梅雨らしいジットリと蒸し暑い日が続いているので、今回は怖い本の話を。
いつもは絵本を読むことは、全くといっていいほどない。もちろん絵本にも大人が読むに耐えるだけのものも少なくないのは知っているが、結局は何だか妙に哲学的だったり、どこか教訓めいた、いわゆる「いい話」「感動を呼ぶ話」だったりするので、積極的に手を出そうという気持ちには全然ならなかった。
しかし、これには興味をそそられた。
最初にそんな本があるのを知ったのはネットのニュースだったと記憶している。一流の物書きと一流の絵描きがタッグを組んで、子供だましではない本当に怖い絵本を作ろうということで企画されたシリーズだとか、そんな内容だった。
それが『怪談えほん』だ。
早速ネット検索すると『怪談えほん』公式HPが見つかった。ここではシリーズ5巻全ての本の一部が読めるのだが、これは期待できるかもと感じた。ただ私は、本と絵は現物を見なければわからない、と思っているので、近所の本屋に並ぶのを心待ちにしていた。
そして、やっとその現物を見ることができ、迷った末、2冊を購入。ついでに残りの3冊についても既に目を通した(もしかしたら、それも後で買うかもしれない)。
読んだ感想は、というと──
確かに怖い。
読んでいると胸の奥がゾワゾワしてくるのを感じる。
怪談や心霊体験なども含めて、普段、本を読んで「怖い」と思うことなど、まずないが、『怪談えほん』シリーズは久しぶりに読んでいて得体の知れない「怖さ」を感じた。
このシリーズの編集を担当した東(ひがし)雅夫は、帯に刊行の趣旨を
「怪談」を通じて、想像力を養い、強い心を育んで欲しい
幼いころから怪談に親しむことによって、子どもたちは豊かな想像力を養い、
想定外の事態に直面しても平静さを保てる強い心を育み、さらには命の尊さや
他者を傷けることの怖ろしさといった、人として大切なことのイロハを自然に身につけてゆくのです。
私たちが人生で初めて出逢う書物である「絵本」を通じて、良質な本物の怪談の世界に触れてほしい──
そんな願いから「怪談えほん」シリーズは生まれました。
と書いているが、これは「もっともらしい建前」であって、ホントのところは単に「生意気なガキどもに死ぬほど怖い思いをさせられるような絵本を作りたかった」ということではないだろうか。
以下、ネタバレしないように気をつけながら、各巻を紹介すると──
『悪い本』(宮部みゆき+吉田尚令)
どこが「怖さ」のツボかは人それぞれだと思うが、私は5巻の中でこれが一番怖かった。この『悪い本』には、いわゆる「怪談」に通じる要素は何も出てこない。この本に出てくるのは「悪意」、あるいはそれと背中合わせになった「善意」だろうか。
「この世の中を清い心で満たしたい」なんてことをマジに考えている人に是非読んでほしい、まさに「問題作」。アマゾン・レビューでは「こんな本、絶対に子どもには読ませられない」との評も。
『怪談えほん』シリーズの第1巻だが、この1冊で上の東雅夫の書いた建前を完全にひっくり返してしまう破壊力を持っている。
『マイマイとナイナイ』(皆川博子+宇野亜喜良)
このシリーズの中では一番怖くない1冊。絵も他の巻が全体的に暗く重々しいのに対して、明るい基調で描かれているし。
ジャンルとしては「幻想譚」。「私だけに見える」あるいは「私にしか見えない」という、ホラーの代表的なモチーフで始まるのだが、なぜか物語はそちらの方向には進んでいかない。読み手の予想をことごとく裏切る唐突な展開に、最後まで着地点が見えない。
即物的な怖さを求めて読むと「なーんだ」と期待外れに終わってしまうが、実はシリーズの他のどの作品よりも底知れない何かがある。万人受けはしないが、ハマると抜けられなくなる、読む人を選ぶ本。
『いるの いないの』(京極夏彦+町田尚子)
おばあさんの家で暮らすことになった孫の見た田舎の古い家の怖さを描く、『怪談えほん』という名に最もふさわしい1冊かもしれない。ジャンルとしては「怪異譚」。
怪奇、幻想、「奇妙な味」などと呼ばれる短篇には「最後の1行に全てを賭けた」作品があるが、この『いるの いないの』がまさにそれ。このfinishing stroke(最後の一撃)を、とくと堪能せよ。
ちなみに、おばあさんの家には多くの猫がいて、生き生きと描かれたその猫たちが、少しずつ緊迫感を増していく物語にとっての不思議なアクセントになっている。
『ゆうれいのまち』(恒川光太郎+大畑いくの)
真夜中に友達に誘われて向かった「ゆうれいのまち」。しかし、彼らが行った「ゆうれいのまち」とは、本当はどこだったのだろう。読み進むにつれて、それが少しずつわかってくる。『ゆうれいのまち』という物語で描かれていたのは、実は──。
読んでいると奇妙な懐かしさを感じるのは私だけか。物語は怖くない。怖くはないが、読み終えると心の中に重い余韻の残る1冊。
でも、この話って子供が読んで意味わかるんだろうか?
『ちょうつがい きいきい』(加門七海+軽部武宏)
あからさまな形で、さまざまなおばけが出てくるが、メインはそのおばけではなく、おばけが挟まった蝶番(ちょうつがい)や回転椅子の軸のキイキイと鳴る音。
世界には「黒板をひっかいた時のキィーという音はなぜイヤなのか」についてのマジメな研究があって、過去にイグ・ノーベル賞も受賞しているが、『ちょうつがい きいきい』もそれに共通する生理的な不快感を描いている。
そう、これは「怖い話」ではなく「嫌な話」で、そのイヤな感じは理屈ではないのだ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます