『三島由紀夫は少年文学』 深沢七郎
三島由紀夫が死んだときに、ああ、この人は自分の小説が少年の世界、文学少年のまんまの小説だっていうのを、四十五(歳)の目で見てわかったんだなと思った。三島由紀夫っていう人は頭が良かったから、自分の小説が四十五歳の人間が書く小説ではないということがわかったわけです。そこに、限界を感じ、絶望して、それで政治に走ったなって思ったね。結局、文学の世界が三島由紀夫をああいいうふうに殺してしまった。あんたもう、ダメですってね。
ある意味で、頭がいいということは自分を誤っちゃうね、ちょっと水泳がうまいからといって水泳を一生懸命やったり、柔道や剣道がうまいからといってやりすぎて、体をこわしちゃうのと同じことだ。”ちょっとした生兵法、大けがのもと”というのが三島由紀夫じゃないかな。あの人はお坊ちゃん育ちだからね、人生を実地で学んでないんだね。本の上で学んだんじゃないの。
遺骨が墓の中から盗まれたっていっているけど。あれなんか生きているうちに予定してた演出みたいに思えるね。オレが死んで、ちょっとみんなが忘れだしたら、そのころ墓の中から掘り出してくれって言ったかもしれない。そのうち、墓の近くでみつかるんじゃないの。あの人は演出のうまい人だから、死んでからの演出も考えたんじゃない。(編集部注※深沢氏がこんな発言をして数日後、盗難にあってから七十三日ぶりに埋葬場所のすぐ近くで発見された)
村松英子が読んだ三島由紀夫への弔辞‐あれは消え入るようでよかった。
それは誰かに作ってもらったんだよ。
三島由紀夫は大嫌いなヤツだね。この間、東京新聞でアイツって書いてやった。主義で死んだんじゃなくて、「自然淘汰」っていうんだ。
一日働いていくらという経験が彼にはない。自分の能力がわかるから、アルバイトの経験は大切だと思う。どこでどれだけ金がかかるか知るべき。でないと、自分を買いかぶってしまう。作家にはとくにありがち。
三島由紀夫は、いつもテレビ・カメラにうつっているようにふるまう人だった。
だからあいつは、どこでうまいものを喰ったか書いていない。どこのおでんがうまいとかね。だから、少年文学っていうんだよ。あいつの書いたものは、みんな形式で、本物ではない。
テキーラ飲んで、シャンデリアの下でビフテキ食べて、なんで日本人は優秀で、国防だなんていうの。白人の恩恵をずいぶんこうむっているのに、なんで日本人は天皇制を守って八紘一宇だなんていうの。それがおかしい。
三島由紀夫の家は、前庭があって、正座のマークがあって……あれが本当の形式だね。中村歌右衛門の家は、家のまわりをぐるりと回って門になる。
「からっ風野郎」(主演三島由紀夫)の映画のときに、オレが作曲料なんかとらなかったわけだ。そしたらお礼に、中華料理をごちそうしてくれて、ツバメの巣を注文した。ツバメの巣さえ食わせりゃ、オレにうまいもの食わせたと思っているんだ。オレは、あんな糸コンニャクみたいなもの好きじゃない。ギョーザのほうがよっぽどうまいよ。あんなもんは、値段ばかり高くって、全然うまくない。それを、ツバメの巣さえ食わしてやれば、うまいもんくわしてやったと思う、その考えがあさはかなんだ。値段とか名前で、ものごとを判断している。ほんとうの味覚で処理しているんじゃない。
だけどもし、オレにオカミサンがいて……女の子が生まれ、三島由紀夫みたいな人のとこへ嫁にやって、あんな死にかたしたら、オレはおこるね。自分のオカミサンをないがしろにして……失礼でしょう。
事件が起きたとき奥さんはびっくりして涙も出なかったんじゃない? あとでは泣くかもしれないけど、オレが三島さんの奥さんだったら、自分は非常に侮辱されたと思うね。やっぱり三島さんの奥さん、ほんとうには泣けないと思うね。なぜかっていうと、ダンナっていうもんに、自分は別の座におかれたわけでしょ。今まで自分と同じ土俵の上にいたのに、ダンナだけ、急にどこかに行っちゃったんだからね。ほんとは、生きながらにして一方的に離縁されたみたいなもんだからね。
おそらく奥さんは、全然知らなかったんじゃないですか、三島さんがああいうことやるって。
