今日も良い青空だ。
今日は菅村のお祭りでお囃子の音がずっと風に乗って、セミの声ととも聞こえてくる。
それが何とも心地良い。
昨日は山谷から帰ってきて、一杯やりながら、アサダのことを思っていた。
ふとアサダの通夜、葬式のことを思い出していた。
天国へ旅立つ、旅支度を斎場の人に説明を受けながら、家族と一緒にしたことから思い出していた。
足袋も途中で取れないように固結びをしたりした。
一つひとつの行いや服装には意味があり、それを学ぶことが心を落ち着かせるものとなっていた。
通夜では誰が泣いていたかと父ツヨシ、母ミエコはしっかりとチェックをしていたらしい。
あとになってミエコは案外女の子が多かったと少し自慢げだったりした。
ツヨシと妹トモコもそれに同感のようで胸を張っていた。
ツヨシから、通夜の線香の番を頼まれた。
そこにその夜に残れるものたちに声を掛け、みんなで線香の番をした。
したと言うか、アサダと遊んでいた。
布団をアサダの隣に敷いて寝たり、そこでアサダの好きな歌を歌ったり、尽きることのない思い出話をしたり、アサダのおでこに「肉」って書いちゃうなんてバカなことを言ったり、お供え物をアサダが食べたらしいと言うことにして、お供え物のリンゴをかじっちゃう・・・など言って眠らずに騒いでいた。
明け方には酒もなくなり、近くのコンビニまで買いに行って、また飲んでいた。
それでも、酔わなかった。
ただアサダの身体がそこにあるまでは、何かまだアサダが遊んでくれるのではないかとずっとみんな思っていたのかもしれない。
それから、葬式だった。
その日もこんな青空だった。
何をどうその時に考えていたか、あまり良く思い出せないが、ただ自分は友達の一人ひとりの背中に手を置いて微笑む行動を取っていたと思う。
アサダのにぃーさんとしての態度を必死に演じていたのかもしれない。
自分の感覚としては、必死などではなく、自然とそう言った行動を行っていた。
火葬場に行き、アサダが姿を変えてしまった。
その壷に入ったアサダを家族は自分にアサダの自宅まで抱かせてくれた。
そこで何かが切れ、何かが繋がった。
ずっと泣いてはいなかったが、涙が出てきてどうしようもなかった。
もう言葉を話すことがまったく出来ないほど涙が出てきた。
「テツアニィ・・・、大丈夫?」そう声を掛けられても返事も出来なかった。
どうにもこうにも涙は止まらなかった。
自分の仕事を一つやり終えたと身体が感じたのか、忘れていた悲しみを思い出したのか、それは何も分からなかったが、ただただ涙が止まらなかった。
ずっと。
それから、自分が人が変わったように無口になり、その夜の飲み会もずっと泣いていた。
泣くこと、涙を止めているものは、自分にそれを投影し、もう泣かないように言い続けるものもいた。
だが、自分は誰に何を言われても、涙が勝手に流れ落ちていくばかりだった。
声を上げることなく、ただ涙は頬を濡らし続けた。
泣き疲れるまで泣いた。
姿を変えたアサダとのお別れはこうだった。
きっとあまりにもショックだったのだろう。
だが、この姿を変える儀式は死を受け容れる大切な意味を成している。
いまはその時よりも、それが良く分かる。
あれから10年経つ。
この青空も大嫌いになったときもあった。
だが、いまはこの青空のなかにアサダとの腹がよじれるほど笑った楽しい思い出も浮かぶ。
過去は決して変えられない。
だから、兄弟のように付き合い、遊び、酒を酌み交わし語り合った想い出は色褪せることなく美しい、またそれに新たな色を合わせていく、描いていく人生は素晴らしいものである。
受け容れぬことの出来ぬ過去を見詰めあたためていけば、きっとそれは人生を豊かなものにしてくれるだろう。
亡くなったものはあなたの不幸は望まず、幸せを願っている。
そして、人生は問うている。
それに答えていく意味を感じ続けたい。
さて、今日は思う存分アサダを語ろう。
笑顔が花咲くだろう。