私の大好きなピアニスト、スヴィアトスラフ・リヒテルの數多ある名盤から、私なりに10枚を選んでみた。
選ぶ基準として、まづは私の好きな曲だといふこと。
例へば、プロコフィエフやスクリャービンなどの曲はどんなに良いと云はれる演奏でも、私が曲を理解できないから除外した。
次には、或る程度、有名な曲であるといふこと。
ここでリヒテルの名演奏を紹介するのは、皆さんにリヒテルの素晴らしさを知つて欲しいから。
つまり、取つ付き易い曲であることを少しは考慮した。
さらには、上記と同樣の意圖で、リヒテルの素晴らしさがストレートに傳はり易い(と私の思ふ)曲を選んだ。
たとへば、リヒテルのモーツァルトやショパンにも素晴らしい演奏があるのだが、それぞれにスペシャリストとも云ふべきピアニストが存在してゐる。
リヒテルの演奏はさういつたピアニストの演奏とは一線を劃したものとなつてゐるので、下手をすると、リヒテルを初めて聽くやうな方には良さを理解して貰へないのではないかと懸念するためである。
最後に、いま廢盤になつてゐるなど、入手出來ないものは除外した。
ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」とかシューベルトのピアノソナタ13&14(1979年東京ライヴ)だとか・・・
さて、それでは前置きはこれくらゐにして、マイ・ベスト10をご紹介しよう。
あ、さうさう、ここでとり上げたCDの順番は作曲家による時系列であつて、ベスト1から竝べたものではない。
10枚に絞るだけでも身を切られる思ひなのに、さらにそのうへ順位などつけられやう筈もない。
バッハの平均律クラヴィーア曲集は、ピアノ音樂の「舊約聖書」などと云はれてゐる。
「聖書」、つまり音樂の根本を示すやうな存在なのだらうと思ふ。
それだけに録音しようといふピアニストはさほど多くはない。
この曲に取組むにはしかるべき覺悟がゐるのだらう。
チェンバロでの演奏は多いが、ピアノでは他にグールド、グルダの演奏が評價されてゐる。
グールドはピアノでチェンバロのやうな乾いた音を出さうとして成功してゐるが、私は好きではない。
ピアノで彈くのであれば、ピアノで彈くだけの魅力を感じさせて欲しいのだ。
さういふ意味で、このリヒテルの演奏は凄い。
録音の環境の所爲か殘響が多いのだが、それがリヒテルの意圖するところだつたのだらう。
じつに豐饒な音樂を聽かせてくれる。
しかもがつしりとした構成力。
音樂のしくみがゴチック建築のやうに眼前に立ち現はれてくるやうな氣さへする。
規則正しく運行する惑星の動きを感じさせる演奏、とでも云はうか。
もし、宇宙に音があるとすれば、きつとこんな音なのではないかと思ふ。
この演奏は、人類が殘した遺産の中でも、とりわけ優れたもののひとつに入るだらう。
ベートーヴェンのチェロソナタ。
2枚組の全集があつたのだが、いまは手に入らない模樣。
ただ、この1枚でも親しみ易い3番が入つてゐるので十分に樂しめる。
チェロはムスティスラフ・ロストロポーヴィチ。
彼の奏でる朗々としたチェロの魅力がいかんなく發揮されてゐる。
チェロソナタなのだから、チェロが主役であることは間違ない。
しかし、ベートーヴェンのチェロソナタはピアノの果す役割が大きく、ピアノも主役だと云へるだらう。
從つて、この曲は、どんなに優れたチェリストが彈かうとも、ピアニストの力量次第では凡庸な演奏になつてしまふ恐れがある。
で、リヒテル。
ここでのリヒテルはソロで彈く時よりはおとなしい・・・ことはまつたくない。
朗々と響くチェロをしつかりと支へながらも、ピアノパートが前面に出るところではきつちりと歌ふ。
チェロとピアノがお互ひに相手の音樂を聽いてゐるうちに盛上がつてゆく感じ。
室内樂といふイメージを超えた、白熱の演奏である。
このCDには、ベートーヴェンのピアノソナタ第17番「テンペスト」と、シューマンの幻想曲がカプリングされてゐる。
どちらの演奏も素晴らしいので、とつてもお買ひ得。
まづは「テンペスト」。
ちなみにこれは通稱であつて、ベートーヴェンがつけた標題ではない。
ただ、弟子に向つて、この曲を理解するにはテンペスト(シェークスピアの戲曲)を讀めと云つたとか。
冒頭の音を聽いただけで鳥肌がたつた。
なんといふ深遠なる響き・・・
そして有名な最終樂章。
こんなにやはらかく、それでゐて力強さを感じさせるピアノの音には滅多に出會へまい。
幻想的でありながらも推進力を失はず、嵐(テンペスト)のやうな情景が繰り廣げられてゆく。
ここでは壯年期のリヒテルの最良の音樂を聽くことができる。
