背寒日誌

2024年10月末より再開。日々感じたこと、観たこと、聴いたもの、読んだことなどについて気ままに書いていきます。

ヴィヴィアン・リー

2005年10月09日 09時09分38秒 | アメリカ映画
 ヴィヴィアン・リーは37歳にしてすでに老いていた。あえて言えば、老醜をさらしていた。テネシー・ウイリアムズ原作の「欲望という名の電車」で主役ブランチを演じたとき、彼女はまだ37歳だった。私はヴィヴィアン・リーという女優をこの映画で初めて見て、若作りはしているがきっと50歳を超えていると思った。高校生の頃、渋谷の名画座で見たのだが、あの「風と共に去りぬ」や「哀愁」よりも先に「欲望という名の電車」の凄惨な彼女を見てしまったのだ。それがいけなかったのかもしれない。ヴィヴィアン・リーというとブランチ役のイメージが今も頭から離れない。老いてなお若い頃の美しい思い出に浸る気のふれた老女優がブランチだった。共演は若かりしマーロン・ブランドで、デリカシーのない野性的な義弟役を演じていた。彼が妻の姉ブランチをこれでもかと侮辱し凌辱するのだ。そしてこの女の過去のさがが暴かれていく。
 聞くところによるとヴィヴィアン・リーはこのブランチ役に異常なほど執着したらしい。夫のローレンス・オリヴィエによる演出でイギリスの舞台でも演じていたほどで、映画化に際しても、他の女優を押しのけてブランチ役を射止めたのだという。ヴィヴィアン・リーのブランチは鬼気迫る演技だった。今思うと、役者魂から37歳という若さでわざと老け役をやっていたのかもしれない。しかし、ヴィヴィアン・リーの伝記を読むと、もうこの頃には肉体的にも精神的にもずたずただった。病弱のうえ、極度のノイローゼにも罹っていたという。
 「哀愁」という映画が私は好きだ。いや、好きというより、胸が痛んで二度と見られないほど愛着が残っている映画である。「哀愁」は、第一次大戦下のロンドンを舞台に将校とバレリーナの悲恋を描いた作品だった。ヴィヴィアン・リーの相手役は世紀の美男俳優と呼ばれたロバート・テイラーだった。この映画には名場面が数多くあるが、なかでも心臓が高鳴って止まらないほど感銘を受けたシーンがある。ヴィヴィアン・リーが鉄道の駅で戦死したとばかり思っていた彼を見かけるシーンである。この映画のヒロインは本当にせつなくて可哀想なのだ。私はどうしてもヴィヴィアン・リーの実人生になぞらえて彼女を見てしまうのだが、大恋愛と別離があって、彼の帰還を心待ちにしていたヒロインが突然絶望の淵に突き落とされる。彼が戦死したという知らせが届いたのだ。彼女は自殺も考えるが、すぐには死ねない。生きる屍になった彼女は、ついに娼婦に身を落としてしまう。帰還兵たちの慰みものになってしまうのだ。そんなある日、駅の人ごみの中で死んだと思った彼を見かけるのだ。そのときのショック。夢のような嬉しさと身を切るような恥ずかしさ、取り返すことの出来ない悔しさが、一瞬にして胸にこみ上げてくる。ヴィヴィアン・リーのあの凍りついた表情を私は忘れることができない。
 追記:残念ながら「風と共に去りぬ」に触れることができなかった。スカーレット・オハラのヴィヴィアン・リーについてはまた回を改めて書いてみたい。
<欲望という名の電車&哀愁>
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高嶺の花、リズ・テーラー

