『花は偽らず』 1941年4月17日公開 (65分)
監督 大庭秀雄
原作 藤沢恒夫
脚本 平山清郎
撮影 寺尾清
音楽 篠田謹治
出演
槙江..........森川まさみ
純子..........水戸光子
假名子........高峰三枝子
舟木..........徳大寺伸
城太郎........佐分利信
舟木と純子
仕事帰り舟木は純子を、お茶に誘った.話をすると舟木も純子も、身内から煩いほどに縁談の話を持ちかけられるらしい.けれども二人とも見合いの話には全く乗り気がないことも、話をする内に互いに分かった.が、それは、二人とも結婚を真剣に考えた結果であったようだ.舟木はどれもこれも気に入らない相手ばかりだと言えば、純子は女だからと言って他人の言いなりになって結婚するのは嫌だと言った.決して結婚に興味がないわけではない、結婚相手は自分で決める、この意識、この考えは二人とも同じであった.
舟木は、「洗濯が好きな女か、いいなあ」と、純子に対する気持ちを露にすれば、他方、純子も出張にでかける舟木を駅まで見送りに来た.他愛のない会話、出来事に過ぎなくとも、互いの心を知るのには十分であったはず.
舟木はデートに誘う手紙を、タイプに打って欲しい書類と一緒に純子に手渡した.そこへ舟木を音楽会に誘う電話がかかってきて、舟木は「他に約束がある」と断ったのだけど、純子は断りの手紙をタイプで打ってきた.
『影で假名子さんが泣いていると思うと.そんなあなたと一緒にいても私は楽しくない.恋敵であろうがなかろうが、私のせいで誰かが悲しい思いをするなんて、そんなのは嫌』
これが純子の気持ちであっただろうけど.手紙は、
『今のあなたと、お付き合いしたくありません』、これなら良いが、きっとこうであろう.
『どうぞ私にお構いなく、假名子さんを大切にしてあげてください』、うわべの言葉に過ぎず、本当にこう思っていたならば、私は会って話をしたと思える.未練は正しい愛情なのだから.
もし二人が会って話をしていれば、舟木はこう言ったはず.
『君は假名子さんを良い人だと言い、だから身を引くようなことを言うけれど.だけど、君が假名子さんを誉める以上に、假名子さんだって君のことを良い人だと言ってるんだ.君は假名子さんを道案内しただろ.その時の事を、僕はこう言われたよ.しとやかで優しい人.良い人ね.どうぞよろしくおっしゃって下さいって.ともかく僕は假名子さんに、君と結婚したいからあなたとの話はお断りしたいと、話をするつもりだから.それでも君が意地を張るなら、もう君のことはどうでもいいよ』
舟木が食事に誘ったのに純子が断ったとき、同僚の丸山さんは「それじゃあ、舟木さんの好意を無にすることになるじゃない」と言ったけれど、その通りだった.恋敵が良い人だからと言って身を引いてしまったら、純子も假名子も身を引いてしまい、舟木はどうすることも出来ない.純子は自分がそんな風に舟木を追い込んでしまったことを、假名子の手紙を読んで分ったはず.でも、その時には舟木は自分を相手にしてくれなかった.
なんだかんだと色々あったけれど、最後は田舎に帰った純子を舟木が尋ねてきて、二人は結婚することになった.たぶんあの後、二人は純子の家に行き純子の親に結婚の報告をしたでしょう.そして幾日か後には舟木の親にも、二人は同様に報告したと思うのですが.要は、この二人、自分達で結婚を決めてから親に報告したはずです.
城太郎
決して彼を責めるつもりはないけれど、「お嬢さんを悲しませたくない」と言いながら、一番お嬢さんを悲しませることになったのは、他でもない城太郎だった.
一つには、城太郎は假名子とは幼なじみ、舟木とは学生時代からの親友、二人を良く知っていたのだから、舟木に会いに行くとき假名子を一緒に連れて行くことが出来たはずで、3人で話をすれば、假名子は舟木に純子との結婚を勧め、舟木は城太郎と假名子に二人の結婚を勧めることになった、「まあ、なんですか、いいお話ですこと」と言う雰囲気で、話が出来たのだと思う.
