バブルのあぶく銭を掴み、順風満帆に過ごしてきたはずだった。大西浩平の人生の歯車が狂い始めたのは、娘が中学校に入学して間もなくのこと。愛する我が子は境界性人格障害(ボーダー)と診断された。震災を機に、ビジネスは破綻。東北で土木作業員へと転じる。極寒の中での過酷な労働環境、同僚の苛烈ないじめ、迫り来る貧困。「金だ! 金だ! 絶対正義の金を握るしかない! 」再起を目指し、ある事業の実現へ奔走する浩平。しかし、待ち受けていたのは逃れ難き運命の悪意だった。娘はボダ子と呼ばれた。ボーダーだからボダ子。『ボーダーとは境界性人格障害と呼ばれる深刻な精神障害で、それは成長とともに軽快する障害だが、その一方で、成人までの自殺率が10%を超えるという。またリストカットをはじめとする自傷行為も繰り返す。』三度目の結婚で授かった娘だった。冒頭、物語は如何にも “ボダ子” が主人公であるかのように始まってゆきます。しかし、そうではないようです。正しくは「恵子」という名前がありながら、ボダ子が “ボダ子” であり続けねばならなかった彼女の、その背景にこそまず目を向けるべきだろうと。どこまでが真実で、どこからがフィクションなんだろう。それ程に、救いのない話ばかりが書いてあります。最低の上に最低を上塗りしたようなゲスでクズな男の浩平は、それでも、ボダ子が唯一頼みとする人物です。母・悦子と別れ、父と二人で暮らした僅かばかり間のことを、彼女はいつの、どの時よりも楽しかったと言います。一人娘のボダ子のことを、浩平は誰よりも愛していました。ところが、にもかかわらず、浩平は彼女の内なる葛藤を結局のところ見て見ぬふりを通します。それがボダ子にとってどれほど辛いことであったかを知らず。逃げてばかりの父と、端から我が子を我が子とも思わない母の間で、ボダ子が “ボダ子” であり続けねばならなかった運命が悲しい。
「自分の体験を基に書いた作品。そもそも読者を意識して書いておらず、書き終えた今はボロボロです。色欲にまみれて滅亡していく人間を書きたいという。「自分はゲスな人間。社会派を気取らず、自分にしか書けないものを素直に書きたい」と著者談。
[境界性人格障害(ボーダー)]とは人格障害の方の中でイライラの激しい感情を抑制できない、良いか悪いかなどの分別を極端に判断して中程度やあいまいという評価が下せない、気分に大きな波があり感情に安定感がないなどの症状がある方は境界性人格障害となります。近年は境界性パーソナリティ障害という呼び名が一般化しつつあります。境界性パーソナリティ障害は英語でBorderline Personality Disorder ということから、省略してボーダーと呼ばれる。人口の2%近くは、境界性人格障害だといわれています。『不安定で激しい対人関係を特徴とする障害。青年期以降に表面化することが多く、女性の方が多い。相手の些細な動作や態度から、見捨てられたと感じ、怒り出したりパニック状態になる。また親子関係などでは依存と攻撃が突然入れ替わり、周囲の者は巻き込まれていく。衝動的・自己破壊的な行為をしがちで、リスト・カットや大量服薬などの自傷行為、暴飲暴食、行きずりの性行動などが見られることもある。その背景には、慢性的な強い空虚感や孤独感がある。]
多種多様な「悪意のはけ口」がこれでもかとべったりと描かれる。そのうえ、登場人物の行動にも共感できない。それでも先に読み進めさせてしまう力がある本です。震災復興ビジネスなどの暗部も描かれていて興味深かった。
2019年4月新潮社刊
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