2005年10月08日 14時58分06秒 | アメリカ映画
 オードリー・ヘップバーンは死んだ今でも人気の衰えない女優だが、同時代にオードリーと人気を二分したエリザベス・テーラーの方はすでに忘れ去られようとしている。エリザベスの愛称リズはこの女優のためにあったと言えるほど有名な女優だった。ハリウッドでの経歴はオードリーよりはるかに長く、戦前から子役として活躍していた。名犬ラッシーが出てくる「家路」という映画では十歳のリズが主演だった。十代後半のリズが出演している映画には、「若草物語」と「花嫁の父」がある。前者はカラー映画で、後者は白黒映画だったが、どちらを見てもこの世にこんな美少女がいるのかと目を疑うほどの魅惑をリズは振りまいていた。「花嫁の父」は近年「花嫁のパパ」という題名でリメイクされたが、旧作では父親役が名優スペンサー・トレーシー、花嫁役がリズだった。この二人の共演が素晴らしい。
 私が初めてリズ・テーラーを見たのは「クレオパトラ」だった。この映画でリズは、美貌に加え、すでに風格といったものを備えていた。当時(40年ほど前)私はヘップバーンに熱を上げていたので、リズにはあまり関心がなかった。ただ、アメリカではヘップバーンよりリズ・テーラーの方が圧倒的に人気があることは聞き知っていた。日本ではまったく逆だった。リズはこの頃、「クレオパトラ」で共演したリチャード・バートンと五度目か六度目の結婚をしたばかりだったと思う。リズと言えば、恋多き多情な女で、スキャンダルの絶えない女優だった。男を獲って食べてしまうような恐ろしさがあった。だから多くの日本人がリズを敬遠したのだろう。その後、リズは演技派に転じ、「じゃじゃ馬ならし」や「ヴァージニアウルフなんかこわくない」ですさまじい女ぶりを演じるが、女優として玄人受けはするが、一般的人気は下がっていったようだ。
 リズ・テーラーを私が再認識するようになったのは、大学を出てからで、彼女がもう映画界から半ば引退してダイエットの本を書き始めた頃であった。50年代の映画を何本か見て、リズ・テーラーという女優は美しいだけでなく、セリフも演技も実にしっかりしていると感心してしまった。リズはもともとイギリス人で、話し方にブリティッシュ特有のアクセントがある。そして、匂わんばかりの色気と知的な気品がアンバランスに融合しているところに魅力がある。
 「陽のあたる場所」と「ジャイアンツ」はそうしたリズの魅力が活かされた作品だ。「陽のあたる場所」は、貧乏青年のモンゴメリー・クリフトが良家の令嬢リズに恋するあまり、身ごもった冴えない恋人を湖に突き落とし殺してしまう話だが、暗くて悲しい社会派ドラマだった。「ジャイアンツ」では、あの屈折したジェームス・ディーンが憧れる金持ちの若妻役をリズは演じている。慕う男に気がありそうなそぶりをして、男の気持ちを引き裂いてしまう美しい女。男にとってこれほどタチの悪い女はいない。遠くから眺めることはできるが決して得られない高嶺の花、リズはこうした女を見事に演じていた。
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緒形拳のファンより

2005年10月08日 10時01分47秒 | 日本映画
 日本人の男優では誰よりも緒形拳が好きだ。一時期彼の出演する映画ばかり見ていた。緒形拳ほど役柄に成りきってその人物の個性を際立たせることができる俳優はいないと思う。役の幅も広い。冷酷非情な殺人犯、愛人の尻に敷かれる中年男、女を売り買いする女衒、マグロ漁業に命をかける漁師、無頼派の作家、時代劇の必殺仕掛け人などがざっと思い浮かぶが、どの役ももはまり役だったと思う。いや、どの役も緒形拳でなければ演じられなかった、とまで思うわけだ。こうした俳優はそうは居ない。今生きている日本人の男優では彼以外に見当たらない。
 彼の主演した映画に駄作はない。と言うより、彼が主演したから映画が駄作にならないのだ。そう思う。映画が良くなるか悪くなるかは、監督の力も大きいが、俳優の魅力によるところも大きい。監督と俳優のコラボレーションで映画は完成するものだが、名監督に名俳優あり、名俳優に名監督あり、といった関係なのだ。緒形拳の主演した映画に限って言えば、今村昌平の「復讐するは我にあり」、野村芳太郎の「鬼畜」、相米慎二の「魚影の群れ」、深作欣ニの「火宅の人」、五社英雄の「薄化粧」などは、どれも傑作である。
 緒形拳は女優とのからみもうまい。もちろん、ラブシーンだけではない。上に挙げた作品では、それぞれ、小川真由美、岩下志麻、夏目雅子、原田美枝子、藤真利子たちと共演しているが、ベテランであろうと若手であろうと、女優の個性を引き出す彼の手腕も大したものだ。たとえば、「火宅の人」で彼は作家の壇一雄を演じているが、若い女編集者の原田美枝子と愛人関係を結ぶ。この二人のアツアツぶりが最高にいい。新進の原田美枝子の大胆な演技が素晴らしく、なんと魅力的な女優が現れたのだろうと私は目を見張った。こんな愛人がいたらいいのにと心底思ったほどだ。原田美枝子の代表作は「火宅の人」に尽きる。彼女はこの愛人役を越えることが出来ないまま、低迷していると思う。「薄化粧」の藤真利子も良かった。彼女の代表作も残念ながらこの一作だけかもしれない。
 緒形拳は若い頃、新国劇の期待の星で、舞台で時代物の立ち回りをやっていた。私はその頃の彼の舞台を見たことはない。彼が一躍脚光を浴びたのは、NHKのテレビドラマ「太閤記」で主役の木下藤吉郎(秀吉)を演じたときだ。その後紆余曲折があって、中年になってから主演級の映画俳優になったのだが、その役者魂と経験をいかんなく発揮し始めたと言える。
 最近、映画で緒形拳を見かけることが少なくなったことを私はとても残念に思う。
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ジャン・ギャバン