そして今一つには、
城太郎は「もし舟木が断ったなら、お嬢さんは自分のもの」と言う、えげつない淡い期待を抱いて舟木に会いに行ったならば、それでも良かったはずである.城太郎はえげつない考えでお嬢さんと結婚したらどうかと舟木に勧めたけれど、城太郎自身はえげつない考えは全くない人間で、綺麗にお嬢さんに対する未練を断ち切ってしまっていたと言えるのだが.
困ったことに、未練は正しい愛情なのだけど.あんまり沢山はいけないにしても、半分位は残しておかないと.と、それはさておき、彼がどの様にお嬢さんを思い切ったかと言えば、別の女の子を好きになる事によってであり、母親が帰った後、彼は『僕のお嬢さん』の写真を見ていたけれど、あの時、假名子を諦めると同時に喫茶店の娘に対する思いを深めていくことになったのでしょう.
舟木が「君がお嬢さんと結婚してはいけないのかい」と言ったら、城太郎は、その話を遮るように「それより、この前の喫茶店に行こう」と言ったのだった.
城太郎にとって、喫茶店の娘は身近な存在に思われた.と言うことは、假名子はなんとなく縁遠い存在であったと言えるだが.彼はなんとなく悲しそうな喫茶店の娘を気に入ったらしい.『自分なら彼女を今以上に悲しませることはないだろう、彼女を幸せにするのは簡単だ』、きっとこんな風に思えたのであろう.他方、假名子は裕福な家庭に育ち幸せな生活をしてきたお嬢さんであり、その假名子をより幸せにしようと、しなければならないと考えると、そう考えるとなんとなく気が重い存在になってしまう.假名子の幸せを望めば望むほど、自分は身を引いて、自分より恵まれた家庭の相手と一緒になってくれた方が、気が楽なことに思われて来る、彼女はそんな存在であったのであろうか.
そして、少し見方を変えれば、他人の幸せの邪魔をしたくない、その心は、純子にも假名子にも、そして城太郎にも、皆に共通したものであったと言って良い.
假名子
寝床に入って本を読もうとした假名子.母親から舟木との結婚がどうなのかと聞かれ、彼女は躊躇いながらも「お母さんに任す」と言った.結婚なんか考えていないと言いながらも、舟木が気に入り、話に乗り気になっていたようだ.けれども、舟木の態度は、はっきりしないまま、音楽会に誘っても断られる結果となった.
音楽会へ出かけるとき、城太郎から舟木と純子の出来事を聞かされた假名子.聞き終わった時の假名子にとっては、もう舟木のことはどうでも良く、それよりも城太郎の自分に対する気持ちの方が大切であったはず.
城太郎は舟木の出来事をどの様に話そうかと、真剣に悩んでいた、自分を悲しませまいと悩んでいた城太郎の気持ちが彼女にはよく分かったはずであり、同時に信頼するに値する愛情として、素直に受け入れられる心であったと思えるのだが.
自分の存在によって純子を苦しませ、同時に母親が頼んだこととは言え、自分を好いている城太郎に、舟木が自分が好きかどうか確かめる役目を負わせてしまったのも、やはり原因は自分にあった、假名子はそう考えると自分自身をなおさら悩ませることになったのであろうか.假名子は純子に詫びる手紙を残して大阪へ帰っていった.その様子から、純子に対して本当に申し訳なく思っていた、それで悩んでいたと彼女の気持ちが分らなくもないように思えるけれど.けれども、なぜ、城太郎にも何か言い残していかなかったのか、とも、疑問に思わざるを得ない.
気持ちの整理をつけてから、もう一度良く考えてから.....と考えたのは分らないでもない気はするけど、でも、それよりも自分の写真を大切にしている城太郎の心を知って、知った上での甘えが有ったのではないのか.