續いてシューマン。
じつはリヒテルはシューマンが好きだつたやうで、レコーディングも多い。
ところが、シューマンのピアノ曲はあまり賣れないのか、その殆どが手に入らないやうだ。
たまに入手できるものがあつても、あまり知られてゐない曲だつたりするので、こちらでは取り上げられない。
從つて、ここで取り上げたシューマンのピアノ獨奏曲はこの1曲のみである。
それでも、この演奏を聽けば、リヒテルのシューマンの素晴らしさがよくわかると思ふ。
シューマンの幻想的な響きはもちろんのこと、芒洋として捕へどころのない演奏になりやすいこの曲を、彫りの深い造形でスケール豐かに彈ききつてゐる。
この曲にはポリーニやアルゲリッチの演奏もあるが、幻想性とスケールの點ではリヒテルのはうが上を行つてゐると思ふ。
ベートーヴェンのピアノ曲のなかでも、最も親しまれてゐるもののひとつが、この「熱情(アパッショナータ)」だらう。
CDショップに行けば、名ピアニストたちの演奏が綺羅星の如く竝んでゐる。
バックハウス、ルビンシュタイン、ホロヴィッツ、R.ゼルキン、グルダ、ギレリス、アラウ、ハイドシェック、ブレンデル、ポリーニ、アシュケナージ、バレンボイム・・・
同じ曲でもピアニストによつて味はひが違ふことを知るには良い曲だらう。
さうした中で、リヒテルのこの45歳の時の録音は、歴史的な名演だと云へるだらう。
ソ聯の「鐵のカーテン」の彼方で「幻のピアニスト」と云はれてゐたリヒテルが、西歐でヴェールを脱いだ直後、アメリカでの最初の演奏旅行の際にRCAで録音したもの。
メロディアから出てゐるモノラルのライヴ録音もあるが、こちらのスタジオ録音のはうが音質もよく、破綻も少ない。
聽きどころは、何といつても最終樂章。
ここで聽かれる一氣呵成のの推進力には他のどんな演奏も及ばない。
確かに「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」(アレグロだけど速過ぎず)といふベートーヴェンの指定に忠實だとは云へないかもしれぬ。
しかし、この演奏を前にして、杓子定規なことを云ふのは野暮といふものだらう。
「アパッショナータ」を語る上でこの演奏は避けては通れないのみならず、この曲の第一級の演奏として、是非一度は聽いていただきたい演奏だ。
ちなみに、リヒテルには晩年の録音もある。
こちらは、ゆつたりとしたおほきな構への演奏で、彫りの深い表現が魅力である。
晩年のリヒテルがこの曲を慈しみながら彈いてゐる樣子が目に浮ぶやうで、私はこちらの演奏も好きだ。
ただし、殘念ながら、いまアマゾンで檢索したら販賣中のCDがなかつた。
「新約聖書」とも云はれるベートーヴェンのピアノ・ソナタの最後の3曲。
私には、名曲としか表現できない。
「精神性」といふ曖昧な言葉が、これほどぴつたりくる曲も少ないだらう。
ベートーヴェンの全集を録音したピアニストは當然のことながらこの3曲を彈いてゐる。
「アパッショナータ」で擧げたピアニストたちのうちでこの3曲を彈いてゐないのはルビンシュタイン、ホロヴィッツ、ハイドシェックだけ。
あ、ギレリスも32番は録音してゐなかつたか・・・
なかでも名演はバックハウス、R.ゼルキン、グルダ、ポリーニ。
32番では、意外なことにミケランジェリがこの曲を何度か彈いてゐる。
さて、リヒテルの演奏。
これは晩年の演奏なので、わづかにミスタッチといふか、音の濁るところもある。
しかし、そのやうな小さな瑕疵など氣にならないほどに、味はひ深い演奏である。
懷の深さと「精神性」。
ピアニッシモの響きの美しさ。
特に31番の「嘆きの歌」や32番の終樂章の素晴らしさたるや・・・
殘念ながら、私にはこの演奏を語る言葉がない。
とにかく、聽いてみて欲しい。
きつとこの演奏が好きになるだらう。
ちなみに、もう少し若い頃の演奏もCDになつてゐる。
こちらは5枚組で他にもリヒテルの名演奏が收録されてゐる。
じつは私はこの5枚組に入つてゐる演奏のはうが好きなのだが、5枚組といふことで、お薦めするのが憚られた。
と云ひつつ、番外編といふことでご紹介しておかう。
興味があれば、この5枚組の演奏と聽き較べをするのも面白いかもしれない。
<番外編>
<參考> 「リヒテルの名盤マイベスト10_その2」
選ぶ基準として、まづは私の好きな曲だといふこと。
例へば、プロコフィエフやスクリャービンなどの曲はどんなに良いと云はれる演奏でも、私が曲を理解できないから除外した。
次には、或る程度、有名な曲であるといふこと。
