奥浜名湖の歴史をちょっと考えて見た

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瑠璃山大福寺(1)ー浜松市北区三ヶ日町

2022-11-12 09:57:22 | 郷土史
以下大福寺概略については高橋祐吉『浜名史論』、古文書等の資料は『静岡県史』を用いています。それ以外はその都度資料名を記します。

所在地:浜松市北区三ヶ日町福長  山号:瑠璃山  本尊:薬師如来  宗旨:古義真言宗  本末:高野山末

寺伝では本尊木造薬師如来は理趣仙人作で、参河国鳳来寺薬師と同木だと伝えます。大福寺が鳳来寺とつながりがあったのは確かですが、資料上鎌倉後期以降に現れるのみで、それ以前については不明です。さらに、寺伝によると開山は清和天王貞観十七年(875)三ヶ日町東北にある富幕山にあって幡教寺と称していた。承元元年浜名神戸(現三ヶ日町)荘司大中臣時定が先祖相伝の地北原御園荒野一処を施入し、寺門を建て仏像数体を安置し、明証阿闍梨を請じて住持としたのが始まりと伝えます。

富幕山は浜名湖西に展開する弓張山系に属し、この山系に関わる寺社が、古くは十世紀中頃に始まっていることは実証されています。また山系南端の拠点的寺院である普門寺(愛知県豊橋市)の縁起や伝承には、最初は天台僧、ついで真言僧が住持となっていたり、またその北十数キロの山麓にあった太陽寺が十一世紀末比叡山東塔青蓮房(のち青蓮院門跡)末寺であったことなどから、このころまでは天台修験優勢の山であったようです。また山系中の大知波峠廃寺(静岡県湖西市)の発掘からは、この寺が一度敗退し、十二世紀後半に再興されたことがわかります。このころからおそらく寺門園城寺修験が勢力を増してきたのだと思います。寛治四年(1040)熊野三山検校に近江園城寺増誉が白河上皇に任命されて以来、それは重代相伝の職となります。子の山麓の多くの寺院に熊野権現が勧請されていたり、普門寺や三ヶ日町只木に山門と寺門の戦いが伝承されているのは、もしかしたらその時代の記憶かもしれません。

 さて大福寺の初代は明証阿闍梨であることは、時代は少し下りますが、明徳元年(1390)五月日「大福寺住僧等連署起請文」にあるのでこれは間違っていません。ただ、注目すべきは、同文書に「当寺者教待和尚御建立、貞観十七年(875)」とあることです。これは大福寺が富幕山山中にあった時のことを述べているのです。「教待」という名は貞観十年(868)第五代天台座主に就いた円珍に近江園城寺の地を譲った齢百六十二齢伝説的神人と同じ名です。またそのとき円珍が仁寿三年(853)渡唐時に現出した護法神新羅明神を同道したとも伝えます。教待堂も新羅善神堂も園城寺に存在します。新羅堂は富幕山東山中、現方広寺(浜松市北区奥山)の南にその遺跡が伝わっています。つまり、この初代教待和尚は十二世紀後半以降に、この山系が熊野修験が支配的な行場になって以来の伝説的人物なのです。実質的初代明証阿闍梨は大福寺鎮守として、熊野三所権現と牛頭天王を祀っています。この後者の牛頭天王は京都祇園社(祇園感神院)の祭神です。祇園社(祇園感神院)は最初奈良興福寺末寺でしたが、のち天延二年(974)以来延暦寺末寺となり、別当は天台座主が兼務しています。この意味するところは、牛頭天王が薬師如来を本地とし、また明証阿闍梨が持経者でもあったからでしょう。岡田精司『今日の社 神と仏の千三百年』(塙書房2000年)によると、牛頭 天王信仰は陰陽道の強い影響下に成立した新しい信仰だといいます。台密『阿沙婆抄』では毘沙門天の変化神、同体であるとするのでもともとの本地はこの仏神で、北の守護神ですので、大福寺真南に荘司屋敷が存在したとすれば、荘司守護の役割があったのかもしれません。

追加:教待和尚および園城寺について付言すると、安元三年(1177)園城寺の僧でありながら神祇に往生を願った公顕とその弟子が、神祇伯家の出身であることが思い出されます。また、同じ寺の百光房律師慶暹も正三位神祇伯兼祭主大中臣輔親の子であるなど、神宮の仏教と大中臣氏とが園城寺と深く関わっていることは注意しなければならないでしょう。
 さらに、多くの渥美神戸や周辺の御厨御園の住民が結縁した経塚群の存在する伊勢国朝熊山にある金剛証寺があります。その寺の「朝熊岳儀軌」に欽明天皇代に暁台が明星堂を建てたことが寺の始まりとします。「朝熊岳略縁起」には、暁台が明星を拝したときに、「雨宝童子、熊野三所権現、八百万神等面に現給ひ」とあり、熊野との関係から、この暁台は教待であろうと考えてよいでしょう。雨宝童子は伊勢国度会郡吉津村仙宮神社の祭神で、そこに存在する仙宮院は大宝四年役小角創建と伝えるので、園城寺修験と関係しています。
 これらを考え合わせると、大福寺開山明証阿闍梨は大中臣氏の出身の可能性もあります。

< この項続く>
 






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