オレが奥さんの立場だったらお葬式にだってツバひっかけるよ。あのオカミサンの立場をみてごらん。こんなに侮辱された話はないよ。オカミサンも子どももあとに残されるでしょ。ゼニを残したからいいってもんじゃない。
あのオカミサンが、羽根うちわ使って愛きょうふりまいたっていうけど、その気持わかるよ。あのオカミサンの心理を小説に書きたいくらいだ。女としたら、こんなに侮辱された話はない。
三島の事件のとき、三島由紀夫の奥さんの立場でものをいってる人は、ひとりもいないね。円地文子にしても、倉橋由美子でも、だれでも、女のとしての立場なんていってやしないよ。なんだい、文学的だか何だか知らないけどオレからすれば、へんちくりんなこといってる。女として私は、三島の妻だったらだんぜん許せないわ、っていう女はひとりもいなかった。みんなふだんえらいこと言っててもダメだね。
芝木好子っていう大バカが、三島さんがかわいそうだって。いつも寝ている時間に、十二時に起きて、一番コンディションが悪いときにやったんで、最後の演説くらい、みんな聞いてやりゃよかったのに、かわいそうだって……女があんなこと言って、どうするの。三島由紀夫が独身だったら、いま言った作家のことがいえるよ。だけど、奥さん子どもがあるんだから、そんなことがわかってりゃ、子ども生んだり、夫婦のちぎり結んだりしなけりゃいいじゃない。
三島は、金の茶釜とか剣とか金閣寺が好きなんだ。金閣寺なんか、燃えてよかったよ。炎が美しいとかなんとかいってるけど、火事なんて、普通の火事見たってキレイだよ。オレは、三島由紀夫が死んでショック受けたってより、ケンカ売られたって感じだね、あんなイヤな野郎、世の中にいないね。
質屋へ行ったことがないなんて人は、ダメ、アルバイトやらないなんて人はダメ。一日働いて、いくらってこと知ったら、三島由紀夫、ハラ切らないよ。
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以上貼り付けですがお腹にズシンと来るものがありました。
三島由紀夫が死んだときに、ああ、この人は自分の小説が少年の世界、文学少年のまんまの小説だっていうのを、四十五(歳)の目で見てわかったんだなと思った。三島由紀夫っていう人は頭が良かったから、自分の小説が四十五歳の人間が書く小説ではないということがわかったわけです。そこに、限界を感じ、絶望して、それで政治に走ったなって思ったね。結局、文学の世界が三島由紀夫をああいいうふうに殺してしまった。あんたもう、ダメですってね。
ある意味で、頭がいいということは自分を誤っちゃうね、ちょっと水泳がうまいからといって水泳を一生懸命やったり、柔道や剣道がうまいからといってやりすぎて、体をこわしちゃうのと同じことだ。”ちょっとした生兵法、大けがのもと”というのが三島由紀夫じゃないかな。あの人はお坊ちゃん育ちだからね、人生を実地で学んでないんだね。本の上で学んだんじゃないの。
遺骨が墓の中から盗まれたっていっているけど。あれなんか生きているうちに予定してた演出みたいに思えるね。オレが死んで、ちょっとみんなが忘れだしたら、そのころ墓の中から掘り出してくれって言ったかもしれない。そのうち、墓の近くでみつかるんじゃないの。あの人は演出のうまい人だから、死んでからの演出も考えたんじゃない。(編集部注※深沢氏がこんな発言をして数日後、盗難にあってから七十三日ぶりに埋葬場所のすぐ近くで発見された)
村松英子が読んだ三島由紀夫への弔辞‐あれは消え入るようでよかった。
それは誰かに作ってもらったんだよ。
三島由紀夫は大嫌いなヤツだね。この間、東京新聞でアイツって書いてやった。主義で死んだんじゃなくて、「自然淘汰」っていうんだ。
一日働いていくらという経験が彼にはない。自分の能力がわかるから、アルバイトの経験は大切だと思う。どこでどれだけ金がかかるか知るべき。でないと、自分を買いかぶってしまう。作家にはとくにありがち。
三島由紀夫は、いつもテレビ・カメラにうつっているようにふるまう人だった。