ここでリヒテルの名演奏を紹介するのは、皆さんにリヒテルの素晴らしさを知つて欲しいから。
つまり、取つ付き易い曲であることを少しは考慮した。
さらには、上記と同樣の意圖で、リヒテルの素晴らしさがストレートに傳はり易い(と私の思ふ)曲を選んだ。
たとへば、リヒテルのモーツァルトやショパンにも素晴らしい演奏があるのだが、それぞれにスペシャリストとも云ふべきピアニストが存在してゐる。
リヒテルの演奏はさういつたピアニストの演奏とは一線を劃したものとなつてゐるので、下手をすると、リヒテルを初めて聽くやうな方には良さを理解して貰へないのではないかと懸念するためである。
最後に、いま廢盤になつてゐるなど、入手出來ないものは除外した。
ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」とかシューベルトのピアノソナタ13&14(1979年東京ライヴ)だとか・・・
さて、それでは前置きはこれくらゐにして、マイ・ベスト10をご紹介しよう。
あ、さうさう、ここでとり上げたCDの順番は作曲家による時系列であつて、ベスト1から竝べたものではない。
10枚に絞るだけでも身を切られる思ひなのに、さらにそのうへ順位などつけられやう筈もない。
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バッハの平均律クラヴィーア曲集は、ピアノ音樂の「舊約聖書」などと云はれてゐる。
「聖書」、つまり音樂の根本を示すやうな存在なのだらうと思ふ。
それだけに録音しようといふピアニストはさほど多くはない。
この曲に取組むにはしかるべき覺悟がゐるのだらう。
チェンバロでの演奏は多いが、ピアノでは他にグールド、グルダの演奏が評價されてゐる。
グールドはピアノでチェンバロのやうな乾いた音を出さうとして成功してゐるが、私は好きではない。
ピアノで彈くのであれば、ピアノで彈くだけの魅力を感じさせて欲しいのだ。
さういふ意味で、このリヒテルの演奏は凄い。
録音の環境の所爲か殘響が多いのだが、それがリヒテルの意圖するところだつたのだらう。
じつに豐饒な音樂を聽かせてくれる。
しかもがつしりとした構成力。
音樂のしくみがゴチック建築のやうに眼前に立ち現はれてくるやうな氣さへする。
規則正しく運行する惑星の動きを感じさせる演奏、とでも云はうか。
もし、宇宙に音があるとすれば、きつとこんな音なのではないかと思ふ。
この演奏は、人類が殘した遺産の中でも、とりわけ優れたもののひとつに入るだらう。
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ベートーヴェンのチェロソナタ。
2枚組の全集があつたのだが、いまは手に入らない模樣。
ただ、この1枚でも親しみ易い3番が入つてゐるので十分に樂しめる。
チェロはムスティスラフ・ロストロポーヴィチ。
彼の奏でる朗々としたチェロの魅力がいかんなく發揮されてゐる。
チェロソナタなのだから、チェロが主役であることは間違ない。
しかし、ベートーヴェンのチェロソナタはピアノの果す役割が大きく、ピアノも主役だと云へるだらう。
從つて、この曲は、どんなに優れたチェリストが彈かうとも、ピアニストの力量次第では凡庸な演奏になつてしまふ恐れがある。
で、リヒテル。
ここでのリヒテルはソロで彈く時よりはおとなしい・・・ことはまつたくない。
朗々と響くチェロをしつかりと支へながらも、ピアノパートが前面に出るところではきつちりと歌ふ。
チェロとピアノがお互ひに相手の音樂を聽いてゐるうちに盛上がつてゆく感じ。
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このCDには、ベートーヴェンのピアノソナタ第17番「テンペスト」と、シューマンの幻想曲がカプリングされてゐる。
どちらの演奏も素晴らしいので、とつてもお買ひ得。
まづは「テンペスト」。
ちなみにこれは通稱であつて、ベートーヴェンがつけた標題ではない。
ただ、弟子に向つて、この曲を理解するにはテンペスト(シェークスピアの戲曲)を讀めと云つたとか。
冒頭の音を聽いただけで鳥肌がたつた。
なんといふ深遠なる響き・・・
そして有名な最終樂章。
こんなにやはらかく、それでゐて力強さを感じさせるピアノの音には滅多に出會へまい。
幻想的でありながらも推進力を失はず、嵐(テンペスト)のやうな情景が繰り廣げられてゆく。
ここでは壯年期のリヒテルの最良の音樂を聽くことができる。
續いてシューマン。
