1979年12月の或る日、ちゃんと別れたつもりのケイから久しぶりの手紙が届いた。
もうそんなことは期待してなかった俊輔は、暫くその封書を眺めた後、やおら挟みで開封する。
今頃ごめんなさい。
でも、シュンにしかこの正直な気持ちは打ち明けられない。
だから、こんな形を取った。
これは、反則だと思う。
でも、自分の気持ちを止められなかった、ごめんなさい。
実は私、少し先で手術を受けることになったの。
それが、途轍もなく怖い・・・
そう書いてあった。
直ぐに返信を書いて、【手術はいつ?それは何処?】と訊いた。
すると、【12.24.盛岡の〇〇病院】というのと、決して来て欲しい訳じゃないとの書き添えがあった。
カレンダーを見ると、それは月曜日。
すると、前日の日曜日には、見舞いに出向ける。
12.23.日曜の早朝、俊輔はまだ薄暗いうちから東高円寺【埴生荘】を発って、上野駅から盛岡駅への列車に乗る。
時刻表によれば、昼過ぎには盛岡駅に着く。
前夜の仕事はハードで遅かった為、微睡んでは目覚めて位置を確認するという作業を繰り返しつつ、盛岡がどんどん近づいてくることに、形容しがたい心の昂揚を覚える俊輔を載せて列車はひた走る。
やがて列車はスルスルと仙台駅のプラットフォームに差し掛かった。
『もうちょっとだな』
と思いながら窓外を眺めていると、ホームにポツンと立っている女性と目が合った、気がした。
そこから乗り込んでくる乗客は少なかった。
おまけに、車内もガラガラ。
なのに、わざわざ隣の席に陣取る人が。
勿論、その車両は自由席。
見れば、さっき目が合った女性だった。
それは、俊輔と同年代、もしかすると、若く見える年上?
ベリーショートな髪、そして顔は、やや下膨れの卵型の輪郭に優しい眼差し。
そしていでたちはと言えば、フェミニンなトレンチコートの下の首元にアスコットタイを巻いて、下はタイトなブルージーンズ、といった、全体的にはトラッドな香りが。
それは、俊輔の周りではあまり目にすることのない異性のタイプ。
敢えて言えば、ちょっと気を入れたときのケイの雰囲気と似ていた。
少し経って、女の方から話しかけられた。
「何処へ行くんですか?」
「盛岡まで」
「そうなんですか、私は青森」
「さっき目が合ったような気がしたんだけど」
「やっぱり?私もそう感じました」
「それで?」
「そう、ちょっと興味が湧いて」
「勇気がありますね」
「そうなんですかね、自分ではよくわかってないのだけれど」
「キョーミというのは?」
「う~~ん、具体的にはなにも考えてないの」
「そんな女性、初めてだなあ」
「割とそんな風に言われます」
「仙台に住んでるんですか?」
「ううん、東京。昨日仕事で仙台に泊まって、これから青森」
「へえ、キャリアなんだ」
「そうでもない、ただ、服飾関係の雑誌編集には関わってって、その仕事の一環なの」
「華やか過ぎて、ついてゆけないな」
「あなたも東京?」
「なんで?」
「そんな匂いがするから」
「いや、もとは伊予の山猿だから」
「ふうん、じゃあ、うまく変身したんだね」
「まあ、5年も暮らしてればね」
「ねえ、もっと話したい、食堂車に行かない?」
「ゴメン、今はそういう気分じゃないんだ」
「そう、残念、じゃあ、わたしは行ってくるね」
「うん」
そう言って彼女は席を立った。
もし、少し状況が違ってれば、その先には何かあったのかも知れない。
でもその日の俊輔の頭の中にはケイのことしかなかった。
結局、彼女はそれっきりだった。
そうして、いよいよ列車は二度目の盛岡駅へと俊輔の想いと体を運んでゆくのだった・・・
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