2005年10月07日 14時57分19秒 | フランス映画
 きのうジャン・ギャバンの「現金(げんなま)に手を出すな」のビデオを久しぶりに見た。この映画を見るのは三度目だと思うが、見るたびに新たな発見が得られる。きのう見て気づいたことがある。まずこれは、いわゆるフランスのフィルム・ノワール(暗黒映画)の範疇には収まらない映画であり、監督のジャック・ベッケルが描きたかったのは、何よりも老境に差しかかった中年男の悲哀と友情だったのか、と気づいたことだ。主役のギャバンは年季の入った辣腕のギャングだが、大仕事の後そろそろ引退を考えている。彼には昔からの頼りない相棒(ルネ・ダリー)がいて、ギャバンがずっと世話を焼いてきた親友なのだが、年甲斐もなく若い踊り子(駆け出しのジャンヌ・モローが演じている)にうつつを抜かしている。二人とも妻子がおらず、暖かい家庭のない寂しい中年ギャングなのだが、この二人の心の交流が実に細かくうまく描けていた。ギャバンが隠れ家に連れて来た相棒を諭した後、二人で寂しく就寝するシーンはこの映画の見せ場だった。えっ、こんなシーンがあったんだ!という感じなのだ。ギャバンが相棒のためにパジャマやタオルや歯ブラシを女房のように揃えてやるところが特に印象的だった。
 ジャック・ベッケルといえば、あの「モンパルナスの灯」を作った監督で、日本ではそれほど評価が高くない。フランス映画と言うと、戦前派のクレール、ルノワール、デュヴィヴィエ、カルネなどの巨匠がいて、戦後はゴダール、トリュフォー、マル、レネといったヌーベル・バーグの監督たちに目を奪われがちになる。が、戦前派とヌーベル・バーグの間にも優れた作品を撮った映画監督はたくさんいた。ジャック・べッケルはそのうちの一人だ。私はジャン・ギャバンやジェラール・フィリップが好きなので、埋もれかけたヌーベル・バーグ以前の監督たちの映画も見ることが多い。50年代から60年代初めにかけてのギャバンは最高だった。戦前の「望郷」や「大いなる幻影」や「我等の仲間」の若いギャバンもいいが、アンリ・ヴェルヌイユの「ヘッドライト」「地下室のメロディ」、そしてデュヴィヴィエの「殺意の瞬間」などに主演した中年ギャバンの魅力は、本当に味わい深いと思っている。
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薄幸のジェニファー・ジョーンズ

2005年10月06日 22時22分48秒 | アメリカ映画
 ジェニファー・ジョンーズは、地味でいかにも幸の薄い感じのハリウッド女優だった。代表作の「慕情」と「終着駅」は、どちらも悲恋を描いたドラマチックな作品で、彼女にはこのヒロインのイメージが付きまとっているのかもしれない。そしてもしこの二作がなければ、彼女はとっくに忘れ去られた存在になっていたにちがいない。
 ジェニファー・ジョーンズは決して美人ではなかった。グラマラスで性的魅力のある女優でもなかった。しかし、何ともいえぬ不思議な魅力があった。それは、苦労した女のいぶし銀のような輝き、とでも言おうか。彼女は賢そうで貞淑な雰囲気があった。確か彼女にはインディアンの血が混ざっていると聞いたことがある。「慕情」では中国系の女性役を演じていたが、小柄で顔立ちもどことなく東洋人的なところがあった。彼女みたいにチャイナ・ドレスが似合うアメリカ人もそうザラにはいないと思うのだ。そんな点も彼女が特に日本人に好まれた大きな理由の一つだったのだろう。逆に、こうした異国情緒を漂わせた一見とっつきにくい女優がアメリカでは人気を得られなかったのも納得がいくように思える。アメリカではやはりマリリン・モンローやシャーリー・マクレーンのような開放的な明るさが好まれる。誘えばついて来る女、押せばすぐに落ちるような女がアメリカ人好みなのだろう。
 「終着駅」は暗く悲しい白黒映画だった。ジェニファー・ジョーンズは旅行中に若い男と恋に落ちた人妻役を演じているが、これはまさにうってつけの役だった。場所はローマ駅。男と別れる決意をして、帰途の旅につこうとする女。引きとめようと駅まで追ってくる男。この男を若きモンゴメリー・クリフトが演じているが、彼の偏執的な演技が実にいい。男の熱意に後ろ髪を引かれる女。「終着駅」は行きずりの男女の別れを凝縮したドラマで、イタリア人の監督ビットリオ・デ・シーカの名作の一つである。
 「慕情」の後、ジェニファー・ジョンーズはヘミングウェイ原作の「武器よさらば」に主演したが、残念ながらこの映画の評判は良くなかった。(看護婦役の彼女が素晴らしかったし、良い映画だったと私は思う。)以後彼女はハリウッドで活躍の場を失ってしまう。夫(プロデューサーのセルズニック)にも先立たれ、睡眠薬と酒浸りになって、精神的にもボロボロになってしまったという。十数年後、再起してパニック映画「タワーリング・インフェルノ」に出演したが、私は見ていて、端役の彼女のあわれな姿に目を覆いたくなる思いだった。
<終着駅>
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