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64年前の少女どこに 再会願い「奇跡信じる」日系2世元米兵 カナロコ by 神奈川新聞 10月12日

2015-10-14 02:45:00 | 日記
10月12日 ネットニュース記事

米ロサンゼルス近郊に住む日系2世の元海兵隊員、ロバート和田さんが、64年前に横須賀市で出会った少女を探している。朝鮮戦争出征前の不安を和らげてくれた思い出が、85歳となった今も忘れられず、奇跡の再会への思いを募らせている。

 和田さんが少女と出会ったのは1951年5月。朝鮮戦争で釜山へ赴く途中、横須賀に寄港した最初の夜だった。

 外出先から深夜に基地へ戻ると、門前で造花を売る10歳ぐらいの少女がいた。少女を案じた和田さんは財布の中身を全て渡して花を買い上げ、日本語で「危ないから、こんな遅くに二度とここへ来てはいけない」と諭した。

 ところが数日後の深夜、また同じ少女が門の前に立っていた。和田さんは再び叱った。

 「ちょっと待って」。少女は、少し離れて集まっていた6、7人の女性の中から母親の手を引いてきた。実は「日本人に似た顔立ちで日本語を話す米兵」に礼を言うため、母親たちは翌日から待っていたという。

 「私たちはあなたが無事に自分の国に戻ることを祈っています」

 母親はそう告げた。女性たちはずっと手を振り続けてくれた。

 出征直前の不安な時だっただけに、和田さんの胸に深い感動が残った。少女から買った花は、任地まで持って行った。

 無事に帰国でき、その後は経営コンサルタントとして成功し、全米日系退役軍人会の会長を務めていた。だが64年たった今でも、思い出は鮮明だ。

 あの時の少女に会いたい-。和田さんがずっと持ち続けていた願いを、ロサンゼルス在住の日系人、クリス三宅さん(63)が聞き、仲介役を買って出た。自らのネットワークで探す一方、9月末までの約1カ月間の来日中、知人を介して神奈川新聞社にも協力を呼び掛けた。

 三宅さんは「名前も知らないし、見つかるのは奇跡だろう。だがその奇跡を信じたい。誰かが覚えていてくれれば」と、和田さんの言葉を代弁し、情報提供を求めている。





私も横須賀のベースには何回も行きました。

最近は横須賀方面の仕事も少なくなり、寂しく思っております。

その少女も現在は74歳、再会できるといいですね。




イメージ



造花売りの少女




余談

横須賀中央


スカのソールパン 中井







ポテチパン



まだ食べて無いと思う?次回は行くぜ!




横須賀名物!相模屋の自動焼き鳥



投稿の写真は全てヤフー画像です。



店頭にある焼き鳥マシーンはテイク、立ち食いで焼き鳥行列です。

私は、ビールをコンビニで買って、立ち食い立ち飲みです。



読者「せっつぁん!いい話も、また食べ物かよ!」