じつはリヒテルはシューマンが好きだつたやうで、レコーディングも多い。
ところが、シューマンのピアノ曲はあまり賣れないのか、その殆どが手に入らないやうだ。
たまに入手できるものがあつても、あまり知られてゐない曲だつたりするので、こちらでは取り上げられない。
從つて、ここで取り上げたシューマンのピアノ獨奏曲はこの1曲のみである。
それでも、この演奏を聽けば、リヒテルのシューマンの素晴らしさがよくわかると思ふ。
シューマンの幻想的な響きはもちろんのこと、芒洋として捕へどころのない演奏になりやすいこの曲を、彫りの深い造形でスケール豐かに彈ききつてゐる。
この曲にはポリーニやアルゲリッチの演奏もあるが、幻想性とスケールの點ではリヒテルのはうが上を行つてゐると思ふ。
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ベートーヴェンのピアノ曲のなかでも、最も親しまれてゐるもののひとつが、この「熱情(アパッショナータ)」だらう。
CDショップに行けば、名ピアニストたちの演奏が綺羅星の如く竝んでゐる。
バックハウス、ルビンシュタイン、ホロヴィッツ、R.ゼルキン、グルダ、ギレリス、アラウ、ハイドシェック、ブレンデル、ポリーニ、アシュケナージ、バレンボイム・・・
同じ曲でもピアニストによつて味はひが違ふことを知るには良い曲だらう。
さうした中で、リヒテルのこの45歳の時の録音は、歴史的な名演だと云へるだらう。
ソ聯の「鐵のカーテン」の彼方で「幻のピアニスト」と云はれてゐたリヒテルが、西歐でヴェールを脱いだ直後、アメリカでの最初の演奏旅行の際にRCAで録音したもの。
メロディアから出てゐるモノラルのライヴ録音もあるが、こちらのスタジオ録音のはうが音質もよく、破綻も少ない。
聽きどころは、何といつても最終樂章。
ここで聽かれる一氣呵成のの推進力には他のどんな演奏も及ばない。
確かに「アレグロ・マ・ノン・トロッポ」(アレグロだけど速過ぎず)といふベートーヴェンの指定に忠實だとは云へないかもしれぬ。
しかし、この演奏を前にして、杓子定規なことを云ふのは野暮といふものだらう。
「アパッショナータ」を語る上でこの演奏は避けては通れないのみならず、この曲の第一級の演奏として、是非一度は聽いていただきたい演奏だ。
ちなみに、リヒテルには晩年の録音もある。
こちらは、ゆつたりとしたおほきな構への演奏で、彫りの深い表現が魅力である。
晩年のリヒテルがこの曲を慈しみながら彈いてゐる樣子が目に浮ぶやうで、私はこちらの演奏も好きだ。
ただし、殘念ながら、いまアマゾンで檢索したら販賣中のCDがなかつた。
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私には、名曲としか表現できない。
「精神性」といふ曖昧な言葉が、これほどぴつたりくる曲も少ないだらう。
ベートーヴェンの全集を録音したピアニストは當然のことながらこの3曲を彈いてゐる。
「アパッショナータ」で擧げたピアニストたちのうちでこの3曲を彈いてゐないのはルビンシュタイン、ホロヴィッツ、ハイドシェックだけ。
あ、ギレリスも32番は録音してゐなかつたか・・・
なかでも名演はバックハウス、R.ゼルキン、グルダ、ポリーニ。
32番では、意外なことにミケランジェリがこの曲を何度か彈いてゐる。
さて、リヒテルの演奏。
これは晩年の演奏なので、わづかにミスタッチといふか、音の濁るところもある。
しかし、そのやうな小さな瑕疵など氣にならないほどに、味はひ深い演奏である。
懷の深さと「精神性」。
ピアニッシモの響きの美しさ。
特に31番の「嘆きの歌」や32番の終樂章の素晴らしさたるや・・・
殘念ながら、私にはこの演奏を語る言葉がない。
とにかく、聽いてみて欲しい。
きつとこの演奏が好きになるだらう。
ちなみに、もう少し若い頃の演奏もCDになつてゐる。
こちらは5枚組で他にもリヒテルの名演奏が收録されてゐる。
じつは私はこの5枚組に入つてゐる演奏のはうが好きなのだが、5枚組といふことで、お薦めするのが憚られた。
と云ひつつ、番外編といふことでご紹介しておかう。
興味があれば、この5枚組の演奏と聽き較べをするのも面白いかもしれない。
<番外編>
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<參考> 「リヒテルの名盤マイベスト10_その2」
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