だからあいつは、どこでうまいものを喰ったか書いていない。どこのおでんがうまいとかね。だから、少年文学っていうんだよ。あいつの書いたものは、みんな形式で、本物ではない。
テキーラ飲んで、シャンデリアの下でビフテキ食べて、なんで日本人は優秀で、国防だなんていうの。白人の恩恵をずいぶんこうむっているのに、なんで日本人は天皇制を守って八紘一宇だなんていうの。それがおかしい。
三島由紀夫の家は、前庭があって、正座のマークがあって……あれが本当の形式だね。中村歌右衛門の家は、家のまわりをぐるりと回って門になる。
「からっ風野郎」(主演三島由紀夫)の映画のときに、オレが作曲料なんかとらなかったわけだ。そしたらお礼に、中華料理をごちそうしてくれて、ツバメの巣を注文した。ツバメの巣さえ食わせりゃ、オレにうまいもの食わせたと思っているんだ。オレは、あんな糸コンニャクみたいなもの好きじゃない。ギョーザのほうがよっぽどうまいよ。あんなもんは、値段ばかり高くって、全然うまくない。それを、ツバメの巣さえ食わしてやれば、うまいもんくわしてやったと思う、その考えがあさはかなんだ。値段とか名前で、ものごとを判断している。ほんとうの味覚で処理しているんじゃない。
だけどもし、オレにオカミサンがいて……女の子が生まれ、三島由紀夫みたいな人のとこへ嫁にやって、あんな死にかたしたら、オレはおこるね。自分のオカミサンをないがしろにして……失礼でしょう。
事件が起きたとき奥さんはびっくりして涙も出なかったんじゃない? あとでは泣くかもしれないけど、オレが三島さんの奥さんだったら、自分は非常に侮辱されたと思うね。やっぱり三島さんの奥さん、ほんとうには泣けないと思うね。なぜかっていうと、ダンナっていうもんに、自分は別の座におかれたわけでしょ。今まで自分と同じ土俵の上にいたのに、ダンナだけ、急にどこかに行っちゃったんだからね。ほんとは、生きながらにして一方的に離縁されたみたいなもんだからね。
おそらく奥さんは、全然知らなかったんじゃないですか、三島さんがああいうことやるって。
オレが奥さんの立場だったらお葬式にだってツバひっかけるよ。あのオカミサンの立場をみてごらん。こんなに侮辱された話はないよ。オカミサンも子どももあとに残されるでしょ。ゼニを残したからいいってもんじゃない。
あのオカミサンが、羽根うちわ使って愛きょうふりまいたっていうけど、その気持わかるよ。あのオカミサンの心理を小説に書きたいくらいだ。女としたら、こんなに侮辱された話はない。
三島の事件のとき、三島由紀夫の奥さんの立場でものをいってる人は、ひとりもいないね。円地文子にしても、倉橋由美子でも、だれでも、女のとしての立場なんていってやしないよ。なんだい、文学的だか何だか知らないけどオレからすれば、へんちくりんなこといってる。女として私は、三島の妻だったらだんぜん許せないわ、っていう女はひとりもいなかった。みんなふだんえらいこと言っててもダメだね。
芝木好子っていう大バカが、三島さんがかわいそうだって。いつも寝ている時間に、十二時に起きて、一番コンディションが悪いときにやったんで、最後の演説くらい、みんな聞いてやりゃよかったのに、かわいそうだって……女があんなこと言って、どうするの。三島由紀夫が独身だったら、いま言った作家のことがいえるよ。だけど、奥さん子どもがあるんだから、そんなことがわかってりゃ、子ども生んだり、夫婦のちぎり結んだりしなけりゃいいじゃない。
三島は、金の茶釜とか剣とか金閣寺が好きなんだ。金閣寺なんか、燃えてよかったよ。炎が美しいとかなんとかいってるけど、火事なんて、普通の火事見たってキレイだよ。オレは、三島由紀夫が死んでショック受けたってより、ケンカ売られたって感じだね、あんなイヤな野郎、世の中にいないね。
質屋へ行ったことがないなんて人は、ダメ、アルバイトやらないなんて人はダメ。一日働いて、いくらってこと知ったら、三島由紀夫、ハラ切らないよ。
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以上貼り付けですがお腹にズシンと来るものがありました。