舟木を音楽会に誘ったが断られて、舟木の代わりに行って欲しいと假名子はやって来た.
「舟木さん私のことなんかお嫌いなのよ」、「お嬢さんを嫌いな男なんかあるもんか」、假名子を勇気づけようとしたこの言葉、城太郎が假名子を慕い続けているからこそ、口をついて出た言葉であろう、彼の素直な心を現した言葉であった.
假名子は「まあ、変なこと言わんといて」と、言葉を遮るように言ったのだけど、嬉しく受け取っていれば、「じゃあ、あなたの私のこと好きなの」、と言う言葉になるのだけど.
そして、城太郎が一枚の自分の写真を大切にしていることを知った時も、やはり嬉しかったはずである.ならば、彼女もまた、自分の素直な心を城太郎に示すべきであったと思うのだけど.けれども彼女は城太郎には何も言わず、大阪へか帰ってしまったらしい.
大阪に帰った假名子は、「私がぶらぶらしているのがいけないのだ」と言って畑仕事に精を出していた.お金を自分で城太郎に届けると言い東京に行くと言い張った.彼女なりにきちんと反省をし、そして、自分から母親に城太郎と結婚したいと言い出したから、假名子は自分で結婚を決断したように思えたのだけど.
だけど、なぜ彼女が城太郎に何も言わずに大阪へ帰ってきたかと考えると.
純子と舟木は二人で結婚を決めてから、親に報告をしたのだけれど、それに対して假名子は、母親に結婚の許しを求めてから、それから城太郎に話をするつもりだった.....
「自信があるって、そんなこと城太郎さんの気持ちを確かめてからでないと」と、母親は言ったけれど、その通りだった.
喫茶店の娘、槙江
この娘、父親のことを、自分の家庭のことを、なんの屈託もなく淡々と話した.そこに城太郎の心を引きつけるものがあったのだろうか.自分の素直な気持ちを、飾り気なく淡々と話したに過ぎないのだけれど.
モーツァルト、セレナード13番、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、第二楽章
憧れを抱かせる曲、あるいは、幸せを予感させる曲、かどうか知らないけど、きっとあの時の槙江の気持ちを現した曲だと思う.
父親が山から帰ってきたけど見込み違いで落胆していた.でもその落胆が城太郎の話によって幸せを夢見る思いに変わっていった.
純子は敗北主義(引っ込み思案、控えめで思いやりがある).
同僚の丸山さんは理性的.
喫茶店の娘、槇江は素直.
では、假名子はなんと言ったら良いのだろうか.とても良いお嬢さん、確かにそうだけど、あえて言えば、なにが良いのか.....
假名子は誰が見ても良い娘、間違いないと思う.だから母親任せの恋愛感情の未熟な娘、と言う考え方は、確かにそうではあるけれど、でも違うはず.この子、恋愛感情が未熟ではなく、恋愛感情が無い子なんだ.『あなた、どんなタイプの男が好きなの』と聞いても假名子は何も答えられない子.見方を変えると、假名子は人に接するとき、好き嫌いに関係なく誰とでも親しみを持って接することが出来る子で、その点が彼女の良いところのはず.
「お嬢さんを嫌いな男なんかあるもんか」と城太郎は言った.皆に対して身近に接することが出来る子なので、だから城太郎は彼女を好きになったのだけど、でも、假名子の方には幼なじみと言うこともあって、全く恋愛感情は意識されなかった.
もし、假名子が『皆が結婚しろ結婚しろと言うけれど、私、どんな相手がよいのかさっぱり分らない』と、はっきり自覚していたならば、「舟木君の代わりにしちゃ、少し野暮ったいけど」と、城太郎が言ったとき、『私、そんなことで男の人を好きとか嫌いとか、考えたことないわ.少なくとも城太郎さんには、野暮ったいなんて思ったことないし』と、答えることが出来たはず.これが、何も無いがゆえに存在する恋愛感情で、純真な感情なんだけれど.困った、困った.
