「再任拒否」(愚か者の回想一)
一 その日も昨日の仕事の余波で寝坊をしていた。先に起きて洗濯やら朝食の用意やら忙しく動き回っていた妻が、「封書が来た。」と不安そうな顔で枕元に立っていた。
その封書は私の勤務先から来たものであった。B5の紙が四つ折りで入る事務連絡用の封筒だが軽い。この時期に来るとしたら嫌な知らせに決まっている。開封。「貴殿から申請のあった再任用についてはこれを行わないこととなったので通知します。」
再任拒否だ。さてどうする。妻の不安が的中してしまった。
私の勤務先は大学であった。自分の身分は助教授。助教授なのだから当然のことながら専任である。しかし、不思議なことにこの大学は任期制を採用している。任期は5年。任期満了の一年前に再任の希望の有無を事務局から打診され再任希望の書類を出す。これを学内のどこかの機関が「審議」、かどうかは分からないが処理をして再任が決まる。
この大学ではこれまでほぼ例外なく再任が認められてきた。過去に極わずか、教授の再任拒否事例があったと聞くが助教授の再任拒否は無かった。ちなみに、過去に再任を拒否された教授のうちの一人は、「公務による出張」を理由に教授会を欠席したのだが、その同じ日に犬の散歩をしていたことが発覚したそうだ。私は犬を飼っていない。
「やっぱり」と妻が言った。(つづく)
(「再任拒否」はフィクションであり現存する組織及び個人とは一切関係ありません。)