例えばこんな【5】
嘘ではなく、ホントに新宿中央公園にはまだ行ったことがなかった。
だって、そこへ行く理由がないのだから、その必要はないだろう。
でも、一度くらいは行ってみてもいいと思っていた。
そこで、たった今、行く理由が出来たという訳だ。
新宿駅の反対側に当たるから、新宿駅を目指して歩く。
歩きながら、お互いをもう少し知る。
彼女の名は、西山圭子、同級生、白百合女子短期大学を卒業し、今は家業を継ぐ為の勉強に、渋谷にある専門学校に通っている。
そして、その実家は岩手県。
勿論、僕のことも正直に話す。
ある一点だけを除いて。
新宿駅が近づくにつれ、徐々に便意が・・・
『このままじゃヤバイかも』
「あのう、トイレに行きたくなったんだけど、ちょっと駅に寄ってもいいかな?」
「いいですよ」
西口から地下へ降りて最初のトイレを目指す。
「私も」
「うん、じゃあここで待ち合わせしよう」
かなりヤバかった。
だって、普通ならその時間帯な訳で、まあ、健康体の証でもある。
快適に事を済ませて、外に出ると、彼女はまだ出てない。
男と違って女性は色々あるのだろう。
ふと見ると、丸の内線の乗車券売り場がそこに。
僕はそこから三つ目の駅、東高円寺界隈に住んでいる。
そこで、また僕の頭に電球が点った。
東高円寺までの切符を買う。
勿論、自分の分は定期券があるから必要ない。
そう、彼女の分だ。
拒否されたら記念品にすればいい。
僕は、こうした記念品集めが趣味なんだ。
彼女が出てきた。
「ハイこれ」と、いきなり切符を彼女に手渡す。
「え?」
「予定変更!俺の部屋に行こう。ここから近いんだ」
彼女は吃驚した顔をしている。
「でも・・・」
「もう切符買っちゃったし」
「なんか完全にあなたのペースに巻き込まれてない?私」
「たまにはそういうのも面白いでしょ?!」
「仕方ないなあ」という彼女の言葉と同時に僕は彼女の手を引いていた。
通勤ラッシュにはもう少し時間がある車内は空いてはいたが、話すには大きな声を出さねばならず、僕たちは扉の近くで彼女を手摺り側に、僕がそれを守るような位置関係で、黙って立っていた。
お互いが外を見る形になっている。
丸の内線は地下鉄だから、扉が鏡になる。
僕たちは、鏡を通して時々見つめ合った。
でも、それも長くは続かない。
実は、僕はその頃になってようやくドキドキし始めたんだ。
多分、それは彼女に伝わってるだろうし、勿論、彼女のドキドキも伝わってきた。
そうなんだ。
僕たちはまだ出会ったばかりで、猫の【地下鉄にのって】の歌詞に出てくるような関係までには、もう少し時間が必要だったんだ・・・
猫 地下鉄にのって
【例えばこんな】全体像その1
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