もう一度、純子と舟木.
舟木は誘いの手紙を、タイプする書類と一緒に純子に手渡した.そして、假名子からの音楽会の誘いも断ったのだけど.けれども純子は舟木の誘いを断ってしまった.
純子は舟木の自分に対する気持ちを知りながら断ってしまったと言える.
「私を誘ってくれたのは、とても嬉しいわ.でも、影で假名子さんが悲しんでいると思うと、そんなのは嫌」、会ってこう言うべきであったはず.嬉しいことは嬉しいと、その上で嫌なことは嫌と言えば良かったのだ.
假名子も同じで、『僕のお嬢さん』の写真を城太郎が大切にしていることを知ったとき、彼女は嬉しかったのだから、その気持ちを伝えなければならなかった.結婚するかどうかはそれからの話し.そして、もう一言言えば、相手の自分に対する気持ちを知りながら、それを秘密にしていること、それが一番いけないのだと思う.
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槙江は素直.では素直とはどの様なことかと言えば、嬉しいときに嬉しい気持ちを現すことである.
純子は、目の前で舟木が假名子からの音楽会への誘いを断ったのに、彼女は舟木の誘いを断ってしまった.会った上で『自分を誘ってくれたのは嬉しいけれど、影で泣いている女性がいると思うと、そんなのは嫌』と言えばよかったのであり、そうすべきであったはず.結婚するかどうかは、それからの話であった.
假名子も然り、城太郎が1枚の自分の写真を大切にしていることを知ったとき、嬉しかったのであるから、その気持ちをきちんと城太郎に伝えなければならなかった.やはり結婚するかどうかは、それからの話で、それ以前に城太郎の自分を慕う気持ちを大切にしなければならなかったのであり、そうすれば、例え一緒になれなくても、一連の出来事を楽しい思いでとして残すことが出来たはずである.
一つの出来事を楽しい出来事にするのか、悲しい出来事にするのか、それは假名子自信が決めたのである.
監督 大庭秀雄
原作 藤沢恒夫
脚本 平山清郎
撮影 寺尾清
音楽 篠田謹治
出演
槙江..........森川まさみ
純子..........水戸光子
假名子........高峰三枝子
舟木..........徳大寺伸
城太郎........佐分利信
舟木と純子
仕事帰り舟木は純子を、お茶に誘った.話をすると舟木も純子も、身内から煩いほどに縁談の話を持ちかけられるらしい.けれども二人とも見合いの話には全く乗り気がないことも、話をする内に互いに分かった.が、それは、二人とも結婚を真剣に考えた結果であったようだ.舟木はどれもこれも気に入らない相手ばかりだと言えば、純子は女だからと言って他人の言いなりになって結婚するのは嫌だと言った.決して結婚に興味がないわけではない、結婚相手は自分で決める、この意識、この考えは二人とも同じであった.
舟木は、「洗濯が好きな女か、いいなあ」と、純子に対する気持ちを露にすれば、他方、純子も出張にでかける舟木を駅まで見送りに来た.他愛のない会話、出来事に過ぎなくとも、互いの心を知るのには十分であったはず.
舟木はデートに誘う手紙を、タイプに打って欲しい書類と一緒に純子に手渡した.そこへ舟木を音楽会に誘う電話がかかってきて、舟木は「他に約束がある」と断ったのだけど、純子は断りの手紙をタイプで打ってきた.
『影で假名子さんが泣いていると思うと.そんなあなたと一緒にいても私は楽しくない.恋敵であろうがなかろうが、私のせいで誰かが悲しい思いをするなんて、そんなのは嫌』
これが純子の気持ちであっただろうけど.手紙は、
『今のあなたと、お付き合いしたくありません』、これなら良いが、きっとこうであろう.
『どうぞ私にお構いなく、假名子さんを大切にしてあげてください』、うわべの言葉に過ぎず、本当にこう思っていたならば、私は会って話をしたと思える.未練は正しい愛情なのだから.
