よくニュースなどで、生徒が自殺とか時には殺人事件に(加害者の側で)関与していたりすると、その学校では「生徒たちには命の大切さを言い聞かせたい」といったようなコメントを出しているのを見る。それは多分に保護者対策とかマスコミ対策といった側面があるのだろうけれど、何より学校がそうしたことをやったとして、その「命の大切さ」という話が、どれだけ生徒たちの心に届いているのだろう? いや、そもそも命とは本当に大切なものなのだろうか?
そんな問いをすること自体が反社会的ととらえられかねないが、しかし本来「命の大切さ」を説く以上、そこには「命とは大切なものなのだ」という前提がなければならない。だが、その前提は本当に疑いようのない確固としたものなのだろうか? いや何より「命の大切さ」を説くその人自身が、それを本当に信じているのだろうか?
中学1年生をクラスを担任する女性教師が、退職を前に黒板に「命」と大きく書き、生徒たちに「命の授業」を始める。
「私はシングルマザーです。娘の愛美(まなみ)──愛美は死にました。警察は事故死と判断しました。でも事故死ではありません。愛美は──このクラスの生徒に殺されたんです。犯人は二人。これからはその犯人をA、Bと呼ぶことにします。私はこの犯人を決して許しません…」
湊ちひろの同名の小説を映画化した『告白』が面白い。上の教師のセリフを見ると、「この映画はクライマックスで、そのAとBがクラスの中の誰なのかが明らかにされるんだろう」と、つい思ってしまうが、実はこの最初の女性教師の一連のセリフの中で、AとBが誰なのかはあっさりと示されてしまう。そう、これは犯人当てミステリではない。これは「命の授業」という名の、女性教師による復讐劇。だが同時に、生徒の側もただむざむざとやられはしない。これは生徒による復讐劇でもあるのだ。力には力、悪意には悪意──そして教師が復讐しようとしたものは何か? そして生徒が本当に復讐したかったものとは?
この映画は非常に多面的に観ることができる。
──人はどのようにしたら壊れるのか、どのように壊れていくのか、ということ。
──善意と悪意とが実は完全に地続きであるということ。
──ダイアローグを失いモノローグだけになった時、人は人でなくなるということ。
多分、別の人が観れば、それとは違う別の見え方をするかもしれない。その意味では、この『告白』は、実はそれを通して自分自身を見てしまう鏡のようなもの、と言えるかもしれない。
内容は凄惨だが、決して陰惨ではない。北野武監督のキタノ・ブルーを思わせる青を基調とした画面は静謐で、それでいてどこか春風のような爽やかさが感じられて、そこがいい。『告白』の予告編の最後に出てくる「命がけのロードショー」には笑える。
ついでながら──
もし、この『告白』が気に入ったなら、ゼヒ観てほしい作品がある。
1本は相米(そうまい)慎二監督の『台風クラブ』。
当時アイドルだった工藤夕貴の初主演作だが、もちろん相米慎二が単なるアイドル映画なんか撮るはずがない。台風が近づく中、学校にこもった中学生たちの一夜を描く。思春期という心が揺れ動く時期と、台風という日常が非日常に変容する時──その二つがクロスする瞬間を鮮やかに切り取ってみせた秀作。台風の街をさまよう工藤夕貴が遭遇する異形の者たちや、「お帰りなさい」「ただいま」と叫びながら雨の中、全裸で狂喜する生徒たちの姿が忘れがたい印象を残す。
もう1本は、熊切和嘉監督の『鬼畜大宴会』。
1970年代、あるセクトを率いていたカリスマ的リーダーが警察に逮捕され獄中で死亡。動揺する組織を、その元リーダーの恋人だった女が恐怖によって支配していく。連合赤軍事件を思わせる時代背景とストーリーだが、1997年に大学の映像学科の卒業制作として撮られたもの。人間がいかにして壊れていくかを、これほど(あらゆる意味で)真正面から描いた作品を私は他に知らない。これを観るには相当な覚悟が要ると言っておこう。同じ時期、スピルバーグの『プライベート・ライアン』が公開され、特に冒頭のノルマンディー上陸作戦のシーンは、映画が初めて戦場の真実を描いた、と言われたが、この『鬼畜大宴会』を観た後では、私には遊園地のアトラクションのような、のどかなものにしか感じられなかった。
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