深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

ダフネ・デュ・モーリアの冷たい世界

2021-08-08 16:52:10 | 趣味人的レビュー
ダフネ・デュ・モーリアの短篇集『人形』は、デュ・モーリアがまだプロの作家になる前の、いわば習作時代の初期作品14篇から構成されている(ただし、その中の「笠貝」は早川の異色作家短篇集『破局』に「あおがい」というタイトルで収められているようなので、全てが初期作品かどうかは分からない)。

私自身はデュ・モーリアの作品では上記の『破局』と、同じ創元推理文庫デュ・モーリア傑作選の『いま見てはいけない』を読んでいる。一般に作家の初期作品は、荒削りすぎたり物語が陳腐だったりするものが多く、「あの作家も初期はこんなものだったんだな」と、読んでいて失望したり冷笑が浮かんだりするものだが、この『人形』に関しては全くと言っていいほど、そんなことはなかった。むしろ個人的には、プロになった後の作品より作家のカラーがより強く、直接的に感じられる今作の方が、むしろ好みである。

収録作品については、巻末の石井千湖による解説が実に簡にして要を得ているので、そちらに譲りたいが、私自身の感想を多少付け加えるなら、「ピカデリー」と「メイジー」の2篇に登場する主人公のメイジー(ちなみに恐らく同一人物)は、もしかしたら作者であるダフネ・デュ・モーリアの(ユング心理学で言うところの)シャドウではないだろうか。作家紹介と解説によると、彼女は祖父が高名な作家で画家、父が舞台俳優兼演出家、母が舞台女優という芸術家一家の三人姉妹の次女という裕福な家庭に生まれながら人づきあいを苦手としていたという。だが『人形』の諸作品を読むと、それ以上に彼女は自分が他の人より恵まれていることに罪悪感を抱いていて、そんな生活はどこか嘘であり、だからいつか終わりを迎え、その代償を払わされると感じているように見えた(そして、その罰を背負う者として生み出されたのがメイジーではないか)。だからこそ石井千湖が書いているように
デュ・モーリアは、心のなかに他人の正体を目にして喜ぶ悪魔を棲みつかせている作家
なのである(もちろん、この「他人」には彼女自身も含まれている)。

そういえば「心のなかに他人の正体を目にして喜ぶ悪魔を棲みつかせている作家」は私の知る限り、もう1人いる。シャーリイ・ジャクスンだ。けれどデュ・モーリアとジャクスンでは感じが大きく異なる。『くじ』のレビューでも述べたがジャクスンが
女たちの井戸端会議、あるいは女子会における女子トーク(といっても私は生で聞いたことはないが)のような、表面的に語られると言葉とその裏に潜む複雑な感情のギャップが生み出す、不穏さやイヤな空気感
を書くのに対して、デュ・モーリアの作品からは、彼女にはまるでカフェのテラス席から、その前を通り過ぎる人々の人生全て(過去から未来まで)が見えてしまっているような、冷たく乾いた不気味さが漂う。

いずれにせよ夏の日に読むにはちょうどいい作品集と言えるだろう。
 
※「本が好き」に投稿したレビューを採録したもの。

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