もし二人が会って話をしていれば、舟木はこう言ったはず.
『君は假名子さんを良い人だと言い、だから身を引くようなことを言うけれど.だけど、君が假名子さんを誉める以上に、假名子さんだって君のことを良い人だと言ってるんだ.君は假名子さんを道案内しただろ.その時の事を、僕はこう言われたよ.しとやかで優しい人.良い人ね.どうぞよろしくおっしゃって下さいって.ともかく僕は假名子さんに、君と結婚したいからあなたとの話はお断りしたいと、話をするつもりだから.それでも君が意地を張るなら、もう君のことはどうでもいいよ』
舟木が食事に誘ったのに純子が断ったとき、同僚の丸山さんは「それじゃあ、舟木さんの好意を無にすることになるじゃない」と言ったけれど、その通りだった.恋敵が良い人だからと言って身を引いてしまったら、純子も假名子も身を引いてしまい、舟木はどうすることも出来ない.純子は自分がそんな風に舟木を追い込んでしまったことを、假名子の手紙を読んで分ったはず.でも、その時には舟木は自分を相手にしてくれなかった.
なんだかんだと色々あったけれど、最後は田舎に帰った純子を舟木が尋ねてきて、二人は結婚することになった.たぶんあの後、二人は純子の家に行き純子の親に結婚の報告をしたでしょう.そして幾日か後には舟木の親にも、二人は同様に報告したと思うのですが.要は、この二人、自分達で結婚を決めてから親に報告したはずです.
城太郎
決して彼を責めるつもりはないけれど、「お嬢さんを悲しませたくない」と言いながら、一番お嬢さんを悲しませることになったのは、他でもない城太郎だった.
一つには、城太郎は假名子とは幼なじみ、舟木とは学生時代からの親友、二人を良く知っていたのだから、舟木に会いに行くとき假名子を一緒に連れて行くことが出来たはずで、3人で話をすれば、假名子は舟木に純子との結婚を勧め、舟木は城太郎と假名子に二人の結婚を勧めることになった、「まあ、なんですか、いいお話ですこと」と言う雰囲気で、話が出来たのだと思う.
そして今一つには、
城太郎は「もし舟木が断ったなら、お嬢さんは自分のもの」と言う、えげつない淡い期待を抱いて舟木に会いに行ったならば、それでも良かったはずである.城太郎はえげつない考えでお嬢さんと結婚したらどうかと舟木に勧めたけれど、城太郎自身はえげつない考えは全くない人間で、綺麗にお嬢さんに対する未練を断ち切ってしまっていたと言えるのだが.
困ったことに、未練は正しい愛情なのだけど.あんまり沢山はいけないにしても、半分位は残しておかないと.と、それはさておき、彼がどの様にお嬢さんを思い切ったかと言えば、別の女の子を好きになる事によってであり、母親が帰った後、彼は『僕のお嬢さん』の写真を見ていたけれど、あの時、假名子を諦めると同時に喫茶店の娘に対する思いを深めていくことになったのでしょう.
舟木が「君がお嬢さんと結婚してはいけないのかい」と言ったら、城太郎は、その話を遮るように「それより、この前の喫茶店に行こう」と言ったのだった.
城太郎にとって、喫茶店の娘は身近な存在に思われた.と言うことは、假名子はなんとなく縁遠い存在であったと言えるだが.彼はなんとなく悲しそうな喫茶店の娘を気に入ったらしい.『自分なら彼女を今以上に悲しませることはないだろう、彼女を幸せにするのは簡単だ』、きっとこんな風に思えたのであろう.他方、假名子は裕福な家庭に育ち幸せな生活をしてきたお嬢さんであり、その假名子をより幸せにしようと、しなければならないと考えると、そう考えるとなんとなく気が重い存在になってしまう.假名子の幸せを望めば望むほど、自分は身を引いて、自分より恵まれた家庭の相手と一緒になってくれた方が、気が楽なことに思われて来る、彼女はそんな存在であったのであろうか.
