置き去りにされたり殺されたりする赤ちゃんや追いつめられた母親のことを本当に助けたいならば、これを使ってもらうしかない。放置しておくと死んでしまう場所に置き去るか、それとも、ほぼ100%安全な赤ちゃんポストに置き去るか。そう考えると、後者の方が「マシ」です。(中国の赤ちゃんポストは「安全島」と呼んでいました)
シュピッツさんが言っている「赤ちゃんたちがどうなるのかについては、知りたいと思わない」という言葉の奥には、「私たちができるのはここまでです」という自らの引く境界線なんだと思います。
赤ちゃんポストは「万能薬」でも「特効薬」でもないんですよね。きっと。
前々から言われているように、「最終手段」なんです。だから、使わないに越したことはない。けれど、今なお、「児童遺棄」「嬰児殺し」「児童虐待」が起こり続けている以上、子どもの命を守る最終手段として、やっぱり必要なんだろうと思います。
シュピッツさんの「大切なのは、救われて、静かな家庭生活を過ごしていることです」という言葉も大事だと心から思います。retten(救済する、救助する)という言葉からも、その緊急性がうかがえます。ひとまず生命の安全を保障し、そして、どういうかたちであれ、「静かな家庭生活を過ごせること」を願っています。
僕も、それを願っています。どんな赤ちゃんでも、みんな、静かに、安全に、家庭での生活を送れることこそ、一番「人間形成」にとっても大事だと思うからです。これこそ、「教育のための条件」だと思うんです。
世の中は、不平等ですし、フェアではありませんし、機会も均等じゃないですし、経済的格差も半端ないです。でも、だからこそ、産まれた時くらい、幼い乳幼児期くらい、全員の赤ちゃんが「愛情のある家庭で、静かに家族生活を過ごすこと」を目指したいんです。
0歳児の時に、世界のすべてに対する「基本的信頼」あるいは「基本的不信」を学習するとも言われています(それが本当に本当なのかは少しあやしいですが…)。
世界に対する信頼や、世界に対する関心さえあれば、なんとか生きていけると僕は思います。
逆に、世界に対する不信や、世界に対する無関心は、後の人生に大きな傷跡を残すものになるとも思います。
いずれにしても、死んでしまえば、全て終わりです。赤ちゃんには、未来しかありません。その一人の赤ちゃんが、この世界を創っていく主体になるんです。なる可能性を秘めているんです。
いつかシュピッツさんとも出会いたいなぁ…。
いいえ、そう遠くない未来に出会いたいと思います!