2024年も今日で 8月1日になり、
久々に『人"間"工学』・・・って、じつは大いなる『言葉遊び』の一つなのであるが、我ながら適当なことを言っているうちに
それなりにちょっくら自己の中で進展が見られた気がする。
私は、『人"間"工学』って言っておきながら、最も肝心なその『間』の最小単位に関してこれまで『意』を向けていなかったが、
騒々しい娑婆社会の科学の分野では『量子力学』が物質の最小単位・・・『素粒子』の性質に関して解明し始め、
これまでの(古典)物理学では説明できない新しい現象や概念が生まれたことで、少なくない知識人が仏教などスピリチュアルな
分野に眼をむけ、真新しい視点からそれらを理解しようとする傾向を生み出している。
『りんご』を持った馬骨〜『りんご』は『未知=道=満ち』を象徴していた・・・
私もまさにその尻馬に乗る形で、仏教の『色空』解明に特化した『覚問』において、構築した『人"間"工学』馬骨論の中で
科学の『素粒子』に対応する『素龍子』を『漢字在次元装置』で解析した結果、『坐禅』における『坐』の字が我が愚脳に浮上し、
人間の『心の本質を秘する場』としての"間"の最小単位が『坐』であることを自証し、確信するまでに至った。
観音は『坐』の人と人の間に起こる『電慈波の音』で、
絶妙な調弦を制御する『般若智』の発露で『縁起』の起発点
そして、その『単』位を最初に明確に『示』したのが『禅』・・・であった事は、
西暦6世紀になって、達磨大師が起こした『禅』の修行の中心を『坐・禅』とした事とあわせて、偶然とは思われず、
今現在その文字言葉としての『坐禅』という漢字が、本来的に呪術由来の佛語であることを思えば、
いずれ誰かが、佛語『漢字方程式』によってその呪文を解読することは織り込み済みであったであろう・・・。か?
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