そして、少し見方を変えれば、他人の幸せの邪魔をしたくない、その心は、純子にも假名子にも、そして城太郎にも、皆に共通したものであったと言って良い.
假名子
寝床に入って本を読もうとした假名子.母親から舟木との結婚がどうなのかと聞かれ、彼女は躊躇いながらも「お母さんに任す」と言った.結婚なんか考えていないと言いながらも、舟木が気に入り、話に乗り気になっていたようだ.けれども、舟木の態度は、はっきりしないまま、音楽会に誘っても断られる結果となった.
音楽会へ出かけるとき、城太郎から舟木と純子の出来事を聞かされた假名子.聞き終わった時の假名子にとっては、もう舟木のことはどうでも良く、それよりも城太郎の自分に対する気持ちの方が大切であったはず.
城太郎は舟木の出来事をどの様に話そうかと、真剣に悩んでいた、自分を悲しませまいと悩んでいた城太郎の気持ちが彼女にはよく分かったはずであり、同時に信頼するに値する愛情として、素直に受け入れられる心であったと思えるのだが.
自分の存在によって純子を苦しませ、同時に母親が頼んだこととは言え、自分を好いている城太郎に、舟木が自分が好きかどうか確かめる役目を負わせてしまったのも、やはり原因は自分にあった、假名子はそう考えると自分自身をなおさら悩ませることになったのであろうか.假名子は純子に詫びる手紙を残して大阪へ帰っていった.その様子から、純子に対して本当に申し訳なく思っていた、それで悩んでいたと彼女の気持ちが分らなくもないように思えるけれど.けれども、なぜ、城太郎にも何か言い残していかなかったのか、とも、疑問に思わざるを得ない.
気持ちの整理をつけてから、もう一度良く考えてから.....と考えたのは分らないでもない気はするけど、でも、それよりも自分の写真を大切にしている城太郎の心を知って、知った上での甘えが有ったのではないのか.
舟木を音楽会に誘ったが断られて、舟木の代わりに行って欲しいと假名子はやって来た.
「舟木さん私のことなんかお嫌いなのよ」、「お嬢さんを嫌いな男なんかあるもんか」、假名子を勇気づけようとしたこの言葉、城太郎が假名子を慕い続けているからこそ、口をついて出た言葉であろう、彼の素直な心を現した言葉であった.
假名子は「まあ、変なこと言わんといて」と、言葉を遮るように言ったのだけど、嬉しく受け取っていれば、「じゃあ、あなたの私のこと好きなの」、と言う言葉になるのだけど.
そして、城太郎が一枚の自分の写真を大切にしていることを知った時も、やはり嬉しかったはずである.ならば、彼女もまた、自分の素直な心を城太郎に示すべきであったと思うのだけど.けれども彼女は城太郎には何も言わず、大阪へか帰ってしまったらしい.
大阪に帰った假名子は、「私がぶらぶらしているのがいけないのだ」と言って畑仕事に精を出していた.お金を自分で城太郎に届けると言い東京に行くと言い張った.彼女なりにきちんと反省をし、そして、自分から母親に城太郎と結婚したいと言い出したから、假名子は自分で結婚を決断したように思えたのだけど.
だけど、なぜ彼女が城太郎に何も言わずに大阪へ帰ってきたかと考えると.
純子と舟木は二人で結婚を決めてから、親に報告をしたのだけれど、それに対して假名子は、母親に結婚の許しを求めてから、それから城太郎に話をするつもりだった.....
「自信があるって、そんなこと城太郎さんの気持ちを確かめてからでないと」と、母親は言ったけれど、その通りだった.
喫茶店の娘、槙江
この娘、父親のことを、自分の家庭のことを、なんの屈託もなく淡々と話した.そこに城太郎の心を引きつけるものがあったのだろうか.自分の素直な気持ちを、飾り気なく淡々と話したに過ぎないのだけれど.
