世の中には、数え切れないほどのアーチストがいる。そして、いた。
出てきては消えていく音楽業界。残ったアーチストはたしかに素晴らしいが、消えていったからといって、そのアーチストがダメだったというわけではない。すばらしい力を持ちつつも、巨大な資本が動く音楽業界の中で沈んでいったアーチストはたくさんいる。「名もなきアーチスト」に思いを馳せてみるのも悪くないかもしれない。
「名前やバンド名じゃなくて、アルバムのクオリティーだけで一枚選べ」、と言われたら、みんなは何を選ぶんだろう?
僕は、宮本英治さんというアーチストの「氷華」(1992年リリース)というアルバムを迷うことなく選ぶだろう。この人のことはほとんど知らない。どういう経緯でデビューしたのか、そして、その後どうなったのか。どんな人なのか。何にも知らない。宮本英治を知っている人ってどれほどいるのだろう?
でも、多分、幾つかのフェイバリット・バンドの音源をのぞけば、きっとこのアルバムこそ、僕の人生の中で一番聴いたアルバムかもしれない。僕の趣味そのものといってもいいくらいのアルバムだった。
このアルバムの制作にかかわった人を見たら、とんでもないアルバムだということが分かるだろう。編曲は、おなじみの吉田健さんと、元ムーンライダーズのギタリストで、沢田研二や近藤真彦などのアレンジを手がける白井良明さん。ギターは白井さんとルースターズの下山淳さん! そして、ドラムがDEAD ENDの(僕の大好きなドラマーの)湊さん! で、一曲だけ、YOUもギターで参加している。
そんなわけで、演奏的にはものすごいことになっている。今聴いても、これ以上のV系サウンドはねーだろ?!と思うくらいに、徹底された演奏を誇っている。Please Kill Meなんて、今の現役バンドマンでもおったまげると思うんだけど。
だが、それだけだったら、僕の心を支配するほどのアルバムにはならない。なんといっても、「宮本英治」というアーチストそのものの魅力こそが、このアルバムの最大のポイントなのだ。
一曲(Special Eyes X-Ray)のぞいて、全部の作詞作曲が彼自身によるもの。彼の曲と詩、どちらも本当に素晴らしかった。どの曲もシングルカットできるほどのクオリティーを持っている。しかも、曲の世界観がすべてにおいて統一されている。冷たさと切なさと激しさと悲しさ、そういった人間の負の感情にうったえかけるエモーショナルな曲がずらりとならんでいるのだ。
I LOVE YOUのようなビートのきいた極上ポップソングもあれば、SILENT BELLのような、もうどうしようもないような悲しみに溢れた曲もある。
01: BYE BYE MYSTIC LADY
02: LONDON CALL
03: I LOVE YOU
04: Special Eyes X-Ray
05: 祈
06: 彩づけ
07: Please Kill Me
08: SILENT BELL
09: 氷華
もし今の音楽に飽き足らず、もっとディープでダークで、それでいてカッコイイ音楽が聴きたいという欲張りな方には、是非聴いてもらいたいと思う。ボウイや氷室や吉川や藤崎が好きな人なら気に入ると思う。また、TUSKやKYOが好きな人ならきっと気に入ってくれると思う。