Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

梅原“PAUL”達也さん(44MAGNUM)から福祉を学ぶ 

伝説のヘビーメタルバンド、44マグナムのボーカルである梅原さんは、自身がパーキンソン病であることをカミングアウトした。 そのことについて、今月発売された『ロッキンf』の紙面で、赤裸々に語っている。

この記事は、とても彼の内面に迫っていて、また、今に至るまでの激しい葛藤や困惑や戸惑いについても、すごく深いところで語っているように思う。

僕は、「社会福祉」の講義で、この梅原さんの記事を取り上げることにした(今からやってみる)。福祉の根源には、「生活がことなく動く」という意味がある。当たり前の生活が機能しなくなる状態に手を差し伸べることが、広範囲での「福祉」の意味である。ホームレス、ストリートチルドレン、障害児(者)(とその家族)、高齢者など福祉の対象となる人は、やはり、これまでの生活を生きられなくなることによって、厳しい状況に置かれているのである。

しかし、こうした現象は、誰の身にも襲い掛かってくるものである。いつ、どんなときに、自分の生活が機能しなくなるか、そういう不安は誰にとっても問題であるし、すべての人がそうした可能性をもっているものである。僕は、他人事として、福祉を対象的に教えたくない。常に、「自分の問題」として、福祉を教えたいと思っている。福祉の問題は、人がどう生きるのか、という問題と強く結びつきあっている。このことを自覚することなくして、福祉の学びは成立しない、と僕は考えている。 梅原さんは、まさに、そうした「青天の霹靂」というか、福祉の根本にある「不条理性」を見事に語ってくれている。

なぜ、俺が?!殺人のような罪を犯したわけでもないのに。世の中にはもっとヒドい連中がのうのうと生きているのに・・・(p.62)

すごくロックな感じ方だなぁと思った。でも、こういう感覚って、福祉の世界では、むしろ自然な感じでもある。「なぜ他人ではなく自分が・・・」という苦しみ。突然の出来事による日常生活の破綻、世界のすべてが色褪せていき、行き場を失う自分自身に失望する。梅原さんは、この難病を自覚する前に、軽い症状に侵されていた。そして、歩くこと、移動することもままならなくなっていく。

坂を上っている時に、つんのめるような感じがして、だんだん足取りが速くなっていくんです。早足から駆け足になって、最後には前のめりに転んでしまったんですよ。坂を降りている時なら、勢いがついて速くなるのもわかるけれど、坂を上っている時だったから、すごく不思議でしたね」(同)

坂を登っている時に、どんどん早足になっていくことの不思議さ、奇妙さ、不自然さ、こうした何気ない変化こそ、「生活がノーマルにまわらなくなる(wellにfareしない)」ということの現象的な意味であろう。福祉を学ぶ時、「どう援助したらよいか」ということの前に、いったいどのような事態が対象となる人に生じているのか、ということに気を向けるようにしたい。福祉は、単なる援助マニュアルではないはずだ。むしろ、梅原さんの生き生きとした記述から、「日常生活がそれなりに機能している状態が、どのような状態に変わっていくのか」を読み取ることの方が、より生きた福祉の理解につながるように思うのである。

さて、こうした状況の変化がじわじわ梅原さんの日常に侵食し始める。危機感を抱いた梅原さんは、病院に通いはじめるが、特定の原因がはっきり分からない。「日常生活はうまく機能しない、でも、どこも悪くない」。これがどれほど辛いことか、それなりの日常生活を過ごしている健常の者には分かる余地もない。

精神的にはボロボロですよ。何もやる気もないし、たまに友達に会うくらいで、ライブをやるわけでも、歌を歌うわけでもなく。なんか死人になっていた(同)

この彼の言う「ボロボロ」とはどれほどのことだろう。自分に一体何が起こっているのか分からない不安、そして、確実に生じている体の機能の低下、徐々に迫ってくる日常生活の乱れ。こうしたボロボロさは、たとえ友達がいても、解消されることはない。まさに「死人」になるしかないような状態に置かれていたのである。

ただ、彼には、幸いにも、友達がいた。その友人がバンドつながりの友人なのか、プライベートの友人なのかは分からないが、兎にも角にも、彼には友人がいた。彼は、その後、自分が、難病指定されている「パーキンソン病」であることに気づくが、どうしていいのか分からなくなり、どうしようもない状況に立たされることになる。しかし、そんなときに、救いとなったのが、やはり「友達」だった、と梅原さんは言う。

いろいろと悩みに悩んで、初めて友人に相談して。それまでは一緒にやっていたバンドのメンバーにも、パーキンソン病にかかっていることが言えなくて。でも、友人に相談した時に、ちょっとだけ安心したんです。病気が軽くなるわけでもないけれど、気持ちが軽くなった(pp62-63)

この言葉を聴いて僕は、メアリーリッチモンドと鷲田清一の言葉を思い浮かべた。一つは、「施しではなく友人を」という言葉であり、もう一つは、「聴くことの力」という言葉だ。

つづく

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