モーツァルト、セレナード13番、アイネ・クライネ・ナハトムジーク、第二楽章
憧れを抱かせる曲、あるいは、幸せを予感させる曲、かどうか知らないけど、きっとあの時の槙江の気持ちを現した曲だと思う.
父親が山から帰ってきたけど見込み違いで落胆していた.でもその落胆が城太郎の話によって幸せを夢見る思いに変わっていった.
純子は敗北主義(引っ込み思案、控えめで思いやりがある).
同僚の丸山さんは理性的.
喫茶店の娘、槇江は素直.
では、假名子はなんと言ったら良いのだろうか.とても良いお嬢さん、確かにそうだけど、あえて言えば、なにが良いのか.....
假名子は誰が見ても良い娘、間違いないと思う.だから母親任せの恋愛感情の未熟な娘、と言う考え方は、確かにそうではあるけれど、でも違うはず.この子、恋愛感情が未熟ではなく、恋愛感情が無い子なんだ.『あなた、どんなタイプの男が好きなの』と聞いても假名子は何も答えられない子.見方を変えると、假名子は人に接するとき、好き嫌いに関係なく誰とでも親しみを持って接することが出来る子で、その点が彼女の良いところのはず.
「お嬢さんを嫌いな男なんかあるもんか」と城太郎は言った.皆に対して身近に接することが出来る子なので、だから城太郎は彼女を好きになったのだけど、でも、假名子の方には幼なじみと言うこともあって、全く恋愛感情は意識されなかった.
もし、假名子が『皆が結婚しろ結婚しろと言うけれど、私、どんな相手がよいのかさっぱり分らない』と、はっきり自覚していたならば、「舟木君の代わりにしちゃ、少し野暮ったいけど」と、城太郎が言ったとき、『私、そんなことで男の人を好きとか嫌いとか、考えたことないわ.少なくとも城太郎さんには、野暮ったいなんて思ったことないし』と、答えることが出来たはず.これが、何も無いがゆえに存在する恋愛感情で、純真な感情なんだけれど.困った、困った.
もう一度、純子と舟木.
舟木は誘いの手紙を、タイプする書類と一緒に純子に手渡した.そして、假名子からの音楽会の誘いも断ったのだけど.けれども純子は舟木の誘いを断ってしまった.
純子は舟木の自分に対する気持ちを知りながら断ってしまったと言える.
「私を誘ってくれたのは、とても嬉しいわ.でも、影で假名子さんが悲しんでいると思うと、そんなのは嫌」、会ってこう言うべきであったはず.嬉しいことは嬉しいと、その上で嫌なことは嫌と言えば良かったのだ.
假名子も同じで、『僕のお嬢さん』の写真を城太郎が大切にしていることを知ったとき、彼女は嬉しかったのだから、その気持ちを伝えなければならなかった.結婚するかどうかはそれからの話し.そして、もう一言言えば、相手の自分に対する気持ちを知りながら、それを秘密にしていること、それが一番いけないのだと思う.
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槙江は素直.では素直とはどの様なことかと言えば、嬉しいときに嬉しい気持ちを現すことである.
純子は、目の前で舟木が假名子からの音楽会への誘いを断ったのに、彼女は舟木の誘いを断ってしまった.会った上で『自分を誘ってくれたのは嬉しいけれど、影で泣いている女性がいると思うと、そんなのは嫌』と言えばよかったのであり、そうすべきであったはず.結婚するかどうかは、それからの話であった.
假名子も然り、城太郎が1枚の自分の写真を大切にしていることを知ったとき、嬉しかったのであるから、その気持ちをきちんと城太郎に伝えなければならなかった.やはり結婚するかどうかは、それからの話で、それ以前に城太郎の自分を慕う気持ちを大切にしなければならなかったのであり、そうすれば、例え一緒になれなくても、一連の出来事を楽しい思いでとして残すことが出来たはずである.
一つの出来事を楽しい出来事にするのか、悲しい出来事にするのか、それは假名子自信が決めたのである.